п»ї 見守られて育つ、関わって育む『ジャーナリスティックなやさしい未来』第31回 | ニュース屋台村

見守られて育つ、関わって育む
『ジャーナリスティックなやさしい未来』第31回

12月 05日 2014年 社会

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引地達也(ひきち・たつや)

仙台市出身。毎日新聞記者、ドイツ留学後、共同通信社記者、外信部、ソウル特派員など。退社後、経営コンサルタント、外務省の公益法人理事兼事務局長などを経て、株式会社LVP(東京)、トリトングローブ株式会社(仙台)設立。東日本大震災直後から被災者と支援者を結ぶ活動「小さな避難所と集落をまわるボランティア」を展開。企業や人を活性化するプログラム「心技体アカデミー」主宰として、人や企業の生きがい、働きがいを提供している。

◆仏壇の前

子どもの頃、私の勉強机は仏壇の目の前にあった。ふすまで仕切られているとはいえ、家の真ん中の通り道に位置する「仏間」である。仏壇の上にあたる欄干には祖父や祖母、戦死した伯父、若くして亡くなった伯母らの遺影がずらりと並び、その遺影のまっすぐなまなざしに見守られて勉強をしてきた。

子どもの頃は、それがいやだった。ふすまではなく、ドアで出入りできる部屋に憧れた。家族のだれの目からも離れ、ましてや先祖の遺影の目が届かない自分の空間。何て素晴らしい場所なんだろうと憧れてみたが、そう思う度、遺影の視線が気になった。今度はバチが当たる、と。だから、机に向かいながら、いつしか、その不気味だった遺影の数々に声をかけ、対話をするようになった。

こんな話から始めたのは、その仏間での勉強が実は学習に効果的だった、と知ったからである。「あたまのよい子が育つ家」を提唱しているスペース・オブ・ファイブの四十万靖(しじま・やすし)社長が、東大合格者など難関大学を合格した「頭が良い子」の勉強部屋(勉強する場所)2000件以上を調べたところ、勉強部屋で閉じこもって机に向かう子どもよりも、台所や居間のような母親など家族がいるところに勉強道具を持って勉強したり、ちゃぶ台のような稼働的な空間を作り、家族の見える場所で勉強したりするケースが多いとの統計結果が出た。

ある有名私立中学合格の子どもをインタビューなど継続して追跡した調査では、その子どもの勉強机はちゃぶ台で、場所は仏壇の前だった。彼の作文には、親への感謝がつづられており、頭の良さだけではなく、他者への感謝ができる情緒豊かな人物であることが分かる。

そして四十万社長は、頭の良い子とはテストができるだけではなく、周囲に感謝できることも大きな要素である、と話す。そして、それを育むのは12歳までの家庭環境であり、勉強する場所や、家の構造も影響を与える、という。

私が、頭の良い子だったかどうかは別として、感謝の気持ちは仏壇の前で育まれたかもしれない。仏間は私の勉強スペースだけではなく、寝床でもあった。遺影の一つひとつに「おやすみなさい」と声をかけて眠りについた。お菓子を食べる前には、ちょっとの間でもその仏壇に供えたし、ヨーグルトを食べる前には、ヨーグルトのふたをあけてスプーンを添えて供えるのを、母親がおかしく思ったらしく、近所の人に話して聞かせたら、それが広まり、私は「仏壇の子」のように思われた時期もあった。

今思えば、当時私は、この世に存在しない「家族」と、空間と心を共有化していたのである。それは勉強のときにもしかりで、暗記をする時などは、脳に記憶させようと、その対象の言葉を口にする際には、遺影に語りかけた。年号や元素記号、偉人の名前を口ずさむ声が遺影に向けられた。

そうして、私は勉強をしてきたが、中学半ばから家の建て替えが始まり仏間生活は終わりとなった。中学前半、学年で上位5番以内に付けていた私の成績がガタ落ちしたのは、この頃である(今日は成績低下を仏間のせいにさせてもらう)。

◆つながりと交わり

時が流れて、今も、特に12歳までの子どもは「見守られている」という感覚は重要で、それが学習意欲にもつながる、というのは先ほどの調査でも明らかである。

母親に見られたい、褒められたいという動機が学習意欲につながる。だから、母親の作業動線や母親の作業する場所と見るテレビの間に勉強するスペースを置くのが有効。それに加え、感謝をどう植え付けていくかが、「知性」とともに「品性」を身に着けることにつながる。

心理学者E・H・エリクソンの『アイデンティティ』(1968年)によると、「アイデンティティ(自我同一性)の確立」を可能にする重要な2つの要素が「過去とのつながり」と「他者との交わり」である。

私の場合は、遺影という自分がこの世に生まれる前の自分とつながる過去との対話、そして家の交差点である仏間での家族との交わりが、学習に影響を与えたが、この「つながり・交わり」を意識して子どもを育もうという意識は家庭で効果を発揮するだろう。

そして、延長線上に地域がある。地域も「つながり・交わり」を意識することで、子どもを育もうという明確な意識を示すことが、やはり「見守る」という覚悟と行動につながっていく。

東京都国分寺市で9月30日、保育園児の声がうるさい、と保護者におのを振りおろして威嚇(いかく)したとして暴力行為等処罰法違反容疑で男(43)が逮捕された事件があった。メディアによると、この男は保育園の声が「うるさい」と何度も国分寺市役所に苦情を寄せていたとされ、このケース以外にも全国で保育園に同様の苦情を寄せるケース、そして保育園の建設に反対する地域が増えているという。

民俗学の大家、柳田国男は「子どもは地域の宝」と言い、地域で育むことの大切さを論じていたが、今も子どもは明日のわれわれを、そして、この国を担う者として考えるならば、それは社会資本である。過去と未来への視点が抜けたまま、「うるさい」と排除してしまうのは、現代社会の病巣の1つだ。

◆2055年問題

前述の四十万社長は「2055年問題」を真剣に考えている。つまり、現在の12歳が社会を担う世代になる2055年に、15歳未満の人口は約1759万人(2005年)から752万人に減少する。1000万人以上、若者が減るのである。国際競争力を質でカバーしなければならず、今のままの質では、日本は危機に瀕(ひん)する、と指摘する。危機を脱するキーワードは「コミュニケーション能力の向上」を指摘する。

それは、12歳までの学習が必須であり、家庭での育みがポイント。「読み書きそろばん」から「表現・共有・探究」のコミュニケーション能力に焦点を当てた家庭の教育をどう構築していくかが、四十万社長の問題意識である。子どもがいる人もいない人も、子どもとどう関わるか、そして社会がどう育んでいくかは、すべての大人にとっての課題。個人的には、仏間と子どもの関わりに明日へのヒントがあるのだと考えている。

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