内村 治(うちむら・おさむ)
オーストラリアおよび香港で中国ファームの経営執行役含め30年近く大手国際会計事務所のパートナーを務めた。現在はタイおよび中国の会計事務所の顧問などを務めている。オーストラリア勅許会計士。
世界各地で行われる大みそか恒例のカウントダウンと花火。ここ数年、BBC放送などで紹介されるのはほぼ毎年、シドニー、香港、モスクワ、ロンドン、パリ、ニューヨークあたりでしょう。香港はビクトリアハーバー、モスクワは赤の広場、ロンドンはビッグベンと大観覧車、ニューヨークはタイムズスクエア、南半球のシドニーはシドニーっ子の誇るオペラハウスの脇にあるナイアガラと呼ばれるハーバーブリッジからの滝のように流れ落ちる花火が有名で、かつて住んでいた頃はそれ見たさに夜中まで起きていました。
そのシドニーは昨年末にヒートウェーブ(熱波)に襲われ、連日のように摂氏40度近い異常高温の日々が続いていたと聞いています。多分、シドニー近郊のボンダイビーチにはビキニ姿や筋骨隆々のライフセーバーたちに混ざって、暑くてもサンタクロースの衣装を着て行き来する人もいて、陽気な若者たちであふれかえっていたと思います。
◆とん挫した炭素税
オーストラリアの東北の沿海部には有名リゾート地のケアンズなどのほか、全長2千キロ、面積36万平方キロという世界最大のサンゴ礁帯である世界自然遺産のグレートバリアリーフがあります。私はマリンスポーツをほとんどやりませんでしたので、事務所の会議とか、日本から友人が来た時など数えるほどしか行ったことはありません。しかし、数々の熱帯魚やウミガメなどが目の前を通り過ぎ、カラフルなサンゴで埋め尽くされた透明度の高い海底のダイビングなどは素晴らしい体験だと聞いていました。
そのグレートバリアリーフのサンゴ礁の貴重で人類にとって大切な自然が失われる危機的状況にあると、昨年末にCNNで取り上げていました。CNNは、米随筆家ローワン・ジェイコブセン(Rowan Jacobson)がその著書『死亡記事(Obituary):グレートバリアリーフ』で2500万年前から生きてきた地球上最も素晴らしい天然の造形物の一つが気候変動と海洋酸性化によって死に至らしめられた、と書いていることに対して、疑問を投げかけています。CNNはそのコメントの中で、危機的状況ながら温暖化対策や水質向上など十分かつ速やかな対応をすることでサンゴ礁の白化の阻止を含め、サンゴ礁そのものの回復力を取り戻せる可能性があると指摘。民間企業も参画しての豪州連邦政府の打ち出した「Reef 2050計画 」と、サンゴ礁があるクイーズランド州政府の対策などに希望を託しています(日本でも最近、石垣島周辺のサンゴ礁の7割が白化しているとの報道がありました)。
グレートバリアリーフのサンゴ礁の回復のためには、クイーンズランド地域の主要産業である石炭採掘業、サトウキビや小麦などの農業、そしてグレートバリアリーフを中心とする観光業など全ての経済界の協力が必要だと思います。例えば、石炭採掘では積出港の浚渫(しゅんせつ)、農業での化学肥料使用、年間200万人を超える観光客対策など、様々な観点での手立てが必要になってきます。
このうち温暖化対策については、豪州では2011年にいったんは導入を決めていた二酸化炭素の排出に課税する炭素税(Carbon Tax)が14年に廃止されるという大きな転換がありました。炭素税導入によって大量の温室効果ガス排出が減るともくろんでいた旧労働党政権に対して、鉱山業などの経済界や光熱費など生活費の増加を懸念する有権者からの反発もあり、自由党連合政権下で廃止が決まったのです。
炭素税は「化石燃料の炭素含有量に応じて、使用者に課す税金」であり、「化石燃料の価格を上げてその需要を抑え、その税収を環境対策に回すことでCO2排出量を抑制することを目的とする」と、ウィキペディアは定義しています。実際には、豪州の制度は、炭素価格付け(Carbon Pricing)と呼ばれるもので、一定以上の大企業について、温室効果ガスの排出1トン当たり20数豪ドルで買い取るよう義務づけるもので、導入決定当時は20年までに温暖化ガスの排出量1億6千万トンが減るだろうとの予測を立てていました。
経済協力開発機構(OECD)の「環境税報告」によれば、14年度の豪州の税収のうち、環境関連の税金は7.7%(GDP比で1.91%)です。この数字が石炭火力発電など特に化石燃料を中心とする資源大国・豪州にとって大きいのかは議論が分かれますが、金額の多寡は別として、少なくとも 税収の2.77%(GDP比で0.72%)しか環境関連税制での対策がない米国よりは環境対策への取り組みは進んでいるのではないかと思われます。
15年12月に国連気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)で合意されたパリ協定では、全体目標として世界の平均気温を産業革命前の2度上昇以内に抑えることが掲げられました。しかし、世界有数の排出国である米国のオバマ大統領や中国政府は、かなり踏み込んだ対応策を掲げていると報道されていました。豪州政府は温室効果ガスの排出を30年までに、05年当時のレベルに比べて26~28%の削減目標を提示していますが、十分かつ具体的な施策表明までには至っていないとの印象があります。
◆「パリ協定脱退」を掲げる米トランプ政権
今月20日に米国のトランプ新政権が発足します。トランプ氏は大統領選での選挙公約としてパリ協定からの脱退を掲げ、温暖化の科学を否定しています。環境保護庁長官には、気候変動懐疑派の急先鋒であるスコット・プルイット氏、国務長官には、ロシアとの密接な関係がうわさされ、気候変動に関する情報隠ぺい工作の疑いで捜査を受けたエクソンモービル社のCEOであるレックス・ティラーソン氏が指名されています。
トランプ新政権のこうした布陣が先頭になってシェールガスを含めた化石燃料開発と、オバマ政権時代に方向付けられた気候変動対策の撤廃または骨抜きにかじを切ってくることが予想されます。もし米国が昨年締結されたパリ協定を含めCOP21の枠組みから抜けると判断をした場合、共に先導してきた中国やインドという深刻な環境問題を抱える新興大国の今後の気候変動への対応にも影響を及ぼしかねないだろうと思われます。
グレートバリアリーフの大サンゴ礁帯に迫り来る危機への対応に追われる豪州政府。世界を見渡せば自国における経済政策と雇用確保が確実に優先されると思われる米国。待った無しの大規模な環境対策が必要な中国――。将来への投資とも言える気候変動対策が、世界の主要国で軽視され対策がさらに遅れることだけはあってはならないと思います。
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