山田厚史(やまだ・あつし)
ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。
「うりずん」と呼ばれる春の暖気が沖縄を包むこの季節。コバルトブルーがまぶしい大浦湾で、冷え冷えする光景が展開されている。米軍普天間(ふてんま)基地の移転先であるキャンプシュワブの沖合で、日本政府によるボーリング調査が始まった。
反対する住民がカヌーで接近する。海上保安庁の警備艇が出動し、追い散らす。ゲート前では反対派が居並ぶ警備員に詰め寄る。海で、陸で、逮捕者が出た。米兵は表に出てこない。基地拡張を巡り、争っているのは日本人、その多くが沖縄の人たちだ。
◆沖縄を沖縄に返せ
週末、沖縄を訪れ、辺野古(へのこ)を訪ねた。キャンプシュワブ前にテント村ができ、抗議する人たちが集まっていた。「辺野古移設反対」。プラカードかざして座り込んでいる。
普天間基地のある宜野湾(ぎのわん)市から来たという女性は「いつも週末に来て座っています。私たちが出来ることは、反対の意思を示し続けること」と言う。
鉄条網が張られた基地のフェンスと向き合い、黙って座り込む人たち。フェンス前には警備員たちが機動隊のような装備で立っている。聞くと、雇われて沖縄南部からやって来た、という。
この日、沖縄タイムスに「知事と面会『意味がない』、防衛相辺野古対立で拒否」との見出しが一面トップにあった。中谷元(なかたに・げん)防衛相は翁長雄志(おなが・たけし)沖縄県知事との面会について「より対立が深くなるのでは、お会いしても意味がない」と述べ、「知事のコメントを聞いていると工事を阻止するということしか言っていない。もう少し沖縄のことや日本の安全保障を踏まえてお考えいただきたい」と注文をつけた、と大きく取り上げられていた。
帰途、読谷村(よみたんそん)に住む造形家の金城実(きんじょう・みのる)さんを訪ねた。抵抗する沖縄の心を表す像をつくり続けるアーティストである。
「安倍首相は、沖縄の人には丁寧に説明しますと言いながら、知事に会おうともしない。説明もないまま、いきなり工事に着手した。それを聞かれた防衛大臣は『会っても意味がない』という。本土の政治家はまるで子供だ。嫌なことは聞こうとしない。説明もできない」
あきれ果てた様子で言う。アトリエに「沖縄独立」と書かれた紙が貼られていた。
「独立ですか?」と問うと、「そうした声が強まっています。アメリカ統治下で沖縄は酷(ひど)い目に遭い、私たちは本土復帰を願った。実現したが基地に囲まれた現実は変わらない。本土政府はどちらを見ているのか」。
「沖縄を返せ」という歌がある。返還運動の中で歌い継がれた。最近もよく歌われるようになったが、一か所表現が変わった。
我らは叫ぶ沖縄よ 我らのものだ沖縄は
オーキーナワを返せ オキナーワを返せ
という歌う最後の部分が
オーキーナワを返せ オキナーワに返せ
「を」と「に」を変えると意味はガラリとかわる。沖縄を沖縄に返せ。沖縄独立である。
◆地元経済界も基地離れ
辺野古の周辺を見ると、目を引くような立派な施設がある。宇宙船のように銀色に輝くドーム型屋内体育館があった。市民の施設だという。キャンプシュワブ隣にある工業高校は、大学のキャンパスかと思うような立派な建築物だ。基地対策費と呼ばれる潤沢な沖縄振興予算が本土から流れ込み、周囲から浮いたような豪華箱モノが沖縄のあちこちに建っている。
本土への愛想尽かしがあれば、札束でほっぺたを叩く金権支配が横行する。基地いうムチとアメの振興策の間で沖縄は葛藤(かっとう)してきた。緊張関係を崩したのが、東西冷戦の崩壊である。米軍にとって沖縄は必要不可欠な前線基地でなくなった。
「米軍にとって沖縄の利点は格安で基地を置けること」と政府関係者はいう。基地費用を肩代わりする「思いやり予算」が財政難の米国にとってありがたい。軍事的観点より経済的利点に比重が移ったというのだ。
経済規模が小さかったころ、基地は得難い雇用先だった。その比重は年々減り、沖縄経済の15%程度になった。「今や基地は観光振興の妨げになっている」という声が上がっている。美しい渚や貴重な森が基地や演習地になり、地元経済界も基地離れを起こしているという。
日本政府は「米軍の抑止力」を強調し、基地縮小に本気で取り組まない。昨年の沖縄県知事選挙で翁長知事を誕生させたのは、本土政府への怒りだった。辺野古移設反対を掲げて当選しながら自民党が政権に復帰すると手のひらを反して本土政府にすり寄った仲井眞弘多(なかいま・ひろかず)知事を、「裏切りを許すな」と再選させなかった。
◆基地を押し付けながら無関心な本土
知事選だけではない。総選挙で、5選挙区すべてで有権者は自民党に議席を与えなかった。比例復活したものの選挙区で本土政権側は全敗。辺野古の地元である名護市長選挙でも、移転反対派が圧勝した。
「民意を示したら報復された」。沖縄の人は口々に言う。「丁寧に説得する」と言いながら、沖縄が嫌がることを強行する本土政府。
「沖縄の民意なんて聞く耳がない。これって植民地支配と変わらないね」。そんな言葉を何度も聞いた。安倍政権の暴挙に無関心な本土の世論にも「諦め」が広がりつつある。基地を沖縄に押し付けながら無関心な本土。「沖縄差別など本土にない」と言い切れるか。
日本語を話し、日本に帰属意識がある沖縄だが、元はと言えば琉球王朝だった。明治になって日本に編入された歴史を見れば、独立が語られるのも一理ある、と思った。
沖縄は人気の観光地だが、本土の人がリゾートとしてしか見ていないなら、沖縄はますます遠ざかる。
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