引地達也(ひきち・たつや)
コミュニケーション基礎研究会代表。就労移行支援事業所シャロームネットワーク統括。ケアメディア推進プロジェクト代表。毎日新聞記者、ドイツ留学後、共同通信社記者、外信部、ソウル特派員など。退社後、経営コンサルタント、外務省の公益法人理事兼事務局長など経て現職。東日本大震災直後から「小さな避難所と集落をまわるボランティア」を展開。
◆「その女」にざわつき
韓国の朴槿恵大統領に対する退陣の動きが止まらず、朴大統領自らも任期途中での辞任の可能性も表明した。ソウル中心部での辞任を求める大規模集会は一連の疑惑発覚後の10月後半以来、断続的に行われ、この動きはソウルだけではなく地方都市にも広がっている。これはマックス・ウェバーが言うところの「街頭民主主義」かもしれない。
同時にこれは、近年の韓国の政治文化、伝統のデモ文化とも言える。日本の植民地支配時代の1919年3月1日、ソウル中心部のタプコル公園で始まった「サムイル独立運動」は朝鮮半島各地で万歳行動というデモに発展し、軍人による武断統治から文民統治への変更を余儀なくされ、解放後も60年代に4・19革命、日韓協定反対デモ、80年代は5・18光州民主化抗争、87年6月の民主化抗争など、韓国近代史とデモは常に連関してきた。
最近の盧武鉉、李明博、両大統領時代にも退陣を求める大規模デモは発生した。今回のデモがこれまでと違うのは、退陣を求める相手が大統領とはいえ、女性であることであり、「その女出ていけ」と書かれたプラカードを見ると、少しざわついた気分になることである。
◆中世の引きまわし
メディアが、ある女性について報道する際「ジェンダーバイアス」が問題になるときがある。特に女性被疑者や女性被害者に関する報道で、母親の「あるべき姿」とのギャップや女性の容姿に関することなどが強調され、それがプライバシーを侵害し性役割に対してネガティブな情報が伝えられることでその女性の人格までもが貶(おとし)められてしまうことがある。日本でも長年問題視されているもので、最近では電通の女性社員の自殺問題も、このケースにあたるであろう。
韓国の大統領が女性であるからといって、それは究極の公人であるから職責からは逃れられるわけではない。プラカードでの「その女」は、今回問題になった長年の協力者の女性を表現したものでもあり、それは歪曲的に2人の女性をも示すニュアンスを持つ。こう書き放たれてしまうと、中世時代の引きまわしの上での磔(はりつけ)のような印象を持ってしまう。これも「ジェンダーバイアス」がかった厳しい仕打ちのように感じてしまうのである。
朴大統領は女性の柔らかいイメージ故に政治的実績が少ないまま大統領になった側面もあり、その結果「女性だけに」期待されていたからこそ、失望も理解できる。最近の大統領で言えば、盧武鉉元大統領は人権派弁護士・国会議員として不正追及をしてきたし、李明博前大統領は経済人として現代グループの成長をけん引した。
しかし朴大統領の場合、朴正熙元大統領の娘として悲劇のストーリーのヒロインとして描かれてきたイメージが先行してきた。そのイメージが真実にたどり着かなかったのは、真実を描こうにも人を近くに寄せ付けなかったからなのだろう。それが今回の「悲劇」にもつながっているように思う。
両親がともに突然の銃弾に倒れたという事実による彼女自身の精神的ダメージははかりしれないが、政治家として国をけん引するにあたり、何らかのバランサーが必要だったのだろうと思うと、今回の事件の構図も理解できる。やはり彼女も誰かに支えられなければならなかったのだ。
◆「朴政治を許さない」でどうか
今回、朴大統領が任期途中で退陣すれば1987年の民主化以降、初めての途中辞任となる。それは、街頭民主主義の勝利になるかもしれない。同時に韓国の民衆史に輝かしい功績かもしれないが、その文言は理性的にならないだろうかと思ってしまう。
街頭活動が、参加する方々の求める結果に結びつかない日本のスローガンを示すのも妙な話ではあるが、安保関連法案などで掲げられた「安倍政治を許さない」は、民衆の政治活動の範疇(はんちゅう)に思える。安倍晋三という人はともなく、安倍首相による政治を批判することが明確だからだ。だから、ソウル中心部でも、そろそろ「朴政治を許さない」でいかがだろうか。「女」に焦点を当てず、「政治」に注目するというメッセージである。
朝鮮半島の安定化などを含む安全保障の面からも、韓国の政治が機能不全になることは、日本にとっても好材料とはならない。韓国の政治、そして市民が今回の事態を乗り切り、いち早く安定した状態にたどり着いてほしい。
※「ニュース屋台村」の関連記事は以下の通り
寒風のおばあちゃんに慰安婦解決は訪れない
https://www.newsyataimura.com/?p=5052#more-5052
■精神科ポータルサイト「サイキュレ」コラム
http://psycure.jp/column/8/
■ケアメディア推進プロジェクト
http://www.caremedia.link
■引地達也のブログ
http://plaza.rakuten.co.jp/kesennumasen/
コメントを残す