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人事政策の抜本的改革の提言(その3)-新人事制度の骨格
『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第199回

8月 13日 2021年 経済

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小澤 仁(おざわ・ひとし)

o バンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住23年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。

 日本の会社組織は通常、「社長-役員-部長-課長-係長-社員」といった役職で構成されたピラミッド形の組織となっている。こうしたピラミッド形組織はいつごろから一般化したのであろうか? このような組織形態が誕生したのは「フランス革命による近代国民国家が成立した19世紀ごろの軍隊に起源がある」と言われている。

◆日本のピラミッド形組織の原型

中世の時代の戦争は騎士階級や傭兵(ようへい)など戦闘のプロ集団によって行われてきた。ところが近代国民国家の成立により中央集権に基づく徴兵制が可能になると、初めての国民軍がナポレオン・ボナパルトによって創設される。

さらにこの時代の銃器・大砲などの兵器の発展が戦争の近代化を加速させた。国民軍は小隊・中隊・大隊と組織化され、隊長の下に組織的に動くようになる。「戦争に勝利する」という単一目的のために、さらに「全員が生命の危険にさらされている」という極限状態の中ではピラミッド形の整然とした軍隊組織が最も効率的に機能したに違いない。

こうして軍隊で活用されたピラミッド形の組織が一般社会でも使われるようになる。特に産業革命以降、製造業が社会的富の源泉になってくると、このピラミッド形組織はその機能を有効に生かせる。「生産物の産出を最大限にする」という単一の目的のために、工場内の共同作業という緊張状態の中でこの軍隊型組織は有効に機能してきた。この組織の特徴的なことは、トップダウン方式の命令・伝達方式にある。

◆「ジャパン・アズ・ナンバーワン」で油断

 ところが、この形式の組織に改良を加えたのが日本的会社経営である。生産現場で議論し、最良の方式を見いだしてから全員で生産に向き合う。最初に全員で議論をしていれば労働者たちの製品や生産方法への理解も深まり、生産活動がより効率的になる。これはホンダの「ワイガヤ」文化に代表される。生産の途中でも製品などに不良が出ればすぐに生産ラインを止め、問題点をみんなで議論し解決を図る。トヨタ生産方式の「自働化」も日本独自に開発され採用されてきたものである。

こうした日本型経営手法は元々、階級社会の風土のある欧米では育たない文化である。欧米のトップダウン方式の指令系統に対して、ボトムアップで生産管理を行う日本方式は製品品質や効率性の側面で欧米諸国を凌駕(りょうが)し、いつしか「ジャパン・アズ・ナンバーワン」なる言葉に酔いしれてしまった。

ボトムアップ方式の指令・伝達方式がいつの間にか経営者の経営責任を希薄にする。加えて元々あったピラミッド形の組織も形骸化し、少しでも評価が高かった人は上位職へと昇進させる。いつしか兵隊を持たない小隊長や中隊長がたくさん出現してしまい、日本の会社組織の効率性は完全に崩壊してしまったのである。

◆稲森氏が主唱した「アメーバ経営」

 一方で、日本人が「ジャパン・アズ・ナンバーワン」で浮かれている間に世界の中でゲームの理論が変わっていたが、これに日本人は気づかなかった。すなわち、IT(情報技術)やロボットによる生産革命と世界的な企業の資金調達方法の変化である。こうした環境変化を上手にとらえ、韓国や中国の企業は安定的で柔軟な資金を市場から調達し、積極的にロボットやAI(人工知能)技術を導入することにより省人化を図っていく。一部の産業においては、無人化工場の実現により従来の軍隊型組織が必要なくなってしまった。

もっとも日本人の中にも、京セラ創業者である稲盛和夫氏のように新たな経営手法を編み出した人がいる。稲盛氏は会社内を小集団化し、それぞれの小集団に収益責任を持たせた。いわゆる「アメーバ経営」である。各組織やそこに属する人々の役割を明確化し、収益責任を課すことによって各人のモチベーションを生み出すことを目指した。まさに時代を先取りした画期的な手法であった。

稲盛氏は、京セラ在職時から自分の経営手法を著書にしたため、若手経営者の勉強会「盛和塾」を開いて啓蒙に尽くした。皮肉なことに稲盛氏の教えは現在、中国の経営者たちから大きな支持を得ており、中国経済発展の隠れた原動力になっている。

◆環境変化に対応できなかった日本社会

 それでは我々は「時代遅れになり弊害ばかりが目立つ日本型組織」をどのように再生していけば良いのだろうか? このことを考えていくために、これまで3回にわたり提言してきたことを以下に再度整理してみよう。

①生産従事人口の減少と国内総生産(GDP)の伸び悩みにより、生涯賃金のあと払いを意図した日本型雇用慣行のモデルは崩壊

②ITやロボット技術の発達により省力化が進み、ボトムアップ方式の日本型生産方式が時代遅れとなる

③ロボット導入による製造業の汎用化とAIなどの情報技術により、従来日本の強みとしていた製造業の付加価値低下。革新的な発想や技術をもった情報産業が社会的富の源泉となる

④一方、日本型雇用慣行に慣れ親しんだ日本の経営者たちは自分で思考することをやめ、人事部・企画部・コンサルタントに経営を丸投げ。同じく日本型雇用慣行の居心地の良さに慣れた従業員も安定した雇用に執着

1990年代の経済バブル崩壊以降「失われた30年」と呼ばれる時期を過ごしてきている日本社会はこうした環境変化に対応できなかったからである。

◆「よく働き実績を上げてきた人」が報われるために

こうした状況分析を踏まえたうえで、日本企業が導入しなくてはいけない人事制度の骨格は以下のとおりだと考える。

1.業務に適合した組織の導入と人材の専門化

仕事の目標が明確でトップダウンの指令系統がなじむ業務には従来のピラミッド形の組織を活用。一方、革新的な発想や技術が求められる業務はフラット形の組織を原則とする

2.業務に応じた人員配置・賃金水準の設定

経営者は各部署の役割を明確化するとともに基準人員を設定する。この基準人員に基づいて監督者数(役職数)も決定する。年功によって監督者に昇進させる慣行を廃止する。業務ごとの標準賃金を設定する

3.毎年の給与額の決定は原則業績のみで評価する

年功給与は完全に廃止し、毎年の給与は標準賃金プラス業績評価で決定する。標準賃金は労働市場の動向で数年ごとの見直しが必要。また個人の給与は業績次第で下がることもある

4.役職者(マネジャー)の役割の明確化と能力による登用

会社の業務内容に応じて役職者(マネジャー)の数をあらかじめ決めておく。マネジャー数は業績の伸長がない限り増加させない。マネジャーの資格はその人の能力と人質によって決定され、業績や年功は反映させない。マネジャー職にある者は、その対価として給与とは別に相応の対価を得る。マネジャーが管理する要員は原則10人以下とする

今回提案した新たな人事制度は「よく働き実績を上げてきた人」にとっては正当な報酬が得られる歓迎すべき制度となるだろう。特に「若い」というだけで低賃金を強いられてきた人の救済になる。一方で、終身雇用制の下で「働かないでも給与を得てきた人」にとってはきわめて厳しい制度となる。

こうした課題に対して「セーフティーネット」の観点から、会社はどのような策を講じていくべきなのか次回考えてみたい。

※『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』過去の関連記事は以下の通り

第198回 人事政策の抜本的改革の提言(その2)(21年7月23日)

第197回 人事政策の抜本的改革の提言(その1)(21年7月9日)

第196回 人事部と企画部を解体して『コロナ敗戦』から立ち上がろう(21年6月18日)

第118回 人材崩壊が始まった日本企業 (18年5月4日)

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