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首相の病状で始まる新たな政局-ポスト安倍へ動き出した与野党
『山田厚史の地球は丸くない』第170回

8月 28日 2020年 経済

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

「検査と称して治療がなされているのではないか」。安倍首相の病状をめぐりさまざまな憶測が飛び交っている。首相は8月28日夕、首相官邸で記者会見する。新型コロナウイルス対策の発表が主題だが、自身の健康状態を語るとメディアは注目している。

持病である潰瘍性(かいようせい)大腸炎が悪化し、激務に耐えられる状態ではない、というのが大方の見方だが、首相に近い政治家からは「休みも取らず仕事をしていたから疲れがたまった」(甘利明・元経済再生担当相)、「お会いしたけどお元気な様子だった」(高市早苗・総務相)と重病説を打ち消す発言が相次いでいる。

◆「苦労人」と「七光り」の混成部隊

周辺が否定すればするほど、容態は悪いらしいといううわさは膨らみ、「末期のすい臓がん」「辞任表明」などと話は大きくなるばかりだ。

うわさ話が絶えないのは、病気が疑われながら明確な説明がなされないからである。首相は8月になって2度、慶應大学病院(東京都新宿区)で検査を受けた。健康診断なら6月にしたばかりなのに、「検査」と称して日帰り入院を繰り返すのは、誰がみても怪しい。真の病状を知っているのは本人を含め、自民党や政府のごく一握りの人たちという。指導者の重病は政局に直結する。病状を知る者が、ポスト安倍の権力闘争で有利な立場に立つことは明らかだ。

思い出すのは2000年、小渕恵三首相が脳梗塞(こうそく)で倒れたときのことだ。病状が明らかにされないまま、青木幹夫官房長官が首相臨時代行となり、森喜朗氏が後継の自民党総裁に指名され、「五人組による密談政治で首相が決まった」と非難された。

日本は議院内閣制で、国会が首班を選任する。つまり首相は国会で多数を占める与党から選ばれ、自民党総裁が国民の代表として首相の座に就くことが慣例化している。問題は「自民党の総裁選び」だが、有権者の期待や意思が反映されているのだろうか。

「ポスト安倍」に名前が挙がっている政治家は、岸田文雄自民党政調会長、石破茂元防衛相、麻生太郎副総理兼財務相、菅義偉官房長官らだ。それぞれがどのようなビジョンを持って国政に取り組んでいるのか、違いがわかる人はどれだけいるだろうか。

自民党という「政治ムラ」の中で多数派工作に成功しボスになった者が、首相の座を射止める、という構造が長く続いてきた。そのほとんどが自力で政治家になったのではなく、家業としての政治家を「相続」した人たち。小泉純一郎、安倍晋三、福田康雄、麻生太郎という歴代の首相は政治家二世・三世で、生まれながら盤石の選挙地盤が与えられていた。東京で政務に明け暮れる父のもとで育ち、選挙区では「不在地主」だが、若くして初当選を果たし、あるいは親の威光を借りて党や政府の要職について首相の座に上り詰めた。

自民党の国会議員は、地方政界からのし上がった菅や、幹事長の二階俊博のような「苦労人」と、安倍・麻生に代表される「七光り」の混成部隊といえる。表舞台に立つのは「七光り組」が圧倒的に多い。

安倍政権では、首相と副総理の麻生財務相が表に立ち、裏方で菅と二階が支える。菅は官房長官として霞が関の官僚ににらみを利かせ、二階は自民党を差配する。安倍政治は菅と二階が省庁・党を抑えることで成り立ってきた。

◆「表の顔」と「裏の実力者」の使い分け

官邸主導という政治スタイルを支えてきたのは、総理大臣補佐官・今井尚哉を中心とする秘書官・補佐官など首相直属の官邸官僚だ。「アベノミクス」による円安・株高で景気がいいかのように見えていたが、昨年から息切れが目立ち、新型コロナ禍で「経済失速」があらわになった。成長戦略として打ち上げたカジノを含む統合型リゾート(IR)推進、原発輸出、外国人観光客誘致などは不発に終わった。北方領土返還、対中関係改善など外交案件は総崩れ。悲願の憲法改正は挫折した。

森友疑惑や桜を見る会問題などの不祥事に主要政策の失敗が重なり、首相は国会出席がストレスになって持病を悪化させたとも見られている。政策の失敗は「参謀本部」である今井ら官邸官僚の力を削ぐ結果となった。突出した権力だった安倍官邸の陥没で、菅・二階の「裏方コンビ」が力を増している。

菅官房長官は7年余、政権中枢を担い、政務に精通し官界に人脈を築いた。党を掌握した二階と組んで「ポスト安倍」の実力者になろうとしている。

公明党ともパイプがある「菅首相」を担ごうとする空気が自民党内に強まっているが、菅は国民が求める指導者になりうるのか。

首相は引き続き後継指名で主導権を取りたいようだ。岸田政調会長を軸に、自らの影響力を残す人選を模索しているが、「健康問題」で終わりが見えた権力者にどれだけの力があるのか。

自民党は伝統的に「表の顔」と「裏の実力者」を使い分けてきた。大衆受けする「七光り」を表の顔に据えながら、裏方が操るという手法である。安倍政権では今井と菅が裏方を務めてきた。

81歳の二階に首相への野心はないだろう。菅にその気があったとしても、国民的な人気がある首相になれるか、疑問符を投げかける人は少なくない。

来年までには総選挙がある。東京五輪は中止となる可能性は高く、経済どん底の中で選挙になる。「そんな不景気な時、菅を表紙にして選挙を戦えるか」という声が既に上がっている。

防衛相の河野太郎が「女系天皇の検討を」と打ち出した。環境相の小泉進次郎が8月15日、閣僚として靖国神社に参拝した。2人とも菅と近い関係にある。

菅は「自分は補佐役」と言うが、言葉通り「裏方」で政権を支えるなら、人心が離れつつある自民党のイメージを一新する「新しい顔」を立てることを考えるだろう。

7年8か月。かくも長き安倍政権への「飽き」「嫌悪」が30%台の政権支持率に表れている。女房役だった官房長官が「新しい顔」になっても、国民は新時代を感じるだろうか。

立憲民主党と国民民主党が合流して野党の「一塊(いっかい)の勢力」が生まれた。党内では大事業を終えた、という評価だが、有権者がそう思うかは別問題だ。有権者は「民主党政権の失敗」を忘れてはいない。あの頃、政権の要職にいた枝野幸男氏が中心となった「再び民主党」で有権者の期待をつかめるだろうか。

自民党が、河野太郎、小泉進次郎、野田聖子など「ニューフェイス」を表に出してきた時、野党は戦えるだろうか。首相の「健康問題の説明」で、新たな政局が始まる。

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