小澤 仁(おざわ・ひとし)
バンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住22年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。
2010年から本格的な人口減少社会に突入した日本。総人口減少と東京一極集中が止まらず、地方の衰退は加速している。東京近郊県においてすらこうした状況は出現しており、新たな施策の展開が求められる。一方、私たちバンコック銀行では日・タイ間の新たな産業振興を目指し「観光部会」や「特産品部会」などの私設部会を設置し、議論を重ねてきた。今回はその私設部会の一つである「産学連携部会」で具現化してきたタイの大学生の長期インターン制度の活用を考えてみたい。本稿では、千葉県を東京近郊県の一つの事例に挙げ、提言を試みたい。
1.千葉県の特徴
(1)農業、漁業
(出所:千葉県HPより作成)
江戸時代、千葉県は激増する江戸の人口を支えるべく新田開発され、その後、太平洋戦争時代には重要な食料生産拠点としての役割を担っていた。現在では地理的優位性を生かした近郊農業を展開、農業産出額では全国4位、梨、落花生、ねぎ、ほうれん草などの全国1位の品目を抱えるほか、養豚、鶏卵、生乳などの畜産についても全国上位に位置している。
(出所:千葉県HPより作成)
漁業においては銚子、九十九里では黒潮と親潮が交わる好漁場であり、イワシやサンマ、サバが多く取れることで有名である。夷隅(いすみ)や安房(あわ)地域の岩礁地帯ではアワビ、サザエ、イセエビ、東京湾地域ではスズキ類やアサリがそれぞれ漁獲され、太平洋海域と内湾性海域を有する豊かな漁場による恩恵を受けている。県内総生産のうち第一次産業が占める割合は1%未満であるが、豊かな「農漁県」としての底力を示している。
(2)工業
(出所:千葉県HPより作成)
【図1】
(出所:経済センサスより作成)
京葉工業地帯を抱え、製造品出荷額は12兆6,820億円と全国7位。製造品出荷額は多いが、千葉県に本社を置く上場会社は53社と少なく、多くは東京都に本社を置く企業の工場が集積している。
(出所:上場企業サーチHPより作成)
朝鮮戦争の特需景気の中、1950年千葉県は川崎製鉄(現JFEスチール株式会社)の製鉄所誘致に成功。1955年には同社の南側の埋め立て地に東京電力株式会社が進出、その後、石油化学コンビナートや造船所、火力発電所が相次いで建設された。そのため製造品出荷額のうち素材型工業製品(石油化学製品、鉄鋼)が大きな割合を占め、これら製品と電力の一大供給地域と変貌(へんぼう)していった。
【図2、3】
(出所:経済センサスより作成)
戦後急速に工業化したため製造業の集積がなく、付加価値構成比と従業員構成比では製造業の比率が低く、医療・福祉、宿泊業・飲食サービス業の割合が多いことに特徴がある。
(3)人口
① 日本人人口
戦後の東京圏(東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県)の工業化に伴い、これら地域への社会的人口流入が起きた。千葉県では人口流入に住居提供が追いつかず、1955年に千葉県住宅協会による全国初の住宅団地が八千代市、流山市に建設。その後、日本住宅公団や市、県による大規模団地が相次いで建設。特に1969年から始まった千葉ニュータウン事業では34万人が居住する都市を造成。その結果、人口は右肩上がりに増加、現在は627万人の人口を抱える。
【図4】
(出所:千葉県HPより作成)
人口は多いものの東京都への通勤者が多いため昼夜間でのギャップが大きく、ベッドタウンとしての機能を担っている。
(出所:総務省「統計で見る都道府県のすがた2019」より作成)
② 外国人人口
1984年に1万7千人であった外国人居住者は右肩上がりに増加。東日本大震災の影響で2011年、2012年に一時的に減少したものの現在は15万6千人が居住している。国籍別にみると中国人、フィリピン人、ベトナム人が多く、特に近年はベトナム人居住者の増加が顕著である。
【図5】
(出所:千葉県HPより作成)
外国人労働者を業種別にみていくと、製造業、卸売業・小売業、サービス業が多く、飲食店やコンビニの従業員、工場労働などの単純労働に従事。建設業は8%と低位であるものの、対前年度比では26.5%増加しており、人手不足が叫ばれる同業界の重要な労働力となっている。事務所の規模別のデータを見ると、従業員数30名未満の中小事業者が外国人労働者を必要としていることが確認できる。
【図6、7】
(出所:千葉労働局HPより作成)
2.外国人人材獲得を通じた千葉県の地方創生
このように過去の歴史から千葉県は大消費地「東京」へ農作物、畜産物、水産物、そしてベッドタウンとして人材を送出する供給基地人口減少により強みを支えてきた産業の担い手に大きな影を落としている。パーソル総合研究所・中央大学「労働市場の未来推計2030」によると、2030年には日本全体として644万人の労働者が不足し、そのうち千葉県では36万人不足すると予想されている。この危機に対応するため日本政府は2019年4月より新たな在留資格「特定技能」制度を新設、年間4万7千人の外国人労働者を見込んだ制度を開始した。この国策を今後の千葉県産業を支える人材確保に利用することはできないだろうか。
(1)既存在留資格「技能実習」制度と新たな在留資格「特定技能」制度について
「技能実習」制度は技能、技術または知識の開発途上国への移転を図り開発途上国などの経済発展を担う「人づくり」に協力する制度であり、一方で2019年4月に新しい制度として始まった「特定技能」制度は労働人材確保が困難な産業において、一定の専門性・技能を有し「即戦力」となる外国人を受け入れるものである。大きな違いとしてこれまでの「技能実習」制度では禁止されていた単純労働が許可され、日本の労働力不足の解決を目指した制度である。
【図8】 【制度比較】
「技能実習」制度と「特定技能」制度を比較すると、外国人の仲介と日本での生活に関わる全般的な支援を行う団体が「監理団体」から「登録支援機関」へ変わった。登録支援機関は外国人労働者を雇用する受け入れ企業に代わって、以下のサポートを行う。
【図9】
(2)「特定技能」制度の問題点
監理団体は原則農協や漁協、商工会議所や職業訓練所のような公益法人でなくてはならない一方で、登録支援機関は出入国在留管理庁長官の許可を得た「民間企業」、「個人」であり、現在中小事業者であふれている。登録支援機関の主な職務は上記①~⑬であることから、「技能実習」制度において監理団体が行っていた外国人労働者と受入れ企業との仲介する機能を登録支援機関は有していない。
従って、受入れ企業は自ら外国人労働者を探すことを求められる。しかし現実的に外国人労働者獲得を目指す中小企業が自身のHPでアピールを行い、面接を行い、雇用契約までたどり着くことは難しいと考える。つまり、不足する労働力を補うべく投入された「特定技能」制度では中小企業は恩恵を受けにくいのである。
【図10】
また、従来の「技能実習」制度では雇用サイドと労働サイドの間で大きなギャップが存在し、失踪(しっそう)する外国人が社会問題になっていた。悪質な受け入れ企業が過酷労働を強いるケースが存在し、この点については「特定技能」制度においても改善されていない。
(3)銀行が登録支援機関へ
昨今、銀行業務範囲の改正に伴い地域金融機関や信用金庫が相次いで人材紹介業に参入、伝統的な銀行業務の範囲拡大の議論がされている。銀行もしくは銀行の関連会社が登録支援機関になることができれば、以下のようなことができるのではないだろうか。
銀行はまず取引先企業から外国人労働者の雇用ニーズをヒアリングの上、リストを作成する。外国人労働者の情報を保有している送り出し機関と情報交換を行う。送り出し機関からの最適な人材を取引先へ紹介し、雇用契約を締結した場合はそのまま登録支援機関として外国人サポートを行う。
【図11】 【提案スキーム】
銀行が外国人労働者と受け入れ企業の架け橋になることで中小企業も外国人労働者を雇うことができる。また、外国人受け入れ後も銀行が相談窓口として存在することで受け入れ企業に対して牽制(けんせい)機能が働き、定期的に経営者に対して「特定技能」制度の考え方を伝えていくことで、労使関係でのミスマッチも減らせると考える。銀行が登録支援機関になることで「特定技能」制度の問題点を改善できるのである。
(4)外国人の住みやすい環境整備
今後増加する外国人労働者を受け入れるにあたり、住みやすい生活環境を整備することは必須である。横浜市が行った外国人意識調査では外国人が日本で生活する際、下記のような悩みを抱えている。
【図12】
(出所:横浜市HPより作成)
多くは「言語」に関わる悩みであり、「街中に英語表記の案内を増やす」「郵送物は日本語と英語を併記する」「英語対応の行政窓口を増やす」などの対応を早期に千葉県に求めていかないといけない。また、県と銀行が共同で外国人同士の交流会、外国人と銀行員・公務員の交流会を企画することも有効である。外国人にとっては生活する上での悩みやそれに対する解決策を共有できる一方で、日本人にとっては英語でのコミュニケーション能力向上に寄与し、行政窓口と銀行窓口の英語対応力向上に直結する。
(5)優秀なタイ人を日本へ
2018年12月時点で在留外国人に占めるタイ人の割合は1.9%であり、中国人、韓国人、ベトナム人、フィリピン人と比較して低い割合である。また、タイから日本への留学生数も他のASEAN諸国より低く、私費留学生が少なく、国費を利用した学生が多いという特徴がある。こうした制度を利用するためには一定水準の学業の成績を収め、語学要件を満たす必要があり、教育水準の高い学生が日本で留学している。
【図13】
(出所:文部科学省「国費外国人留学生の受け入れ人数について」より作成)
バンコック銀行が主催する「産学連携部会」ではタイ人学生の日本留学の道を模索してきたが、今般、地方の名門大学であるコンケン大学が1年、プリンス・オブ・ソンクラー大学が2年の長期インターン制度を試験的に導入した。人口減少社会を迎え、日本企業は「日本における外国人の登用」と「海外での企業活動の一層の強化」が必要となっている。このためには優秀な外国人幹部の育成も喫緊の課題となっている。こうした背景を踏まえ、特定技能制度を活用した以下のスキームを提案したい。
【図14】
長らく日本では外国人学生のインターンを受け入れるための査証(ビザ)が無かったが、特定技能制度によりこの問題が解決される可能性が出てきた。上記の制度を使えば大学生は賃金が得られるため私費の負担がなく、日本企業へのインターンをすることができる。このスキームを通じて日本企業の技術力や商習慣に触れてもらうことで、将来的に日本で働くことを志望する優秀な人材の創出につながる。
3.結論
・千葉県は大消費地に農産物、水産物、工業製品、労働力を提供する供給基地である。しかし、人口減少による労働力不足でこのままだと従来の強みを失う危機に瀕している。
・「特定技能」制度は労働力不足解消を目的に導入された。従来の制度から単純労働を認め、一定の専門性・技術を有する即戦力外国人を日本へ誘致する仕組みであり、同制度をうまく活用すべきである。
・「特定技能」制度では、中小企業が外国人労働者を雇うことが難しく、また雇用者側と労働者側の考え方の相違から労使問題が生じる可能性がある。しかし、銀行が登録支援機関になることで外国人労働者と受け入れ企業を結びつけることができる。さらに外国人労働者の相談窓口になることで受け入れ企業への牽制機能が働き、「特定技能」制度の問題点を解決することができる。
・日本の生活環境は外国人にとって生活する上で不便なことが多い。特に言語面での苦労が多く、外国人が生活しやすいように官民一体となって整備する必要がある。
・「特定技能」制度を、インターン制度を組み合わせることで優秀な学生を誘致し、日本企業の技術力や商習慣に触れる機会を与え、将来日本で働きたいと志向する有望な人材を創出することが可能となる。日本の地方銀行は積極的にこうした役割を担い、地方の活性化に貢献していくべきだと考える。
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