小澤 仁(おざわ・ひとし)
バンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住23年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。日本は世界の他の国々と比べてみると、極めてユニークな雇用慣行を採用している国である。それが「終身雇用」と「年功序列賃金」である。なぜ日本はこのようなユニークな雇用慣行を採用してきたのであろうか? その理由を知るには日本の歴史を振り返る必要がある。第2次世界大戦によって社会的な働き手世代(生産年齢人口)を大量に失った日本は、人手不足を補うために若手の未経験者を採用するしかなかった。戦時中の日本政府の「産めよ、殖(ふ)やせよ、国のため」政策により発生した団塊世代の人たちである。しかし、未経験者に対して復興過程の日本企業は高額の賃金が払えない。一方で「金の卵」である若手労働者を他社に引き抜かれないようにしなくてはならない。こうした時代の必然によって生み出された雇用慣行が「終身雇用」と「年功序列賃金」である。この制度の本質は「キャリアの途中までは貢献度より低い給料を支払い、50歳くらいで貢献度より高い後払い賃金をもらえる」という「生涯賃金の後払い」の仕組みである。
◆通用しなくなった日本型雇用慣行
雇用者側によって考案されたであろうこの日本型雇用慣行は、一方で労働者にとっても都合の良い制度であった。米国の心理学者であるアブラハム・マズローの「欲求5段階説」によれば、人間はピラミッド状の5段階の欲求を生まれながらにして持ちあわせている。「生理的欲求」「安全の欲求」「社会帰属欲求」「承認欲求」「自己実現の欲求」の五つである。
日本型雇用慣行は「収入を得る」(生理的欲求)、「その収入が定年まで保証される」(安全の欲求)、「会社で居場所を得られる」(社会帰属の欲求)、「将来ポストがある程度保証される」(承認欲求)と、四つの欲求を満足させるように構成されている。特に脳内のセロトニン・トランスポーターが少なく不安を感じやすい日本人にはうってつけの制度になっていた。なぜならば、就職した会社で滞りなく仕事を終えれば、「人生ゲームの勝者」になれたのだから。こうして「終身雇用」と「年功序列賃金」に支えられた日本型雇用慣行は第2次大戦の復興期から1990年代初期のバブル期まで順調に機能してきた。
しかし、90年代に入ると、この日本型雇用慣行が通用しなくなる。日本社会の構造的問題が顕在化してきたのである。それが、97年ごろに日本社会が迎えた生産年齢人口(15歳以上65歳未満)の減少とそれに伴う名目国内総生産(GDP)のゼロ成長である。
そもそも年功序列賃金は給料の後払い制度であるため、会社の業績好調が未来永劫(えいごう)続くことが前提になる。ところが90年代の半ばになると、多くの企業で業績が伸び悩む。さらに、少子化により日本の人口構成がいびつなものにもかかわらず、高度成長期に後払い給与部分の大盤振る舞いをしてしまったのである。このことにより、年功序列賃金のモデルそのものも崩壊してしまった。
これらの矛盾が90年代初期のバブル崩壊以降の日本経済停滞により顕在化してしまったのである。本来ならば日本企業(もしくは日本社会)はこの時点で雇用制度の抜本的改革を試みていなければならなかった。
しかし、日本型雇用慣行は前述のとおり労働者にとって心地良い制度である。また、「企業官僚」である人事部や企画部の人間にとっても権力の源泉となっている。自らの力でこの抜本的改革を行う動機はない。国民経済のゼロ成長時代の中で、さすがに企業経営側は危機意識を持ち、「KPI(Key Performance Indicator=重要業績評価指標)制度」や職務と賃金をひもづける「職務給制度」の導入を図ったが、日本型雇用制度の抜本的な改革とはならなかった。
◆新たな環境変化に対応できなかった日本
さらに2000年代に入ると、二つの新たな環境変化が訪れる。一つ目は世界的に人流と物流が増加し、世界の一体化が実現したこと。二つ目はインターネット技術の発展により「情報の付加価値」が飛躍的に上昇したことである。この二つの環境変化が日本経済にボディーブローを与えた。民族、言語、文化、社会、国家がほぼ単一の要素で運営されてきた日本では共同社会を構築することにその強みを生かしてきた。
その具体的な事例が日本の工業製品である。綿密な共同作業により品質の良い製品を世界に送り出し、一時期はGDPが世界総生産の15%を占めるほどまでになった経済大国「日本」。ところが、人流・物流の世界的拡大により工業製品の生産はコストの安価な国へ移転、さらにインターネットの普及により情報集積が進行すると、情報の価値が上昇。一方、日本が得意とした製造業の付加価値は減退していく。
こうした逆風の中で、日本が採った方策は江戸時代さながらの「鎖国政策」である。海外に積極的に展開し世界1位を争う日本企業は現在、トヨタを含めてコマツ、ブリヂストンなど5社にも満たないと私は考えている。こうした企業もほとんど製造業であり、株式の時価総額ではGAFAなどの米国IT企業に大きく水をあけられている。こうした状況の中で、大半の日本人は日本にとどまり、減退していく国民所得を均等に分けあい「みんなで貧乏になっていく道」を選んでいる。縄文時代に168㎝あった日本人の身長が江戸時代の貧しさの中で159㎝にまで縮んでいった歴史を見るような気がする。
◆「固定的な賃金テーブル」の弊害
90年代初期のバブル崩壊以降の日本にも、時代の流れをつかみ情報産業で世界展開を行うチャンスはあった。それを拒んだのが、日本型雇用慣行である。遅きに失した感はあるが、それでも今すぐ日本型雇用慣行を変革しなければ日本の再生はない。そのまず第一歩が「固定的な賃金テーブル」の全面廃止である。この「固定的な賃金テーブル」の存在により、日本企業ならびに日本人は海外へ、とは向かわない。
いまや日本の産業力は日本国内単独では維持できないことは歴史が証明している。日本の家電製品の凋落(ちょうらく)の歴史はまさにその具体例である。私がタイに赴任した98年ごろ、タイの家電製品売り場の主役は徐々に日本製から韓国製に移行しつつあった。それでも、パナソニック、ソニーの2社はショッピングモール内に自前のショールームを持っていた。またデパートの家電製品売場にはこの2社以外にも日立、東芝、シャープ、三洋電機などが独自の売り場を保有していた。
しかし、タイのデパートの家電製品売り場の最も良く目立つ場所は、サムスン電子とLGエレクトロニクスの製品に取られるようになっていた。これはシンガポール、マレーシアなど他の東南アジア各国でも同様である。当時の日系家電企業の方々は口々に「私たちは付加価値の高い高級品に専念しています」と言っていた。しかし米国を含む海外市場において、日系家電メーカーは韓国企業、のちには中国企業に完膚(かんぷ)なきまでに駆逐されてしまった。
一方、閉鎖的な日本の国内市場では「質の良い」日本製品が生き残る、と当時の日本人は思っていた。ところが、私は2014年9月に日本に出張して家電量販店を訪れた際、ほぼ全フロアで日本製品がメインの売場を維持できていないことに気づいた(2014年10月3日付拙稿第30回「競争力を取り戻そう(その1)」ご参照)。海外企業との競争に敗れた日本の家電製品は、コストのみならず製品性能でも見劣りするようになる。結果的に日本だけで生き残ることもできなかったのである。
今や相対的に「安い国」になってしまった日本。そんな日本の「固定的な賃金テーブル」では、海外の優秀な技術者を採用できない。それどころか日本の経済週刊誌の記事によれば、日本の技術者が高給を提示されて韓国のサムスン電子や中国のファーウェイ・テクノロジーに1000人規模で転職してしまった。技術者だけではない。海外の販売網の構築も同様の理由で失敗している日本の企業は多い。
さすがに海外の現地法人・支店の社員の給与水準を日本の賃金テーブルと同一化するほど愚かな企業はないだろう。しかし、海外に派遣される日本人社員は日本型雇用慣行しか知らないため、「固定的な賃金テーブル」の仕組みを海外法人にも適用しようとする。さらに現法雇用の幹部社員は高い給与水準を提示しなければ採用できず、ややもすると日本人社員よりも高くなる。こうした状況に日本人社員は感情的に耐え切れず、現地の雇用情勢を無視して現地社員の給与水準を低く抑えようとする。これでは日本の企業は海外で勝てるわけがない。
もう一つ、「固定的な賃金テーブル」による弊害となっているのが、優秀な人材の採用阻害である。これまで何度も述べてきたように、現代の「勝ち組企業」は最先端の科学と技術を持ち合わせた情報関連企業である。こうした企業は多様な人材を採用し、その人材を交流させることにより「革新(イノベーション)」を生み出してきた。多様な人材に「固定的な賃金テーブル」はなじまない。日本企業がイノベーションを生み出せるような人材を採用できなかったのは、多様性の重要性に気づかなかったのが一番の原因であろう。ただその重要性に気がついた人がいたとしても、この「固定的な賃金テーブル」が多様な人材の採用を阻んだに違いない。
生産年齢の減少が始まり、日本の雇用慣行はとっくにその存在意義を失っていた。さらに、技術・科学の進歩により情報社会が出現すると、「固定的な賃金テーブル」は弊害以外の何者でもなくなった。日本が他国と競争できるだけの産業を保持し豊かさを望むなら、日本の雇用慣行を今すぐに断念しなければならない。そしてその第一歩が、「固定的な賃金テーブル」の全面廃止である。職務レベルに合わせた「職種ごとの賃金体系」への移行が急がれる。次回は職務と賃金の関係などについて考察したい。
※『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』過去の関連記事は以下の通り
第197回「人事政策の抜本的改革の提言(その1)」(2021年7月9日)
第196回「人事部と企画部を解体して『コロナ敗戦』から立ち上がろう」(21年6月18日)
第118回「人材崩壊が始まった?日本企業」(18年5月4日)
第31回「競争力を取り戻そう(その2)」(14年10月17日)
第30回「競争力を取り戻そう(その1)」(14年10月3日)
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