п»ї 検事と記者の「賭けマージャン」 『山田厚史の地球は丸くない』第163回 | ニュース屋台村

検事と記者の「賭けマージャン」
『山田厚史の地球は丸くない』第163回

5月 22日 2020年 経済

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

東京高等検察庁の黒川弘務(ひろむ)検事長が21日、辞意を明らかにし、翌22日の閣議で受理された。「賭けマージャン」が発覚したためである。政権を揺るがす「検察庁法改正案」の攻防が、こんな形で決着がつくとは誰が考えただろうか。

◆「安倍政権による検察支配」

「政権による検察支配」が騒ぎになったのは1月31日、黒川氏の定年が閣議決定で半年延長されたことがきっかけだった。定年延長は黒川氏を検察最高位の検事総長にするための下工作と見られた。検察官の定年は検察庁法で「検事長は63歳」と決まっていて、延長は認められない、とされていた。ところが安倍政権は強引に決めてしまった。

今の検事総長である稲田伸夫氏はこの7月、就任2年目を迎え、慣例に従い勇退するとみられる。後任には黒川氏と林真琴(まこと)名古屋高検検事長の同期2人の名が挙がっていた。黒川氏は2月7日に63歳になり、定年となるはずだった。

検事総長など検察上層部の任免権は内閣にある。しかし、政治が役所のトップ人事に口出しすることを官僚は嫌い、組織が推す人物がトップになるよう何年も前から布石を打っている。特に政治家を捜査対象にしてきた検察には政治家に人事を握られることへの警戒感が強い。黒川氏は法務官僚として能吏だが、政治家との付き合いが多い法務省官房長、事務次官を計7年務め、「政権に近い」とみられた。官邸が暗に「黒川検事総長」を求めていることも検察上層部に違和感があった。そんな事情から、検察内部では「検事総長は林氏」とされていた。

ことの起こりは2016年7月、当時の稲田事務次官が9月発令の人事案を首相官邸に示した。法と経済にかかわる分野を専門にした朝日新聞のインターネット新聞(ニュースサイト)「法と経済ジャーナル」はこう記述している。

「法務省原案では、稲田氏の後任の法務事務次官は林真琴刑事局長(59)を昇格させ、黒川氏は地方の高検検事長に転出させることになっていた。ところが、官邸側が黒川氏を法務事務次官に昇任させるよう要請したという」(2016年11月)。

人事は官邸側が押し切ったが、妥協が図られた。「黒川次官は1年だけ、後任は同期の林に」という密約が交わされたという。ところが1年後、約束は反故(ほご)にされ、官邸は黒川氏を留任させた。

「検察人事も思いのままに」首相のおごり

黒川氏が、安倍政権で官房長、次官、東京高検検事長を務める間、安倍政権を危うくした事件はほとんどが不発に終わった。小渕優子経済産業相の選挙違反、甘利明経済財政相の業者からの現金授受、国有地売却を巡る財務省の公文書改ざん、「桜を見る会」の接待疑惑――。全て不起訴になった。黒川氏が「安倍政権の門番」と呼ばれる所以(ゆえん)だ。その「番人」を検察の頂点に立つ検事総長にしようというのである。

衆参両院で安定多数、野党は足並みが揃わず、自民党内でも安倍首相に対抗できる政治家はいない。向かうところ敵なし。そんなおごりが「検察人事も思いのままに」と思わせたのかもしれない。

だが、やり方が粗雑だった。検察庁法は定年延長の規定がない。国会で突っ込まれ、森雅子法相は「国家公務員法の規定に従った」と答えた。国家公務員法で検察官の定年を延長できるのか、法解釈の妥当性を問われた人事院の局長は、「そのような解釈は認められていない」と否定。慌てた官邸は人事院に答弁をやり直しさせ、「解釈を変え、口頭で了解した」と修正をさせた。都合の悪いことは解釈変更で突破するという安倍政権の法律軽視がここでも露わになった。違法性の高い定年延長を、後付けで合法化するのが検察庁法改正だった。

◆新聞社に求められる説明責任

そこまで無理をして留任させた黒川検事長が、あろうことか「賭けマージャン」で沈没した。犯罪者を訴追できる唯一の機関である検察のナンバー2が、刑法185条の賭博罪(賭博をした者は、50万円以下の罰金または科料に処する)に問われかねない。安倍首相が発した緊急事態宣言の最中の「賭けマージャン」である。3密(密閉、密集、密接)の会合を避けるようにとのお達しが出ていたにもかかわらず、記者の自宅で未明まで卓を囲んだ。帰りのハイヤーは、産経新聞のチケットで払われた。しかも、マージャンの相手は権力監視が仕事のはずの新聞記者だった。

辞任で済む話ではないだろう。検事総長になろうというエリート検察官が、番記者相手の賭博常習というのでは検察の独立もあったものではない。

問題は、一緒に卓を囲んだ新聞記者と彼らを職務につけている新聞社にもある。この事態をどう考えているのか。

記者は何のために、検察官の傍らにいるのか。

一緒にマージャンをする「近さ」は、個人的な交友関係だけで説明できない。

検察庁にフリーパスで出入りできるのは、司法クラブという「記者クラブ」のメンバーだからである。「自由な出入り」と「説明を求める権利」は、「国民の知る権利を代行する」あるいは「権力監視」という公益を付与されているからではないのか。

新聞社に求められる説明責任は、賭けマージャンで勝ち負けがいくらだったか、ということではない。検事と一緒に賭けマージャンをすることは、「知る権利」や「権力監視」とどう関係するのか。これは産経新聞、朝日新聞だけの問題ではないだろう。

「取材に関することは従来お答えしていません」では済まない。説明ができなければ、「国民の知る権利」も「権力監視」も飾りものでしかない、ということだ。

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