山田厚史(やまだ・あつし)
ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。
東京-名古屋を40分で結ぶリニア中央新幹線を取材しながら、ニューヨーク-パリを3時間足らずで飛んだ超音速旅客機「コンコルド」を思い出した。英仏が国家の威信をかけて共同開発した傑作ではあったが、燃料の爆食い、爆音と衝撃波、製造コストの重みに耐えられない赤字という弱点を超えられず、生産わずか16機で退場した。
日本が世界に誇る超電導技術の結晶、リニア中央新幹線は東京-名古屋を40分で結ぶ。国鉄時代から集積した技術の集大成だが、果たして商業運転に耐えられるのか。綻(ほころ)びは沿線の「水漏れ」から始まった。
箱根八里は馬でも越すが、越すに越されぬ大井川
東海道の難所であることは、江戸時代から謳(うた)われてきたが、「夢の超特急」リニア中央新幹線も大井川で立ち往生しそうな気配である。
◆絶望的になった27年開業
JR東海の金子慎社長は6月26日、静岡県の川勝平太知事と静岡県内での工事の認可をめぐって膝詰めで協議を行った。川勝知事は「大井川の水問題」を盾に着工を認めず、2027年に予定される東京-名古屋間の開業は絶望的になった。
リニア新幹線は静岡県内に駅はない。高速化の恩恵から取り残されるばかりか、トンネル工事で地下水脈が切断されるなどトラブルを抱える川勝知事にとって、大井川の水量が減ることがわかりながら、誠実な対策を示してこなかったJR東海は、気分のいい相手ではなかったようだ。
早期開業に期待を寄せる人たちの間には「頑固者の知事がヘソを曲げている」と映ったかもしれないが、今回の衝突は、決して軽いものではない。政府の後押しで順調に見えていたリニア中央新幹線は多くの問題を抱えている。その一端が静岡県で明らかになり、多くの人がリニアの「暗部」に目を向けるきっかけになるのではないか。安全・環境・採算。どれをとっても「危ない」リニアは事業そのものの再点検が必要になるだろう。
強力な電力で磁場を作り、車体を浮かせ、滑るように走る。時速550Km、東京-大阪が68分だ。最短距離を求めたことで、南アルプスを貫通するルートが選ばれ、60%以上がトンネルだという。最大深度1400mの「超高速地下鉄」でもある。
運転手がいない無人鉄道が、品川を出て真っ暗なトンネル中を40分走って名古屋に着くというが、万が一、事故が起きたらどうなるのだろう。トンネルに設けられた非常用エレベーターで地上に避難できる、というが、真っ暗な中、数人のキャビンアテンダントのような乗員だけで、乗客は冷静に行動ができるのだろうか。
◆「安全日本」に微妙な変化
揺るぎない安全運転が続き、「悪いことをするような人はいない」という乗客性善説が当たり前のように考えられてきた。だが、昨年の京都アニメーション事件に見られるように、「安全日本」を取り巻く社会の空気は微妙に変化している。悪意ある人が乗り合わせたがどうなるのか。テロの標的になりはしないか。
JR東海は「荷物検査をするかは検討中」という。万が一を考えれば、装置や人員など警備コストはかさみ、検査の列に並ぶ時間は、売り物の「時間短縮」を帳消しにする。
先端技術には「想定外の事故」は付きものだ。時速500 Km走行で事故が起きたら、夢の新幹線は絶望的な事態になるだろう。
コンコルドにトドメを刺したのは、9.11テロだった。ジャンボジェット機が高層ビルに突っ込むシーンを目の当たりにした人々は、音速の2倍で飛ぶ「怪鳥」がテロの標的になることを絵空事とは思えなかった。
◆活断層の中をトンネルで貫通
1963年に開業した東海道新幹線は設備の老朽化が心配されている。車両を止めて改修する際には、代替路線が必要だ。東海沖地震が起きた時への備えも欠かせない。分割民営化でJR東海が誕生した時から「第2新幹線建設」は課題になっていた。
世界に冠たる新幹線に匹敵する最高水準の技術で、という意気込みが「リニア新幹線」となった。だが、リニアが強みを発揮するのは、広大な平地が延々と続くアメリカや中国のような地形である。狭い国土に山が多い地震国・日本でリニアを走らせるには無理がある。
ルートには、ユーラシアプレートと太平洋プレートがぶつかっているともいわれる糸魚川静岡構造線がある。日本で有数の活断層がこの一帯にある。リニアはその中をトンネルで貫通する。
「東日本大震災の教訓に照らせば、こんな危ないルートはありえない」と指摘する専門家もいる。事業認可は2011年5月、日本中が東日本大震災と原発事故で大混乱している最中に決まった。
環境問題は「水脈切断」だけではない。トンネルから出るおびただしい残土の捨て場が課題となっている。陸地は森林破壊などが問題になり、海洋投棄すれば漁場や水質汚染の問題が生じる。
騒音・振動もこれから問題化するだろう。
◆電力を爆食い
先が見えないのが電磁波問題だ。車体を浮かせるため強烈な磁場を発生させるリニアは、電磁波の塊である。世界では「発がん性」などが問題になっているが、日本では明確な規制基準がない。実用化が見えてくれば課題として浮上するだろう。
蒸気機関車から始まった鉄道は、石炭炊きのSLで普及し、ディーゼル車、電車と発展した。日本の高度成長は電化された鉄道に発展とともにあった。その延長線上に超電動のリニアが走る。このシステムは電力を爆食いする。JR東海の試算でも、新幹線方式に比べて3倍も電気を使う。東京-名古屋を走らせるには、100万キロワット級の原発が2、3基必要だという。この試算さえ専門家によっては疑問のようで、「10倍になってもおかしくない」との指摘もある。
建設コストは東京-大阪で9兆300億円。これで本当に足りるかはわからない。この他に車両費がかかる。その一方で、運賃は抑えなければならない。在来新幹線の3割増ぐらいが検討されているが、金子社長は「絶対にペイしない」と言う。
◆アメリカは買ってくれるのか
頼みは輸出だ。安倍政権が力を入れるインフラ輸出の中核に位置づけられ、海外で売ることで量産効果を上げてコストを抑える算段だ。リニアが生かされるのは、平坦(へいたん)な土地が広がる広大な国土がある国。となると、アメリカ、中国だが、JR東海のドン・葛西敬之名誉会長は「日本人の汗の結晶であるリニアは中国に売らない」と言う。技術を盗まれるのを警戒し、「リニアは日米連携の象徴に」と意気込む。
だが、アメリカは飛行機とクルマの国。鉄道は自動車に押され、廃線が相次いだ。そのアメリカに売り込もうと、安倍首相はケネディ駐日米大使(当時)を山梨県の実験線に招待し、トップセールスで汗かいた。
ケネディ大使は「窓からみえた富士山が素晴らしかった」と感想を述べた。実験線は地上に敷かれているので富士山は見えるが、営業線は地下のトンネルを走り、富士山は見えない。果たしてアメリカは買ってくれるだろうか。
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