迎洋一郎(むかえ・よういちろう)
1941年生まれ、60年豊田合成入社。95年豊田合成タイランド社長。2000年一栄工業社長。現在中国、タイで工場コンサルタントを務める。自称「ものづくり研究家」。
私が工場長に任命された当時の話である。工場長としての私の方針を理解してもらうためには、部下の人たちとの意思疎通が最も重要と考え、役職者を除く全従業員約1000人と、1年かけて対話することにした。最初に、製造第一線で働くオペレーターをQCサークル(同じ職場の中で、品質管理活動を自主的に進める集団)単位に分け、1時間の時間を設け対話を開始した。
「皆さんの力を生かし、どこにも負けないような働きやすく、やりがいを感じられる強い工場づくりを進めていきたいので日頃思っている提案、苦情などをドンドン聞かせてもらいたい」と、当日のメンバー7人にお願いした。
ところが誰も口を開かない。「どうしたの? 何でも言ってください」と聞いてみた。すると、「いきなり工場長みたいに偉い人に私たちの立場で直接話は出来ないよ」。年配の女性オペレーターからきつい意見を頂いた。全く予期せぬ意見に私は大いにたじろいだ。
しかし、私は次のように続けた。「偉い、偉くないは何を基準に決めるのか。職場には職務遂行のために職位を設けています。そこに任命されるのはそのポジションを遂行出来るであろうと判断された者です。ではその人は偉いのか。そんな判断は出来ません。なぜならその役割遂行は未知数だからです。役職についても、威張ることは出来るが、仕事はさっぱりという人もいます」。
「私は過去の経歴から、新しい工場長に適しているだろうとの予測で任命されただけです。まだ何の実績も残していません。今あなたたちが毎日職場で成形加工検査と繰り返し作業をやってくれていますが、私にはそれを皆と同じ速さで同じ品質のものを作る能力はありませんから、むしろあなたたちの方が偉いんです。家に帰ると、妻が子供の面倒から、炊事洗濯とこなしており、私よりずっと偉いと思います。自分の仕事に誇りを持っていただきたい。今あなたがやっている仕事は、世界中であなたしかやっていないのです。全ての人が世界の代表で今のポジションを任せられていると考えるべきです」。
私は製造業の主役は、第一線のオペレーターであるとの固い信念を持っている。なぜなら、現場にいるオペレーターこそが顧客に直接に必要な物を、必要な量だけ、必要な時にお届けする作業をやってくれるからである。
私は今まで、いくつもの会社で改善指導を行ってきた。そうした会社に行くと、必ず役職者の人間に「製造部門の主役は誰か?」という質問をする。なぜなら役職者はオペレーターたちの重要性を認識し、間接部門と協力をして、彼らが安全で安心して良い物を楽に作ることができる環境をつくってやる役割を果たさなければならないからである。つまり脇役として主役をしっかり支えることである。この関係が強力である工場は、必ず良い成果をあげているというのが私の経験則である。
◆自分のポジションをしっかり守る
先ほどの工場の話に戻ろう。オペレーターからはさらに次の質問が発せられた。
「我々も工場長も対等の存在なら、なぜ工場長のほうが給料が高いのですか?」と冗談交じりの質問である。私にとっては全く予期せぬ質問であったが、次のように弁明した。
「給料とか役職手当は仕事の結果の責任の大きさによって差が出ます。例えば、あなたは自分の作った製品について責任を持ってください。私は工場全従業員の安全、品質、納期、原価などの結果について責任を負わなければなりません。その大きさで給料の差が出ると理解してもらいたい。どちらの道を将来進むかはあなたたちで良く考えてください」。
オペレーターたちとはこの対話を契機に親近感が生まれ、職場で起きている諸々の問題を率直に話してくれるようになった。こうなったらしめたものである。問題点の提起は改善へとつながっていく。全職場レベルでオペレーターが積極的に改善提案をしてくれるようになった。安全管理では当時の無災害日本新記録を達成し、通産大臣より直々に表彰状を頂いたり、品質保証面でもクレーム1ppm以下(「クレーム発生率」をppmという単位で表し、100万個に1個のクレームが発生した場合、1ppmという発生率になる)のレベル達成もできたりしたのである。
人はほめてもらうと誰でもうれしいものである。一生懸命努力をしたオペレーターたちが、成果を出し表彰してもらったことにより、さらに改善へのモチベーションは上がっていった。
「企業は人なり」とは名言である。役職は決して人の上下関係を規定するものではない。すべての人が製造の主役、脇役の自覚をもって自分のポジションをしっかり守り、チームとしての成果を確実に向上させることの出来る工場は、天下無敵である。
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