引地達也(ひきち・たつや)
一般財団法人福祉教育支援協会専務理事・上席研究員(就労移行支援事業所シャロームネットワーク統括・ケアメディア推進プロジェクト代表)。コミュニケーション基礎研究会代表。精神科系ポータルサイト「サイキュレ」編集委員。一般社団法人日本不動産仲裁機構上席研究員、法定外見晴台学園大学客員教授。毎日新聞記者、ドイツ留学後、共同通信社記者、外信部、ソウル特派員など。退社後、経営コンサルタント、外務省の公益法人理事兼事務局長など経て現職。
障がい者が詩を書く、さまざまな立場の人が障がいを詩にする――。詩の題材を障がいに求めることについて、オーストラリアの詩人、メリンダ・スミスは障がいが芸術の題材に適しており、詩として描くことは、「芸術を創り出す」行為であると話した。自閉症の長男に関する自作「遁走(とんそう)曲~アスペルガーと診断されて~」を傍らに、論理的かつ哲学的に説明された障がいと詩の関係性に、新しい創作の可能性を見いだせないだろうか。
◆詩は圧縮された世界
――あなたにとって「詩」とは何でしょうか。
難しい質問ですね。はじめにトルストイの言葉から始めるのが分かりやすいかもしれません。「芸術とは、芸術家がその人自身の魂の秘密を見据える顕微鏡であり、それらの秘密をすべての人に対し共通化することである」。これが、私が詩の中でやろうとしていることです。自分自身の内面と現実世界において、物事をとてもとても近くに見ること、そして彼らの秘密を明らかにしていくこと、それが私の詩の読み手である彼・彼女らが、他の誰かが見たものを、見ていることを認識するようにして、孤独ではないと実感することができるのです。
これはほかの芸術の形式でも可能ですが、私にとって、それは詩なのです。私は詩の、とても圧縮されている、という事実を愛していて、私にとって(詩は)映画や小説の最も重要な場面から始まるようなものだと感じています。
――「障がい」「病気」について詩を書くということはどうことでしょうか。
私は人々が話したくないことについて書くことに興味があるのです。日本やオーストラリアもそうですが、多くの文化の中で、障がいや病気は私的なことで、それはほとんど恥ずかしいものと考えられています。しかし私はそれをやりたいのです。私はすべての人間の経験を探求したいのと同じように病気や障がいの経験を(私の文章で)探求したい。
障がいや病気の人の、人としての、彼らの人生、彼らの思考、世界、そして彼らの経験は、芸術の対象に適しています。 障がいや病気については、愛、嫉妬(しっと)、悲しみなどの伝統的な「詩的」なものほど書かれていませんから、障がいや病気についての芸術を作り出すことに強い関心を持っているのです。
―― 詩が「障がい」「病気」に対して、果たす役割は何ですか
私は詩がここでいくつかの違った役割を持つことができると考えています。私は先ほど述べたように、障がいや病気をテーマにした詩は、これらのことを経験する人々の孤独を和らげることができます。詩はペンとちょっとした紙、少しの時間、言葉の愛だけが求められるだけ。病気や障がいとともに生きる人に、詩という声を与えることができるのです。その方々は、(詩によって)自分の話を伝え、情熱的なものを表現することができる。 そのような詩は、病気や障がいのある人生が肉体的、感情的、心理的にどう実際に感じるのかを、散文よりはるかに、迅速かつ力強く他者に教えることができるのです。
◆本当に正直であること
―― 詩を書くときに大事なことは何ですか。
私はすべての詩人は違うと思いますから、私自身のことをお話しします。 私が詩を書く時、私は本当に正直であろうとしなければなりません。 私は、自分が何を書くにせよ自分自身の考えを考えようとするのであって、陳腐な既成の考え方ではないということです。 私はまた、強い感情を見つけて、それに従わなければならず、読者をその強い感情に導く正しい言葉と隠喩(いんゆ=メタファー)を見つけなければなりません。 私はさらに詩の構造も考えます。英語の現代詩では、さまざまな構造、「詩的な形」と呼ばれるものを選ぶことができます。
私はまた、効果を強化する意味合いからも、詩の音の働きを確かめようとします。 最後に、詩のペーシングに取り組みます。これは新しいアイデアが導入されるスピードが、読み手や聞き手を驚かせるほど速くはなく、退屈させるほど遅くないことを確認するのです。
――自分の子供のことを詩にするときに苦労したことは何ですか。
私はこれまでに6冊の本を出版し、その中の1冊で自分の子供についての詩だけを書きました。1冊の本すべてでそのようなテーマにするのは特別なケースで、自閉症に関する詩を収めた小さな本「First… Then…」です。アスペルガー症候群である私の長男は、その中の多くの詩のインスピレーションとなりました。
その本を書く上で、最も重要なことは、彼を尊重し、彼と彼のような人々を理解するための扉になることでした。 障がいのある人の声を自分自身が持っていない状態で、(その声を)引き受けることは非常に困難です。それは時には傷つけたり、無礼になってしまったりすることさえあります。
私はこの部分を深く考えていたことから、同書の「自閉症の声」の詩のほとんどは、実際に自閉症者が書いた著作物(回想記や小説)に対する詩的な反応であり、マイクを盗むのではなく音声を増幅するということになりました。私の息子が言ったことを直接引用した言葉を含んだいくつかの詩があり、詩「アスペルガーの診断:フーガ(fugue)」もそれらの一つです。彼は(私の)詩が退屈だと思っているようで、「First… Then…」 を最後まで読んではいませんが、読んでいる部分が好きだそうです。
――詩「遁走曲」をなぜ書いたのでしょうか。
この詩はさきほどの「First… Then…」に収録されているものです。この本には自閉症児、自閉症男女、そして両親、介護者、兄弟姉妹など、多くの異なる声による詩が収録されています。 この特定の詩は、自閉症の子供とその親の会話です――それは、少なくとも、結びついていない会話として始まり、最終的には実際の会話になる。 私は、自閉症児と自閉症ではない両親がコミュニケーションをとる方法や、誤解や明快になる瞬間について探求しようと考えたのです。
◆「直線」ではない会話は美しい
――詩「遁走」について、背景など解説してください。
この詩は、(自閉症児の)さまざまな発言の断片を繰り返し使用し、毎回わずかに変わった部分を繰り返します。それを書いたとき、私は詩人パウル・ツェランの作品を読んでいました。彼の最も有名な詩「Death Fugue」は、フーガの音楽形式から取られた構造を持っています。詩「遁走」は、自閉症者と非自閉症者のコミュニケーションが、直線ではなくフーガのような渦巻きになる傾向があり、その結果がどのように「直線」の会話よりも深くて美しいかを示そうとしたのです。この詩では、子供は「あなたはアスペルガー症候群がある」と言われており、彼はできるだけよくこれを理解しようとしています。この詩の中の子供の声は、事実や統計、陳述の繰り返しで、それは(外部者には)つながりはないように見えますが、実際には子供にとって深い意味を持つものなのです。例えば、彼はスポーツトーナメントでの「排除マッチ」について話し続け、彼らがどれほど不公平であるかについてより多くの情熱を抱いています。「あなたはアスペルガー症候群を持っている」と言われるのは、「排除マッチ」で負けてしまうようなものです。それは何かの終わりのように感じる。これが、彼が「私はアスペルガー症候群を持っていない」と主張し続ける理由です。
さらに詩では、子供がしばらくいなくなってしまいます。彼はどこかに隠れていて、彼はただ見つかったばかりです。おそらく、彼は自分の診断について動揺していたので、逃げ出したのかもしれません。彼の親が彼を見つけたとき、親は「何時間も呼んでたでしょ、なんで返事しなかったの?」と聞きました。そして彼はこの詩の終わりにこの質問に正しく答えるだけです。これは私の息子との多くの交流を思い起こさせます。彼はいつも情報を伝えるためにコミュニケーションしようとしていますが、理解できる形で私に渡すまでにはしばらく時間がかかることがあるのです。
――ありがとうございます。詩人からの興味深い障がいへの視点でした。
私は、障がいについての詩と、障がいがある人による詩がもっと存在するべきだと考えています。今回、ここで「障がいと詩」について取り扱うことに、とても喜びを感じていますし、私もこのようにご一緒できることを光栄に思っております。
Asperger’s Diagnosis: A Fugue
The cup finishes. I see. I look and look and hold on to it.
It makes sense now. Cup. Hand. It finishes.
In my football draw there will be no elimination matches
I don’t have Asperger’s syndrome. I was terrified the horses and cows would fall off the hill
Here comes the Shoemaker-Levy 9! Here comes!
We called for hours and hours, why didn’t you answer?
I was being under a pyramid
The cup finishes. It makes sense now. I don’t have Asperger’s syndrome
David says I do but he’s wrong. In my football draw the only elimination match will be the final
If there were no gravity we would all float up into the air and the oceans would leak away into space
We called for hours and hours, why didn’t you answer?
I dreamed there was a big chicken in my room trying to eat my legs
I don’t have Asperger’s syndrome. I look and look and hold onto it.
You say I do but you’re wrong. In Me-land money, the notes start at seven cruzlaks
Elimination matches are REALLY unfair
Roman baths were a lot like our health clubs
We called for hours and hours, why didn’t you answer?
I was terrified the horses and cows would fall
Cup. Hand. Cup. Hand. Asperger’s syndrome is dumb.
I don’t think there should be any more elimination matches, ever. I don’t
The doctor says I do but he’s baddie!
The notes start at seven cruzlaks because there is a five cruzlak coin
We called for hours and hours, why didn’t you answer?
The elephant bird was the biggest bird that ever lived
We called for hours and hours, why didn’t you answer?
I knew where you were.
【日本語訳】
遁走曲
~アスペルガーと診断されて~
カップの終わり。わかる。ぼくは見つめて、見つめて、手放さない。今、わかる。ここまでのカップ。ここからは手。終わり。
ぼくのフットボールマッチはエリミネーション式トーナメントなんかない
ぼくはアスベルガーじゃない。丘から馬や牛が落っこちそうで怖かっただけ
シューメーカー・レヴィ第9彗星がぶつかる! 来るよ!
(ずっと何時間も呼んでたでしょ、なんで返事しなかったの?)
ぼくはね、ピラミッドにいたんだ
カップの終わり。今、わかる。僕はアスペルガーじゃない。
デビッドは違うよって言うけど、間違っているのは彼のほうだよ。ぼくのフットボールマッチではね、エリミネーション式に排除されちゃうのは最終戦だけなんだから
もしも重力がなかったらぼくたちみんな空中に浮かんで、海の水はぜんぶ宇宙に流れ出ちゃうね
(ずっと何時間の呼んでたでしょ、なんで返事しなかったの?)
ぼくの脚を食べようとするおおきな鶏がぼくの部屋にいる夢をみたんだ
ぼくはアスペルガーじゃない。ぼくは見つめて、見つめて、手を放さない。
それは違うよっていうのが、間違いなんだよ。ぼくの国の貨幣は7クルツラックからが紙幣なんだから
エリミネーション式トーナメントって、ほんっとにアンフェアだ
ローマ浴場って、健康ランドみたいなものだったんだよ
(ずっと何時間も呼んでたでしょ、なんで返事をしなかったの?)
丘から馬や牛が落っこちそうで怖かっただけ
カップ。手。カップ。手。アスペルガーなんてくそ食らえ。
もうこれ以上エリミネーション式トーナメントなんてやっちゃだめなんだ、絶対に。やるもんか
ぼくが間違っているって医者は言うけど、あいつは悪いやつ!
紙幣は7クルツラックから始まるんだよ、だって5クルツラック硬貨があるんだもん
(ずっと何時間も呼んでたでしょ、なんで返事しなかったの?)
エピオルニスは地上に存在したもっとも大きな鳥なんだ
(ずっと何時間も呼んでたでしょ、なんで返事しなかったの?)
ぼくはみんながどこにいるか知っていたんだよ。
【出典】喜ビ苦シミ翻ル詩 日豪対訳アンソロジー pleasant troubles 菊地利奈編訳 川口晴美監修
【メリンダ・スミス】
(Melinda Smith)オーストラリア・ニューサウスウェールズ州出身。オーストラリア国立大の法学部及び日本研究科卒。法律家、公務員、ITコンサルタント、大学教員をしながら、英ケンブリッジや米ワシントンDCで暮らす。詩集「ドラッグしてロック解除/緊急電話」(drag down to unlock or place an emergency call, Pitt Street Poetry, 2013)が2014年オーストラリア総理大臣文学賞を受賞。作品はイタリアやインドネシア語に翻訳されている。
■いよいよ始まる!2019年4月開学 法定外シャローム大学
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