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山形大学強化による山形県の地方創生
『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第171回

6月 26日 2020年 経済

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小澤 仁(おざわ・ひとし)

oバンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住22年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。

バンコック銀行日系企業部には、新たに採用した行員向けに「小澤塾」と名付けた6カ月の研修コースがある。この期間、銀行商品や貸し出しの基本などを宿題回答形式で、英語で講義を行う。この講義と並行して、日本人新入行員として分析力、企画力などを磨くため、レポートの提出を義務づけている。今回は、昨年12月に小澤塾を卒業した山形銀行の菅原浄さんによる山形県の地方創生に関する提言を紹介したい。

山形県は県土面積が国土面積の約 2.5%(全国9位)を持つが、県土の7割を森林が占めており、人口は日本の0.8%(全国35位)、GDP(国内総生産)においても日本全体の0.7%(全国35位)と低位にある。近年は少子高齢化・人口減少の急速な進行により経済の停滞が懸念される。このレポートでは山形県の産業の特徴・課題と今後の地方創生について考える。

1.山形県の産業について

(1)特徴

本県の産業の比率を見ると従業員構成比率、付加価値構成比率ともに製造業が県内トップの産業であり全国平均よりも高い。県内産業の中心となっているのは製造業である。

【図1 山形県の従業員構成比・付加価値構成比】 

出所:経済センサス

製造業の産業別内訳に着目すると、多様な産業の中でも「電子部品・電子デバイス・電子回路製造業」「食料品製造業」「生産用機械器具製造業」の三つが従業員構成比および付加価値構成比ともに中心的な地位を占めている。特に「電子部品・電子デバイス・電子回路製造業」の両構成比は全国平均を大きく上回っており、県内の特徴的な産業といえる。

【図2 製造業の産業別従業員構成比・付加価値構成比】

出所:平成29年工業統計

(2)産業の歴史

古くから本県は県域に流れる最上川から引かれる豊富な水、寒暖差が激しい気候など、農作物の栽培に適した環境を有しており、県民の約70%が農業に従事していた。明治時代、廃藩置県により複数の藩が統一され山形県となった際にも農業を主産業に据えた。

ものづくりは平安時代の鋳物づくりが土台となっている。東北地方で「前九年の役」(朝廷側の源氏と岩手県の安部氏の戦い)の際、源頼義軍と一緒に本県に立ち寄った鋳物職人が、川の砂や土が鋳物の「型」に適することを発見し、この地にとどまって鋳物づくりを始めた。江戸時代には鋳物づくりを専門とした町(職人町)が設置され、職人の技術向上と生産地の拡大を促した。明治時代以降、鋳物づくりは農機具やミシンなどの機械部品製造へと派生していった。

明治末期~昭和にかけて、鉄道の開発などにより県内の産業構造が徐々に変化した。特に戦後は農作業の機械化、国の減反政策などの影響により農業人員は著しく減少。一方で戦時中の疎開工場が定着したことや工業団地形成により製造業が拡大し、農業者の受け皿となった。高度経済成長時には企業誘致により県外から半導体・電子・通信機器等の工場が進出し、電子部品・電子デバイス・電子回路製造業が集積された。

2.課題

(1)少子高齢化・人口減少

本県人口の高齢化率は32.2%(全国6位)、2015年~2019年の人口減少率は▲4.16%(全国4位)と少子高齢化・人口減少が急速に進行している。その要因の一つとして、高校卒業時、大学卒業時にあたる18歳~24歳の人口流出率が高く、若年層が県外に流出していることがわかる。(2017年:▲2,902人)

【図3 高齢化率・2015年~2019年人口減少率】  

図4 2017年度若い人材の県外転入・転出】 

 出所:山形県HP2017年山形県の年齢別移動者の状況」

2)県民の課税対象所得

納税者1人当たりの課税対象所得は263万2千円と全国ワースト5位。産業全体の付加価値向上を図る必要がある。また、この指標は前述した若い人材の県外流出の一因にもなっていると考えられる。

【図5 納税者1人あたりの課税対象所得】 

出所:政府統計総合窓口

3.今後の山形県の産業育成について

本県は明治末期より農業から製造業主体へと転換が図られてきた。製造業には平安時代からの歴史があり、また、戦後の工業団地の形成と企業誘致により、一部の産業集積もみられる。しかし、県民の課税対象所得が低く若い人材が他県に流出しているという課題があるため、今後は既存産業に代わる新たな産業を育成していく必要がある。新たな産業が集積すれば、雇用の創出にも寄与する。

新たな産業育成には大学等高等教育機関の研究開発・技術シーズを活用することが有効である。本県において先端的な研究に取り組む機関と産学連携の現状に着目する。

(1)先端的な研究に取り組む機関

 ① 山形大学 工学部

県内唯一の国立大学。米沢高等工業学校が前身であり、もともと製糸産業が盛んだった土地柄から、繊維、高分子、プラスチックといった分野に強みをもつ。大手繊維メーカーの帝人㈱は当校の研究成果で「人造絹糸」を開発、米沢市で創業しており、日本初の大学発ベンチャーといわれている。近年では材料工学、特に有機エレクトロニクスの研究に力を入れている。

 < 有機エレクトロニクスに関する研究 >

1993年、工学部の城戸淳二教授が世界で初めて白色有機ELの開発に成功したことをきっかけに、当分野に集中して資金が投与され、基礎研究および実用化の促進が図られてきた。有機EL、有機トランジスタ、有機太陽電池の三つを柱として、基盤技術の開発、商品化に取り組んでいる。現在では、六つの研究施設と八つの研究センターが集積した世界有数の研究拠点となり、2008年以降、当研究に派生して約10社のベンチャー企業が誕生している。

【図6 有機エレクトロニクス関連の主要研究について】

出所:山形大学工学部HPなどより筆者作成

 ② 慶應義塾大学先端科学研究所

2001年、鶴岡市に開所した慶應義塾大学先端科学研究所(以下、慶應大研究所)は約140名の教職員、約30名の学部生や大学院生などで構成される。最先端のバイオテクノロジーを用いた生体や微生物の細胞活動を網羅的に計測・分析して実社会に応用する研究を行う。

バイオテクノロジーは医療、食品、農業、資源、エネルギーなどあらゆる分野で応用が期待でき、画期的な基盤技術になると言われている。同研究所からは特徴的なバイオベンチャー企業が6社誕生しており、研究所、ベンチャー企業による雇用の創出は約500名、日々の活動に伴い発生する消費や投資は市内に年間30億7700万円の経済波及効果を生み出している(山形銀行推計)。

【図7 慶應大研究所発バイオベンチャー企業一覧

会社名 設立 事業内容など
 ヒューマン・メタボローム・テクノロジーズ㈱ 2003年 うつ病診断キットを開発。米国とオランダに海外拠点を開設、事業展開を推進している。2013年マザーズ上場
Spiber㈱ 2007年 NASAや米軍も開発できなかったといわれる「人口クモ糸」の量産化に成功。アパレルや自動車・航空機素材に活用を目指す
㈱サリバテック 2013年 唾液中の成分の最新の測定装置を用いて、解析、検査する技術を開発
㈱メタジュン 2015年 人間の便から腸内細菌の遺伝子情報などを解析し、健康維持・疾患予防へつなげる
㈱メトセラ 2016年 心臓疾患の治療方法の研究・開発および移植用の心臓組織の製造、販売
㈱モルキュア 2017年 次世代シークエンサーとAI(人工知能)を用いて独自の高機能抗体医薬品開発プラットフォームを開発

 出所:各社HPより筆者作成

(2)産学連携の現状

① 山形大学工学部(有機エレクトロニクス)

研究の拠点化により、企業との産学連携の件数は着実に増加。平成22年度~平成27年度までの民間企業との共同研究費受入額が52.7%増、国立大学において平均伸び率は全国1位となった(その90%は有機エレクトロニクス関連研究)。複数の大手企業との共同プログラムによる研究員の受け入れや、英国の大学、ドイツの研究所などとの国際的な共同研究も行っている。

【図8 山形大学 外部資金の推移】

出所:山形大学 産学連携 年度報告書

しかし、県内企業においては当研究分野への参入が少なく、共同研究などで連携しているのは10社程度である。

② 慶應大研究所(バイオテクノロジー)

当研究所の拠点「鶴岡メタボロームクラスター」には、研究所発ベンチャー企業や県外企業の研究開発部門、研究機関が入居し、連携して研究開発の進展に取り組んでいる。その他にも国内の科学・製薬企業や計測機器企業、国外の大手食品企業などと広く共同研究を行っている。

県内企業とは主に農業や畜産業などの業種と高品質な栽培、製造、加工法の開発に向けて年間10~20件の共同研究を行っているが、事業化の実績はまだ少ない状況にある。

 ③ 山形県工業技術センター

当センターは工業全般に関する技術水準の向上を図ることを目的として県が設置した技術支援機関である。技術相談件数は年間8千件を超え、「技術に関する相談先」として県内企業から高く認知されている。また、当センターを事務局として九つの研究会活動が行われており、参加企業が共同で技術力の向上に取り組んでいる。

【図9 工業技術センター事務局 研究会一覧】

研究会名 参加企業数
金型・精密加工 技術研究会 67社
山形県食品加工研究会 23社
山形県研醸会 46社
山形県若手葡萄酒産地研究会 14社
材料加工研究会 52社
機械技術研究会 60社
電子技術研究会 33社
化学・食品研究会 54社、4団体
木工技術研究会 16社、4団体

出所:山形県工業技術センターHP

技術相談という点では、山形県工業技術センターを活用した連携が盛んに行われている一方で、各大学の取り組んでいる先端分野への県内企業の参入、連携という点には課題があるといえる。

4.地方創生の方向性

今後、大学が取り組んでいる研究を活用した先端産業の育成・集積のために必要なこととして、「山形大学の更なる機能強化」「ベンチャー支援の充実」の2点を挙げる。

(1)山形大学の更なる機能強化

大学は新たな技術の創出だけでなく、次世代を牽引(けんいん)する人材を育成する機能も担う重要な存在である。県内唯一の国立大学である山形大学はイギリスの大学評価機関「クアクアレリ・シモンズ社」(QS社)の大学ランキングにおいて、日本国内で49位にとどまっている(アジアでは301~350位)。

【図 10   山形大学 概要】

概要

・6学部、7つの大学院を備える総合国立大学。学生数は約8800人

・1943年に設置され、現在は県内3地区に4つのキャンパスを保有

学部 人文社会科学部 地域教育文化学部 理学部 医学部 工学部 農学部

大学院

社会文化システム研究科 地域教育文化研究科 医学系研究科 理工学研究科 有機材料システム研究科 農学研究科 教育実践研究科

山形大学の更なる機能向上のために「学力・研究力の向上」「人材育成」の2点を強化する必要がある。

 ① 学力・研究力の向上

研究開発・事業化を進めるためには大学の学力・研究力の向上が重要であり、これは日本全体の問題でもある。世界大学ランキングでは、近年の日本の大学の評価は低迷しており、アジアの中でもシンガポールや中国の大学に上位を取って代わられている。

世界大学ランキングの内訳(図11)を見ると各国の主要大学は外国人教員比率・留学生比率が高い。優秀な教授・研究者を海外から招聘(しょうへい)することで、学力・研究力の向上を図り、それが優秀な外国人留学生の確保にもつながっている。その点において日本の大学が遅れていることがわかる。

【図11 QS世界大学ランキングについて】

出所:2020QS社世界大学ランキング 

 < 東京大学とスタンフォード大学(米国)の比較 >

海外から優秀な教授・研究者を招聘するためには資金が必要になる。東京大学とスタンフォード大学は総スタッフ数が同程度だが、教授の平均年収に2倍以上の差がある。また、山形大学の平均年収は東京大学よりも更に214万円低い。

【図12 東京大学とスタンフォード大学のスタッフ数、教授の平均年収】

総スタッフ数 外国人教員数 外国人教員比率 教授の平均年収
東京大学 4,509人 278人 6% 1,196万円
スタンフォード 4,478人 2,166人 48% 2,500万円(1ドル=110円)
※参考:山形大学 教授の平均年収…982万円

出所:<総スタッフ数・外国人教員数> QS社世界大学ランキングの項目内 <教授の平均年収> スタンフォード大;The Chronicle of Higher Education、東京大学、山形大学;文部科学省HP

また、図13 収入構造(付属病院除く)を見ると、総収入の規模、収入の多様性に差があり、スタンフォード大学は特に研究関連収益、寄付金の割合が高い。企業との共同研究や受託研究、卒業生など個人とのネットワークを利用して資金を獲得し、優秀な人材確保に投資している。

【図13 東京大学とスタンフォード大学の収入構造(付属病院除く)】

出所:平成313月期 国立大学法人東京大学決算書、20198月期スタンフォード大学決算書より筆者作成  

 < 近年の動向(クロスアポイントメント制度)>

欧米では教授・研究者が大学と9カ月の雇用契約を結び、残り3カ月は他の研究機関や民間企業で研究するといった雇用形態が一般的に利用されている。また、日本でも政府よりクロスアポイントメント制度(混合給与)の導入が促進されている。海外大学と協定を締結して当制度を活用すれば、人件費を抑えた海外の人材雇用が可能になる。

※クロスアポイントメント制度 : 研究者が大学、公的研究機関、民間企業のうち、二つ以上の組織と雇用契約を結び、一定の勤務割合の下で、それぞれの組織において研究・開発、教育などに従事することを可能にする制度。国立大学法人などの多様な人材確保による教育研究の活性化や科学技術イノベーションの促進に資することが期待されている。大阪大学では当制度の活用により、海外大学との教授・研究者の交流が活発になっている。

② 人材育成

今後、日本国内の人口減少が進み、海外に販路を拡大する動きがますます活発になっていく。また、山形大学工学部が展開する研究においても、海外でも注目の高い分野であり、国際競争の激化は避けられない。世界に通用する国際的な人材を育成するには、英語力・海外経験が必要不可欠であり、図14のとおり、中国やインドでは世界のトップである米国の大学に積極的に人材を派遣している。一方で日本は大きく減少している状況にある。

【図14 米国の大学への国別留学者数と推移】

出所:Institute of International Education公表資料より筆者作成

海外提携大学との交換留学や国際共同研究、海外インターンシップ制度の充実などにより、学生の海外への意識の向上、国際的な人材の育成に注力していく必要がある。

(2)ベンチャー支援の充実

県内では大学の研究開発をもとにした大学発ベンチャー企業が多く誕生し、地域の産業を活性化させている。今後もベンチャー企業が生まれやすい仕組みを作り、更なる産業集積を図っていくことが望まれる。

① 資金支援

ベンチャーは研究開発から事業化、そして軌道に乗るまで各段階で資金調達が必要になる。起業が盛んな米国では、ベンチャーキャピタル(以下、VC)、エンジェルと呼ばれる個人投資家、ベンチャー出身の大企業など多様な投資家が資金を提供している。特に、シードステージ(起業前、研究開発をしている時期)、アーリーステージ(起業直後、事業化を進める時期)において、各投資家が事業の目利きを行い、積極的に投資していることが特徴的である。また、出口戦略はM&A(企業の合併・買収)が基本となる。

15   2016 日米ベンチャー企業の出口】

出所:(一財)ベンチャーエンタープライズセンター「ベンチャー白書2017」より筆者作成

一方、日本のVCの投資は、出口戦略をIPO(上場)にしているケースが多い。しかし、実際にIPOに到達するベンチャーは非常にまれであることから、事業の見極めに時間がかかり、シード~アーリーステージへの投資が少ない状況となっている。

本県においてもシード~アーリーステージに対応したファンドを産学官金で創設するなど、資金支援の充実を図る必要があり、また、事業の将来性をしっかりと判断する目利き力も求められる。

② 起業支援のプラットフォーム形成

現在、「アクセラレーター」が世界中の起業が盛んな地域において、ベンチャーの成長を促進させている。起業家や創業直後のベンチャーに対して、オフィススペース、数週間~数カ月のトレーニングプログラム、ビジネスパートナーや投資家等の紹介(または自らが投資する)など、事業を成長させるための支援を行う組織である。米国で発祥し、現在では中国やタイなど世界中で活動している。

ベンチャーにとって、経営資源(ヒト・モノ・カネなど)の確保や経営体制の構築をすべて自力で行うことは難しい。本県においてもハード面・ソフト面両方の課題を解決するためのプラットフォーム形成が必要である。

5.まとめ

(1)山形県の県内産業の中心は製造業である。平安時代からの歴史を持ち、一部の産業集積もみられるが、県民の課税対象所得が低く、若年層が県外に流出しているという課題がある。今後は既存産業に代わる新たな産業を創出していくことが求められる。

(2)県内には先端分野の研究に取り組んでいる大学があり、その研究を活用した先端産業の育成が有効であるが、現状は県内企業と大学の連携が十分に進んでいない。

(3)今後、大学の研究を活用した先端産業の育成・集積のために下記の2点に取り組んでいく必要がある。

① 山形大学の更なる機能向上のため、海外の優秀な人材雇用により、研究力・学力の向上を図る。また、国際的な人材を育成するため、学生の留学や海外インターンシップ制度などを充実させる。

② ベンチャー創業、成長を促進するため、シード~アーリーステージへの資金支援体制の構築、起業支援のプラットフォーム形成を図る。

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