п»ї 人事政策の抜本的改革の提言-マネジャーの重要な役割『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第200回 | ニュース屋台村

人事政策の抜本的改革の提言-マネジャーの重要な役割
『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第200回

8月 27日 2021年 経済

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小澤 仁(おざわ・ひとし)

o バンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住23年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。

手前みその話ではあるが、私は2014年7月4日付の「ニュース屋台村」の拙稿「優れたマネジャーの条件とは何か?」で、グーグルのプロジェクト・オキシジェンについて取り上げた。当時、日本ではグーグルの実像については全く知らされておらず、グーグルで検索してもこのプロジェクト・オキシジェンについては、わずかにニューヨーク・タイムズの英文記事が掲載されているのみであった。

世界の最先端企業に変貌(へんぼう)しつつあったグーグルが調査・研究の末にたどりついた「優れたマネジャーの条件」は日本の人事管理システムとは真逆のやり方を提起している。米国とタイでの勤務経験を持つ私は、日本のコンプライアンス社会の異様さに大きな疑問を持っていた。そのためグーグルの人事制度と日本のコンプライアンス社会を対比させて「ニュース屋台村」の記事を書き上げた。しかし当時の私には「なぜグーグルがこのようなプロジェクトを立ち上げたのか?」、その背景や理由を知る術(すべ)がなかった。残念ながらグーグルに対する当時の私の理解もそこまでであった。

ところが最近になり、GAFAなど米国最先端企業の経営手法を紹介する本が多く刊行されるようになり、マネジャーの重要性が再認識されるようになってきた。

◆日本の人事政策との決定的な違い

そもそもグーグルの創業者であるラリー・ペイジやセルゲイ・ブリンは、「マネジャー不要論」者であったと聞く。「スタンフォード大学などの有名大学を卒業した優秀な人ばかりを集めたグーグルにはマネジャーという管理者はいらない」と考えた。しかしこうした考え方に社内の多くの人が反対し、「それでは科学的な分析しよう」と立ち上げられたプロジェクトが、2009年にスタートした「プロジェクト・オキシジェン(酸素)」である。

このプロジェクトにより「チームの成果を高めるため」のマネジャーの八つの要件を定義した。さらにグーグルは「生産性の高いチームの特性を明らかにするため」に、12年に「プロジェクト・アリストテレス」を立ち上げた。会社の人事制度の在り方を決定するためにプロジェクトを立ち上げ、科学的な手法で調査研究を進める。こうしたグーグルの姿勢に私たちも学ぶべきことが多い。

 さて、ここでグーグルの「マネジャーの八つの要件」と、アマゾンの「リーダーシップの原則」14項目を比較してみたい。アマゾンの「リーダーシップの原則」は『アマゾンで12年間働いた僕が学んだ未来の仕事術』(パク・ジョンジュン著、PHP研究所、2020年)からの抜粋である。

【グーグル】           【アマゾン】

①良いコーチである        ①顧客第一主義

②部下にまかせ細かい管理はしない ②オーナーシップ  

③部下の健康と幸福を気にかける  ③アイデアを出し、単純化する    

④生産的で成果主義        ④正確に判断し、正しくあれ

⑤コミュニケーションを良くとる  ⑤学びつづけて、好奇心を持て

⑥キャリア開発支援        ⑥人材育成

⑦明確なビジョン戦略       ⑦高い水準を追求

⑧専門的技術・知識の保持     ⑧広い視野を持て

                 ⑨迅速な判断を実行

                 ⑩倹約せよ

                 ⑪信頼関係を構築せよ

                 ⑫深く食い込め

                 ⑬強気な態度

                 ⑭結果を出す

アマゾンの「リーダーシップの原則」は社員全員が共有する行動規範であり、「マネジャーの要件」とは異なる。しかしグーグルの「マネジャーの八つの要件」の4番目の項目「生産的で成果主義」以降の五つの項目については、アマゾンのリーダーシップの原則でほとんど網羅されている。すなわち、グーグルのマネジャーの要件で特筆すべきことは「良いコーチである」、「部下にまかせ細かい管理はしない」、「部下の健康と幸福を気にかける」の3点にある。そしてこれこそが、グーグルの人事政策と日本の人事政策の決定的な違いである。

1対1の面談を週1回

それでは、アマゾンは、グーグルとはマネジャーに期待することが違うのであろうか? 私はそうは思っていない。なぜならアマゾンとグーグルはともにマネジャーに対して「毎週各1時間の部下との個別面談」をするように要求しているからである。この面談の中で仕事のアドバイスはもちろん、キャリア形成、自己啓発、私生活の悩みまで話し合われるようである。

それにしても、1対1の面談を週に1回行うのである。かなり濃密な人間関係が出来上がるのは間違いない。こんな1対1の面談など日本では考えられない。こうした密室での打ち合わせはセクハラやパワハラにつながりかねないと実質的に禁止されている会社も多いのではないだろうか。こうした1対1の部下との打ち合わせはマネジャーにとっては大変な負担になる。

前述のアマゾンの経験を記したパク・ジョンジュン氏も週に1回、丸一日この面談に費やして、肉体的にも精神的にも大変苦労したと語っている。このため部下の数も一日で面談を終えられる7人までにしていた。アマゾンやグーグルのマネジャーは日本の会社と異なり、部下への指示だけではない。部下と同様に個別の達成目標を持ち、部下以上の実績を上げなければならない。そうしなければ部下はついてこない。そのうえ、さらに週に1回は部下との面談に時間を割かなければならないのである。マネジャーは特別な存在であり、マネジャーに対する報酬が高いのも当然である。

グーグルとアマゾンは同じようにマネジャーに重要な役割を与えているが、部下の管理手法は若干差があるようである。グーグルは「仕事を部下に任せ細かい管理をしない」としているが、アマゾンは廊下に掲示板を用意し、そこに個人がやるべき仕事を書き出させる。そして毎朝、企画会議を行い、進ちょく状況を確認する。これだけ書くとかなり厳しい管理をしているように見えるが、必ずしも部下管理のためだけではないようである。労働の流動性が高く社員が即日離職する可能性がある米国だからこそ、いつなんどき社員が辞めても仕事が円滑に引き継げる手法を構築しているである。

◆「心理的な安全性」の意味するもの

 さて前回の第199回「人事政策の抜本的改革の提言(その3)―新人事制度の骨格」で、セーフティーネットの話を取り上げると約束したが、そのメインプレーヤーとなるのがマネジャーである。このことを少し深掘りするため、グーグルが2012年に行った「プロジェクト・アリストテレス」に言及しなくてはならない。

グーグルはこのプロジェクトを通して「生産の高いチームの要件」を見いだそうとした。ところがこうした勝利の方程式を見いだすのは容易ではなかった。チームの編成や業務内容、行動基準、マネジャーの資質などに決め手がなく、最終的にたどり着いた結論が「心理的な安全性」というメンタルな要素であった。すなわち「メンバー一人ひとりが安心して自分らしくそのチームで働ける」ということである。プロジェクト・オキシジェンが解明した「優れたマネジャーの要件」を満たした行動をマネジャーが取っていれば、「心理的な安全性」を達成する可能性は高いのである。

 さて、ここでもう一度「終身雇用」と「年功序列」をベースとした日本型雇用慣行とグーグル、アマゾンの人事政策を比較して、働く側の人間のセーフティーネットの検証を以下にしたい。

人間の欲求を説明する心理的理論として、たびたび米国の心理学者アブラハム・マズロー(1908−1970)の欲求5段階説が使用される。上記の比較表を見ると、日本型雇用慣行は従業員側にとって各種欲求を満たしうる有効なシステムである。しかし、日本型雇用慣行が既に制度疲労を起こし、現代の環境に適合しないものであることはこれまでも議論してきた。

これに対して、グーグルやアマゾンの人事制度は時代に適合し、イノベーションを起こし、勝ち組となることを保証している。しかし従業員の雇用の安全や社会帰属欲求の面で不安が残る。こうした従業員の不安をぬぐい去る役割を担うのがマネジャーの仕事なのである。部下との週1回の個別面談を通して「今後やるべき仕事をアドバイス」したり、「キャリア開発支援」を行ったりすることで部下は将来への安全を確認できる。同様に個別面談は、その部下の「チームへの帰属」欲求も満たすことになろう。

そしてこれこそが「心理的安全性」である。日本では現在、「ジョブ型人事体系」への移行が流行となっている。しかし形式だけの人事制度の変革では実りの伴った改革とはならないであろう。マネジャーの位置づけについて抜本的に見直すとともに、そうした人材の育成にも真剣に取り組む必要がある。

※『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』過去の関連記事は以下の通り

第199回 人事政策の抜本的改革の提言(その3)-新人事制度の骨格 (2021年8月13日)

第198回 人事政策の抜本的改革の提言(その2)(21年7月23日)

第197回 人事政策の抜本的改革の提言(その1)(21年7月9日)

第196回 人事部と企画部を解体して『コロナ敗戦』から立ち上がろう(21年6月18日)

第24回「優れたマネジャーの条件とは何か?」(2014年7月4日)

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