山田厚史(やまだ・あつし)
ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。コロナ感染の小休止で、人と会う機会が増えてきた。話題になるのが「来年はどうなるのかな」である。コロナはいつまで続くのか? 経済の本格的な再開はいつごろか? 期待と不安が交錯する。
経済の先行きは、コロナ次第だろう。そのコロナがどうなるか、誰も分からない。新型コロナウイルスの新たな変異株「オミクロン株」の正体はまだ不明だ。感染力はかなり強い。重症化する人はさほど多くはない、ともいわれる。
◆爆発と収縮はウイルスの宿命?
米政府のファウチ大統領首席医療顧問は、断定を避けながら「南アフリカの症例を見る限り重症化はあまりない」と述べた。発言を受けて、ニューヨークや東京の株式市場で株価が跳ね上がった。トンネルの出口は近い、と見たのだろう。
感染症の専門家によると、一般的にウイルスは、変異を繰り返しながら外界と折り合いをつけ、安定化の道をたどる、という。オミクロン株は感染力が強いので他の株に取って代わる可能性が高い。ヒトを重症化させるリスクが低いということは、弱毒化していると考えられる。つまりコロナは、並みのインフルエンザウイルスのようになって、静かに生き残ろうとしているのかもしれない。
第1次世界大戦中の1918年、スペイン風邪の大流行が始まった。やがて収まったのは、人類が薬などで抑えたからではない。克服したのではなく自然に収まった。ウイルスそのものが外界と折り合いをつけておとなしくなったということだろう。コロナウイルスも流行して2年。そろそろ手じまいしてくれてもおかしくはない。
そんな期待感が「経済再開=需要増」を誘発し、物価を押し上げている。米国では10月、消費者物価指数が前年同月比6・2%も上昇した。主因は原油高。原油価格は経済の先を読んで動く。2020年4月に1バレル=20ドル程度だったのが、21年8月には1ばれる=80ドルを突破した。
市況が上がると、原油を採掘するために使っていた休止中の油井(ゆせい)が再開したり、採算に合わなかった油田が動き出したりして供給が増え、油価高騰は抑えられる、というのが原油市場だ。いい例が、米国で開発されたシェールオイル。岩盤に染み込んだ油やガスを高圧で回収する採掘はコストがかかるが、2018年の原油高で一気に普及した。それが供給過剰を招いて油価を押し下げ、閉鎖が相次いだ。
ところが、1バレル=80ドルになっても再開の動きは鈍い。コロナが猛威を振るったこの2年、状況は一変した。「脱炭素」の流れが鮮明になり、「石油の時代は終わった」という空気が広がった。ガソリン車はやがて廃止になる。多額の資金を突っ込んで生産を再開するリスクはあまりにも大きい。そんな動きを読んで投機資金が流れ込む。コロナ感染の長いトンネルを抜けると、そこはインフレの世界だった、ということか。
原油の上昇は燃料や動力の価格を押し上げる。物流費・穀物価格・化学品・金属など素材にまで値上がりは広がった。米国の中央銀行である米連邦準備制度理事会(FRB)は当初、「景気回復に伴う一時的現象。供給力が追いつけば解消する」としていたが、見方を変えた。「金融緩和がインフレを呼び起こす恐れがある」と受け止めているようだ。11月30日に上院で証言したFRBのパウエル議長は、これまでの「値上がりは一時的」という表現を取り下げ、金融の量的緩和の停止を前倒しに行うと表明した。
◆金融政策におびえる市場
金融政策は転換期を迎えている。景気にテコ入れするため、金利をゼロまで下げ、それでも足らないとして、銀行から金融資産を買い取って資金を無理やり注入する「量的緩和」までした。その政策が反転する。まず、資金を注入する量的緩和をやめる。その次はゼロ金利を解除。徐々に金利を引き上げていく。緩和から引き締めへ。パウエル議長は「景気テコ入れ」から「インフレ防止」に軸足を移した。
市場は敏感に反応している。金融政策の転換は景気回復に沿ったものだが、金融緩和が終われば市場に出回る資金の蛇口が絞られ、「緩和相場」で潤っていた株式市場が収縮する、と恐れる。リーマン・ショックが起きた2008年には8700ドルまで落ち込んだニューヨーク市場のダウ平均株価は現在、3万4000ドルまで上がっている。ショックで落ち込んだ経済を刺激する金融緩和が長期にわたり、投機資金が株式市場を潤した。「バブル」と言ってもおかしくない状況だが、相場のプロたちは崩壊の直前まで資金を突っ込み、儲けを追うのが仕事だ。もう危ないと見たら手持ちの株を売って一目散に逃げる。そのタイミングが迫っている、と市場は認識している。
コロナ終息、経済活動再開は、株は「買い」だが、FRBが利上げに踏み込めば「売り」である。市場で株価が乱高下する不安定な動きは、「コロナの終わり」が「緩和相場の終わり」につながるからだ。
ことほどさように、株式市場は経済実態とかけ離れた展開になっている。だが、金融バブルが崩壊すれば、株価崩落で企業財務や年金財政など実体経済が手痛い打撃を受ける。2022年は、インフレを抑えるためマネーを絞りながら、バブル崩壊を回避するという難しい金融の舵取りが求められる。
これは言うほど簡単なことではない。バブルはいつ破裂するか分からないからだ。マネーは国境を越え、世界の金融はつながっている。FRBの管理が及ばない外国で「事件」が起き、市場の均衡が破れることもある。リーマン・ショックは、高値圏で動いていた株価がリーマン証券に隠されていた不良資産が明るみに出て暴落した。前年にはパリバ証券が破綻(はたん)したが、この時は乗り切っている。
膨らんだ風船のような株式市場をひと刺しする針は何なのか、それは分からない。中国の不動産バブルの崩壊なのか、世界のどこかで起こる軍事衝突なのか、地震や噴火など天変地異なのか。2022年は「マネー資本主義」の弱点がさらけ出されるかもしれない。コロナの余波は、波乱含みである。
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