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デジタルが金融を変える 考慮すべき6つの要素(全6回)―その6完・顧客行動が変わる
『山本謙三の金融経済イニシアティブ』第27回

6月 17日 2020年 経済

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山本謙三(やまもと・けんぞう)

oオフィス金融経済イニシアティブ代表。前NTTデータ経営研究所取締役会長、元日本銀行理事。日本銀行では、金融政策、金融市場などを担当したのち、2008年から4年間、金融システム、決済の担当理事として、リーマン・ショック、欧州債務危機、東日本大震災への対応に当たる。

デジタルが金融を変える要素のうち、最も重大な変化は、顧客の意識や行動の変容にあるのかもしれない。

他分野の経験によれば、デジタル化が深化するにつれ、顧客はサービスの単なる享受者から生産者に変わる。受動から能動への変化だ。その先の金融業とは、どのようなものだろうか。

6.顧客行動が変わる

(1)サービスの享受者から生産者へ

他分野で生じている変化を確認してみよう。

音楽の世界では、以前は、ほとんどの人がレコードやラジオで楽曲を聴くばかりだった。演奏も、せいぜい仲間内で楽しむだけだった。作曲や演奏をしても、広く発表する場がなかったからだ。だが、いまやSNSを使えば、だれでも自作の曲や演奏を発表できる。

メッセージの発信も同様だ。みずからの意見や研究成果を発表しようにも、以前は、雑誌や書籍などの限られた媒体に機会を求めるしかなかった。しかし、いまやネットやSNSを利用すれば、だれでも簡単に主張を公開できる。

金融業でも同様の変化が起きるだろう。

金融業の顧客は、従来、銀行や証券会社、保険会社が勧めるメニューにしたがい、商品を選ぶ存在だった。だが、これからは、金融機関の職員に近い知識をもち、みずから投資パッケージをつくろうとする顧客が増えてくるはずだ。サービスの享受者から生産者への変化である。

その萌芽は、証券取引の独立アドバイザーにみられる。証券知識をもつ独立アドバイザーは、独自の商品ラインナップを作成し、顧客に勧める。

この場合、金融機関の主たる役割は、多種多様なラインナップを店頭に並べ、独立アドバイザーや顧客が自由にメニューをつくれるようにすることだ。取引や税関係の手続きをサポートするシステムの提供も重要になる。いわゆる金融プラットフォームの提供である。

また、クラウドファイナンスやソーシャルレンディングのように、顧客は、金融機関の勘定を介することなく、融資や出資を行う者に変わる可能性もある。その場合の金融機関の役割は、取引の「場」というプラットフォームの提供になる。

これらの変化は、日本の金融、あるいは個別金融機関にとって悪い話ばかりではない。

日本の金融資産は、圧倒的に高齢者に偏在している。金融商品も、圧倒的に預金に偏る(参考1参照)。高齢者は、リスクテイクよりも、高水準の流動資産をもち、資産をなるべく減らさないよう行動する。

この結果、マクロ的には、リスク資産への投資が生まれにくい。しかも、高齢化の進行に伴い、被相続人も相続人も高齢者という事態が頻発している。相続された預金はそのまま預金にとどまり、預金への偏在が続く。金融機関の収益も低迷を続ける。

しかし、あと何年か経ち、デジタルに慣れた高齢者が資産保有の中心になると、高齢者であっても、より能動的な金融資産の選択行動が増える可能性がある。これは、金融業界に新たな成長機会をもたらすだろう。

(参考1)1世帯あたり金融資産(2人以上世帯、非勤労世帯を含む)

(出典)総務省「全国消費実態調査 家計資産に関する結果の概要」を基に筆者が作成

 (2)金融プラットフォーム

注意を要するのは、既存の金融機関が金融プラットフォームを別々に用意すれば、非効率に陥る場合があることだ(参考2参照)。

(参考2)金融機関の新規プラットフォーム・ビジネス

(出典)筆者が作成

過去の金融プラットフォームの成功例は、全国銀行為替決済システム(全銀システム)が典型だろう。決済システムの場合、参加者が多ければ多いほど、利便性が高まる。資金の送り手と受け手が同一システム内にいれば、最小の費用で相手先に届けることができる。いわゆるネットワーク効果である、

現在メガバンクが注力しているのは、ビジネスマッチングのためのプラットフォームの構築だ。プラットフォーム上に取引先企業のデータベースを展開し、取引先同士が業務提携や販路拡大の相手先を見つけやすくするためのシステムである。

しかし、ビジネスマッチングの分野もネットワーク効果が働きやすい。参加者が多ければ多いほど、マッチングの確率は高まる。単独行のプラットフォームでは、相手先の発掘に限りがある。

そうであれば、個別行の枠組みを超えた取り組みを考える必要はないか。あるいは、メガバンク間の顧客の取り込み競争が激化し、いずれ一つのプラットフォームに収斂(しゅうれん)していくのか。場合によっては、フィンテック企業が名乗りを上げる可能性もあるだろう。

既存の銀行のビジネスフレームワークが、プラットフォーム・ビジネスの適正規模である保障はない。ブレークスルーは、既存の枠組みを超えたところにあるのかもしれない。

(3)おわりに

顧客の意識や行動が変われば、金融サービスの提供方法も変わらざるをえない。銀行界は、全銀システムというせっかくのプラットフォームをもちながら、個別行の利害にこだわり、デビットカードのような失敗もしてきた。

重要なのは、将来を見越した洞察力と入念に練られた経営戦略である。

全6回で述べてきたように、デジタルは金融を様々な場面で変える。仮に支店店舗を縮小し、多くの顧客をアプリバンキングに吸収できたとしても、顧客ニーズはすでにその先の金融サービス、たとえばプラットフォーム・サービスに移行しているかもしれない。戦略は、よほど全体像を見渡し、多様な角度から検討することが重要である。

※『山本謙三の金融経済イニシアティブ』過去の関連記事は以下の通り

第26回 デジタルが金融を変える 考慮すべき6つの要素(全6回)―その5・プライシングが変わる(2020年6月10日)

https://www.newsyataimura.com/yamamoto-17/#more-10648

第25回 デジタルが金融を変える 考慮すべき6つの要素(全6回)―その4・プレーヤーが変わる(2020年6月3日)

デジタルが金融を変える 考慮すべき6つの要素(全6回)―その4・プレーヤーが変わる 『山本謙三の金融経済イニシアティブ』第25回

第24回 デジタルが金融を変える 考慮すべき6つの要素(全6回)―その3・金融サービスが変わる(2020年5月27日)

https://www.newsyataimura.com/yamamoto-16/#more-10565

第23回 デジタルが金融を変える 考慮すべき6つの要素(全6回)―その2・顧客接点が変わる(2020年5月20日)

https://www.newsyataimura.com/yamamoto-15/#more-10544

第22回 デジタルが金融を変える 考慮すべき6つの要素(全6回)―その1・生産プロセスが変わる(2020年5月13日)

https://www.newsyataimura.com/yamamoto-14/#more-10527

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