山田厚史(やまだ・あつし)
ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。
2014年、日本の外交はどうなるのだろう。安倍首相は9日から中東・アフリカを歴訪する。オマーンではカーブス国王と会いペルシャ湾近辺の海上安全保障を話し合い、投資協定で合意する。コートジボアールではワタラ大統領と会談するほか西アフリカ諸国の首脳と会う。モザンビークでは日本からの青年協力隊を慰労し、エチオピアでは講演し「経済支援への決意」を表明するという。
「経済支援を手土産に首脳外交です。厄介な外交課題がない親善外交は安倍さんの好み。プレッシャーのない関係で英語のスピーチを試すいい機会にもなる」と関係者はいう。さしずめ1週間かけて気楽な年始回り、という風情だ。
国連の安全保障理事会への復帰を悲願とする外務省は、アフリカ票を頼りにしている。15年には非常任理事国の改選がある。首相の訪問は「集票活動の一環」(外務官僚)である。アフリカは近年、中国が勢力を伸ばしているだけに日本としてはこまめな日常活動が必要らしい。そんな外務省の都合と、本来訪れるべき近隣諸国に行けない首相の事情が「お気楽外遊」の背後にあるようだ。
◆安倍政権に対する米の失望
これって逃避ではないか。近隣諸国との冷え切った関係を考えれば、決して気楽な正月ではない。
安倍政権が誕生して中国・韓国との関係は一段と悪化している。悪循環にはまった事態を収拾しようと、懸命な外交努力が水面下でなされ民間交流が再開される機運が高まったところに、突然の靖国参拝。米国まで「失望」を表明した。
米国の失望は、安倍政権に対する失望だろう。米国はあらゆる機会を通じて、日本が近隣と緊張関係を煽(あお)ることに自制を求めていた。日本が中国・韓国と正常な関係に復帰することは米国の利益にかなうだけでなく、日本にとっても好ましいこと、という当たり前のことが安倍首相に通じなかった。
靖国参拝に国務省が声明を出すなど異例な事態である。
年が明け、今度は小野寺防衛相である。ヘーゲル国防長官との会談内容がネジ曲げられてメディアに伝えられた。
4日深夜行われた電話会談で小野寺防衛相は、首相の靖国参拝に理解を求めたが、ヘーゲル長官は「日本が近隣諸国との関係改善に向けて行動するとともに、地域の平和と安全のために協力を進めることが重要だ」と伝えた。ところが電話会談後の記者発表でこの部分はスッポリ削られた。
防衛省は、靖国参拝について小野寺大臣が「二度と戦争を起こしてはならないと過去への痛切な反省に立ち。今後とも不戦を誓う意味で参拝した、というのが首相の本意だ」と釈明し、ヘーゲル長官からは「コメントはなかった」と広報された。
その通りだとすると、参拝直後に「失望」を表明した米国は、沖縄県が普天間基地の代替地として辺野古移設を受け入れた成果を受けて、敢えて靖国問題には触れなかった、と言うことで、米国が「容認」した、と受け取れる。
発表を受けてNHKはじめテレビは「辺野古移設に米国が謝意」などと報じ、新聞も「首相の靖国参拝、米国に意図説明」(朝日新聞)の見出しに「説明に対しヘーゲル長官からはコメントはなかった」と記事にした。
◆国民に知られたくないことは隠す
米国側は驚いたようだ。日本への警告が握りつぶされたからである。国防総省はすぐに反論ともいえる発表をした。「ヘーゲル長官は日本が近隣国との関係改善のための一歩を踏み出し、地域の平和と安定のため協力を促進する重要性を強調した」
防衛省の説明は「ウソ」だった。新聞は国防総省の発表を転載し、事実上の訂正を行ったが、紙面の隅に小さく載る程度だった。
首脳会談や閣僚級の会談は、報道陣が同席することはなく、随行の役人が終わった後「レクチャー」とか「ブリーフィング」と呼ばれる説明を行うのが恒例だ。外交秘密に絡むこともあり、会談の全てが報告されることはなく、役所に都合のいい部分だけ抜き出して説明することがよくある。
だが、今回のように「靖国参拝に対して米国がどんな反応を示したのか」という会談の主要項目に係る発言をスッポリ落とし、「コメントはなかった」というウソをついたことは、メディアの向こうにいる国民への背信である。重大な政府の不祥事である。
特定秘密保護法が国会で通った。何を秘密にするかは役人が判断する。外交で都合悪いことは秘密にする。国民に知られたくないことは隠す。それが法律の後ろ盾で出来る。しかも今回は「秘密にした」だけでなく、ウソをついたのである。
◆ウソの説明を垂れ流した記者クラブ
米国が反論したから、防衛省のウソがばれた。相手がいわなければ「靖国参拝は大臣レベルの会合で日本側の説明が受け入れられた」ということになっていた。
防衛省は都合悪いことは隠し、聞かれたらウソをつく役所のようだ。多分、発表に当たり外務省とすり合わせしていたと思われる。普天間基地の移設は防衛省の所管だが、国防長官の発言でも靖国は外務省の重大事項である。示し合わせて「虚偽説明」が生まれたと見るのが妥当だろう。
メディアが騒がないのが不思議である。ウソの説明をされ、国民に垂れ流す、という理不尽な結果となった。秘密保護法を問題視した新聞まで、淡々と事実を伝えるだけ、というのは解せない。
防衛省記者クラブはなぜおとなしいのだろう。メディアは社をあげて「ねつ造広報」の舞台裏を検証し、責任者を明らかにすべきだ。それが出来なければ「記者クラブ批判」を甘んじて受けるしかない。
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