п»ї ASEANに広がる「質」「量」両面での労働者問題(前編)『ASEANの今を読み解く』第16回 | ニュース屋台村

ASEANに広がる「質」「量」両面での労働者問題(前編)
『ASEANの今を読み解く』第16回

12月 05日 2014年 国際

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助川成也(すけがわ・せいや)

中央大学経済研究所客員研究員。国際貿易投資研究所(ITI)客員研究員。専門は ASEAN経済統合、自由貿易協定(FTA)。2013年10月までタイ駐在。主な著書に、『ASEAN経済共同体と日本』(2013年12月)がある。また、今年10月末に「ASEAN大市場統合と日本」(文眞堂)を出版した。

日本企業の東南アジア諸国連合(ASEAN)域内への進出が続く中、中小企業を中心に、労働人材の「質」、「量」の両面で困難を抱えている企業が増えている。特にタイでは、労働人口の減少、第2エコカー政策の始動から、更なる深刻化が危惧(きぐ)される。早期に対策を講じなければ、急激な賃金上昇に直面し、中小企業を中心に、早晩、近隣国への移転などを真剣に考えねばならなくなる。

◆「質」「量」両面での労働者不足が深刻化

日本の対ASEAN10カ国向け投資額は、2005年以降、中国向け投資とほぼ拮抗(きっこう)していた。しかし、12年の尖閣(せんかく)諸島の国有化に加え、労働賃金の急激な上昇など中国自体の投資環境の変化により、状況は大きく変わった。

14年上半期の日本の対外直接投資額は、中国向けが29億4300億ドルであったのに対して、ASEAN向けはその約3倍(85億8400万ドル)を記録している。これまで中国に向かっていた投資が、相当数、ASEANに行き先を変えている。実際に、12年6月時点で5034社であったASEAN日本人商工会議所連合会(FJCCIA)の加盟企業数は、14年6月時点では6092社へと、この2年間だけで1千社以上増えた。

ASEANの日系企業数が膨張する一方で、受け皿となる現地では、労働環境面できしみが出ている。在アジア・オセアニア日系企業活動実態調査(13年度調査/ジェトロ)によれば、在ASEAN日系製造企業1302社のうち、約8割の企業が「従業員の賃金上昇」(全体の78.5%)の問題に直面し、約5割(50.5%)の企業で「従業員の質」の問題を抱えている。

これに「中間管理職・技術者数の不足」(人材の採用難)が続く。中小企業のASEAN進出が続く中、労働人材の「質」、「量」の両面で企業は困難を抱えている。

◆減少局面に入ったタイの労働人口

タイは10年第3四半期以降、失業率は1%を割り込む水準が続くなど、深刻な労働力不足となっている。直近では14年5月に発生したクーデターの影響から同年第2四半期は1%になったものの、第3四半期以降再び1%を割り込んでいる。

その状況は今後改善するどころか、更に深刻化することが懸念される。国連人口基金の「世界人口推計」(2012年改訂版)によれば、出生中位または高位推計の場合は2025~30年に、出生低位推計の場合は2015~20年に、それぞれ人口が減少に転じることが予想されている。

しかし、労働の現場では国連の予想をはるかに上回る速度で、労働力減少が表面化している。タイ国家統計局によれば、タイの労働人口について、季節要因を排除すべく前年同月比でその伸び率推移を見ると、13年6月の労働力人口は4019万人であったが、翌7月以降はマイナス成長が続き、14年6月を底に反転したものの、直近の14年9月まで15カ月連続で労働者の絶対数が減少している(図)。

図 タイの労働力人口の伸び率推移(前年同月比)

[出所]タイ国家統計局より著者が作成

◆第2エコカー政策で雇用環境は更に厳しく

労働力人口が減少に転じている一方、製造業を中心に労働力需要は今後拡大することが確実である。

タイ政府はインラック政権時、第2エコカー政策の推進を決定した。第1エコカー政策は、ピックアップトラック依存から脱却させ、タイを世界的な小型車の生産・輸出拠点に押し上げた。

13年のタイの自動車生産台数は245万7千台(うち完成車輸出112万8千台)を記録するなど、第1エコカー政策はタイを世界の自動車生産国トップ10入りを実現させた。更にタイの自動車産業の位置付けを確たるものにし、17年の自動車生産台数300万台を実現すべく、第2エコカー政策が始動した。

同プロジェクトに認定された場合、8年間の法人税免税や機械輸入関税免税に加え、対象車種は通常30%が課せられる物品税について、半分以下の14%が適用される。なお同車種がエタノール混合率85%以上(E85 )に対応している場合は12%となるなど、第2エコカーは国内市場でも優位な競争環境が用意されている。

第2エコカーとして認定される条件は、ガソリン車で1300cc以下、ディーゼル車で1500cc以下の排気量で、燃費は1リットルあたり23.26キロ以上、二酸化炭素排出量は1キロ当たり100グラム以下、EURO5の排ガス基準、などである。認定された企業は、生産開始4年目までに10万台の生産が求められる。

14年3月末でプロジェクト申請期限が締め切られたが、ふたを開けてみれば、事前の予想を上回る10社が応募した。その10社とは、第1エコカーに参入した5社(日産自動車、ホンダ、三菱自動車、スズキ、トヨタ自動車)に加えて、マツダ、フォード、ゼネラル・モーターズ(GM)、フォルクスワーゲン(VW)、そしてSAICモーターCP(上海汽車集団とCPグループの合弁)である。

タイ投資委員会(BOI)は、現在までにフォルクスワーゲンを除く9社のプロジェクトを認可している。これら9プロジェクトの合計生産台数は112万台にのぼる。第2エコカープロジェクトは、19年末までの開始が求められているが、「2017年の生産台数300万台」は一気に現実味を帯びてきた。

その一方、それらアセンブラーの生産を支えるサプライヤーも事業拡大が求められることから、新たな労働力の投入や技術者育成を考えない限り、急激な賃金上昇に直面し、エコカーとは無関係の中小企業を中心に、早晩、近隣国への移転などを真剣に考えねばならなくなる可能性がある。(続く)

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