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日本人の知らない世界の漁業の現状と日本漁業の凋落
『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第211回

2月 04日 2022年 経済

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小澤 仁(おざわ・ひとし)

o バンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住24年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。

「日本は四方を海に囲まれた島国であり、古来より漁業を生活の生業(なりわい)としている世界に冠たる漁業大国である」。日本人の多くはこのように考えているに違いない。一方で近年、サンマやスルメイカ、サケの記録的な不漁というニュースが大きく報道され、2019年にはこれら3魚種の日本の漁獲量は過去最低水準となっている。他にもクロマグロやウナギ、ホッケの漁獲量減少も深刻な状況である。かつて世界一を誇った日本の漁業生産量も遠洋漁業を中心に落ち込み、現在ではピーク時の約4割、世界10位の位置まで凋落(ちょうらく)してしまっている。他方で、世界的な水産物の乱獲は水産資源の枯渇に拍車をかけているといわれており、各国が水産資源管理に関する取り組みを積極的に実施するなど、漁業に対する世界的な関心も高まっている。

今回は、バンコック銀行の新入行員向けプログラム「小澤塾」の卒業生である新妻孝則さんがまとめた「世界の漁業国の現状と日本漁業の凋落」を紹介する。

1.漁業の概況

(1)世界の漁業の概況

2018年の世界の漁業・養殖業を合わせた生産量は2億1209万トンであるが、近年まで継続して増加している。

天然の水産資源を捕獲する漁業(海面漁船漁業・内水面漁船漁業)は既に頭打ちになっており、1995年ごろ以降横ばいである。特に、近年の成長を支えているのは養殖業(海面養殖業・内水面養殖業)であり、2019年の時点で養殖業生産量が、漁業生産量を上回っている。

【図1】世界の漁業・養殖業生産量の推移

出所:国際連合食糧農業機関(FAO)

(2)日本の漁業の概況

日本の漁業・養殖業を合わせた生産量は、1984年に1282万トンとピークに達し、当時は世界一の生産量を誇っていたが、1990年ごろから近年まで継続して減少している。

海面漁船漁業(特に、沖合漁業)が漁業の柱となっており、スケトウダラ(オホーツク海南部)とマイワシの大幅な漁獲量増加に支えられ1990年ごろまでは増加していたが、その後ロシアによるスケトウダラ大量漁獲の影響、さらには資源変動の激しいマイワシが大幅に減少したことで生産量が減少した。

漁業・養殖業を合わせた生産量に占める養殖業(海面養殖業・内水面養殖業)の割合は、低位(22.6%)で推移している。

【図2】日本の漁業・養殖業生産量の推移

出所:農林水産省、水産庁

2.水産物需要の概況

(1)世界の水産物需要

世界の漁業・養殖業を合わせた生産量が伸びている背景には、世界の水産物需要の増加が関係している。

最近30年間で水産物の1人1年当たり消費量は1.5倍以上増加(13.54 kg➝20.38 kg)している。

また、世界の総人口は、最近30年間で1.5倍以上増加(53億人➝75億人)しており、世界全体の消費量は2倍以上増加している(7176万2千トン➝1億5285万トン)ことが分かる。 【図3】地域別の世界の1人1年当たり食用魚介類消費量の推移

出所:FAO

(2)日本の水産物需要

水産資源に対する世界的な需要増加が見られる一方で、日本の水産物需要は減少している。1人1年当たりの食用魚介類消費量は、1961年の50.4kgから1988年にピークの72.5kgまで増加し、その後2005年までは世界第1位の消費量を誇っていた。しかし、2017年時点では45.9kgとなっており、韓国、ノルウェーに続いて世界第3位まで落ち込んでいる。

世界の約1万5千種の海水魚のうち約25%にあたる約3700種が日本近海に生息しており、日本は生物多様性の高い海に囲まれ、かつ食の多様性も高い。近年、魚離れといわれているが、依然として日本人は魚介類に頼った食生活を送っている。

【図4】主要国・地域の1人1年当たり食用魚介類消費量の推移

また、生鮮魚介類の購入量は減少し続けている一方で、消費される生鮮魚介類の種類は変化している。1989年にはイカやエビが上位を占めていたが、近年は刺し身や切り身の状態で売られることの多い、サケ・マグロ・ブリが上位を占めている。

【図5】生鮮魚介類の1人1年当たり購入量及びその上位品目の購入量

出所:総務省「家計調査」を元に筆者作成

なお、生鮮魚介類の購入量は2019年まで一貫して減少してきたが、2020年には新型コロナウイルス感染症拡大の影響で、家での食事(内食)の機会が増加したことにより、購入量ベースで前年比4%増加、年間支出金額ベースで前年比5%増加している。

【図6】生鮮魚介類の1世帯当たり購入量・年間支出金額の推移

出所:総務省「家計調査」

3.世界の漁業の特徴

(1)主要漁業国比較

【図7】主要漁業国比較(2018年)

出所:FAOの資料などを元に筆者作成

.1980年代は世界一を誇っていた日本の漁業生産量は、現在は世界第10位まで落ち込んでいる。一方で、インドネシア・ベトナム・バングラデシュなどの新興・途上国の漁業生産量は増加し続けている。

.漁業生産量上位国(中国・インドネシア・インド・ベトナム)は、積極的に養殖業を展開しており、これら4か国の養殖業生産量が漁業生産量全体に占める割合は60%(日本は23%)を超えている。日本は養殖業への転換に出遅れているということが分かる。

.GDP(国内総生産)の上位国(アメリカ・中国・インド)は、漁船1隻当たり生産量が多く、漁業生産量が増加していることから、生産性の高い漁船での漁業を展開していることが分かる。IoT(モノのインターネット)やAI(人工知能)などの活用により、人力による漁労活動と比較して作業時間を短縮したり、不足しがちな労働力を補ったりすることにつながり、効率的な作業を実現できている可能性がある。

.アメリカは、大型漁船での漁船漁業を積極的に展開している。アメリカで採用されている大型漁船は3200トン型(日本は1000トン型)であり、魚倉容積・速力・魚群探索用ヘリコプター搭載などの点で大きく進んでいる。

.中国・インドネシアは、零細漁船での漁業を展開しており、漁船漁業生産量は他国を圧倒している。しかし、その背景にあるIUU漁船(国際的な資源管理の枠組みを逃れて違法に操業する漁船)の存在については注視しなければならない。

(2)中国の漁業の特徴

中国の漁船漁業・養殖業を合わせた生産量は近年まで継続して増加しており、世界の生産量全体の38%を占め、世界第1位の規模を誇っている。養殖業が漁業の柱であり増加しており、漁船漁業は減少傾向である(2019年:漁船漁業17%、養殖業83%)。

世界三大漁場の一つを含む「北西太平洋」水域での生産にほとんど集中(98%)しており、渤海・黄海・東シナ海・南シナ海の巨大な資源が、中国の生産量を支えている。

出所:FAOの資料を元に筆者作成

1985年に漁業が全面開放され、漁船漁業から養殖業(内水面養殖業)への転換が急速に進み、1991年を境に海面養殖業が内水面養殖業を上回っている。なお、中国の養殖業生産量は世界の養殖業生産量全体の57%を占めている。

四大家魚(コイ科魚類であるアオウオ、ソウギョ、コクレン、ハクレン)が主要な養殖対象種となっていたが、近年は減少傾向である。消費者の所得向上に伴い高級品である海草類・貝類・甲殻類に対する嗜好(しこう)が高まっていることを背景に、近年、生産量が増加している。

出所:FAOの資料を元に筆者作成

(3)インドネシアの漁業の特徴

インドネシアの漁船漁業・養殖業を合わせた生産量は近年まで継続して増加しており、世界の生産量全体の10%を占め、世界第2位の規模を誇っている。養殖業が漁業の柱で増加しており、漁船漁業もまた増加傾向である(2019年:漁船漁業32%、養殖業68%)。

排他的経済水域(EEZ)と領海はアメリカ、オーストラリアに次ぐ世界第3位、海岸線はカナダに次ぐ世界第2位であり、巨大な資源がインドネシアの生産量を支えている。

出所:FAOの資料を元に筆者作成

日本と同様に、零細漁船による漁船漁業を展開(無動力漁船、船外機付き漁船、5トン未満の船内機付き漁船が87%を占める)していることが、インドネシアの特徴である。

マグロ・カツオ類、アジ・大型アジが主要な漁業対象種となっており、その他の主要な漁業対象種(サッパ、グルクマ、カタボシイワシなど)の漁獲は頭打ちになっている。なお、マグロ・カツオ類の生産量は漁船漁業生産量全体の2割を占めており、世界最大の生産規模を誇っている。

一方で、海面養殖業が養殖業生産量全体の78%を占めており、近年著しい成長を遂げている。海藻類、ティラピア、ミルクフィッシュが主要な養殖対象種となっており、近年、甲殻類の生産量も増加している。なお、インドネシアの養殖業は世界の養殖業生産量全体の12%を占めている。

出所:FAOの資料を元に筆者作成

(4)アメリカの漁業の特徴

アメリカは中国、インドネシアとは異なり、漁船漁業の割合が90%(2019年)と圧倒的に高い。

排他的経済水域(EEZ)と領海は世界第1位であり、巨大な資源がアメリカの生産量を支えている。

出所:FAOの資料を元に筆者作成

日本とは異なり、大型漁船による漁船漁業を展開していることが、アメリカの特徴である。スケトウダラ、ニシン・イワシ類、サケ・マス類が主要な漁業対象種となっており、1976年以降、EEZにおける外国漁船操業禁止などの厳しい措置を講じることで自国の漁船漁業を保護した結果、生産量が大幅に増加した。

(5)ノルウェーの漁業の特徴

サーモンの養殖で名高いノルウェーであるが、依然として漁船漁業が漁業の中心となっている。しかし、漁船漁業は減少しており、一方で養殖業は安定して増加している。

出所:FAOの資料を元に筆者作成

最新養殖技術による安定した養殖業を展開していることが、ノルウェーの特徴である。

主要な養殖対象種となっているサーモンが養殖業生産量全体の99%を占めている。養殖対象種を限定しているため、養殖技術が蓄積され、新たな養殖技術の開発が可能となっている。

4.日本の漁業の特徴と問題点

(1)遠洋漁業衰退

1965年から1970年にかけて、遠洋底びき網漁業によるスケトウダラの生産量が大幅に増加したものの、第1次オイルショックやアメリカ・旧ソ連などによる200海里水域設定による影響で、大幅に減少した。また、1989年に国連大規模公海流し網禁止の決議が採択されたことやアメリカの200カイリ水域からの完全撤退以降、さらに減少した。

1973年には、日本が世界のスケトウダラ生産量全体の73%を占めていたが、現在はアメリカとロシアが世界のスケトウダラ生産量全体の90%以上を占めている。

なお、日本の現在の遠洋漁業の柱は、マグロ・カツオ類であるが、いずれも生産量は減少している。

【図14】遠洋漁業生産量の推移

出所:水産庁

また、漁業者と漁船の高齢化の問題など、日本の遠洋漁業の今後の発展は考えにくいことから、かつてのスケトウダラの二の舞とならないよう、他国の大型漁船に対抗するための方策を実施しながら、現在の遠洋漁業の柱となっているマグロ・カツオ類など必要最低限の漁獲を守っていく必要がある。

出所:農林水産省「漁業センサス」を元に筆者作成

(2)非効率な漁業構造

遠洋漁業には期待できない中、日本は沿岸・沖合漁業に力を入れる必要がある。しかし、日本はとりわけ小さな漁船が多く、かつ漁船と漁業者の高齢化も進んでいる。また、日本は唯一、漁船数が漁業者数を上回っており、漁船1隻当たり生産量も、他国と比較すると大きく劣っている。

  【図16】世界の漁業国の漁業構造比較

出所:FAOなどの資料を元に筆者作成

(3)漁獲量と国内消費量のミスマッチ

日本人が好んで消費している生鮮魚介類(サケ、マグロ、ブリ、エビ、イカ、アジ、カツオ、サンマ)の漁獲量は減少しており、国内消費量を補うために、水産物の輸入量が増加している。

特に、サケ、マグロ、ブリ、エビ、イカは輸入に依存しており、今後、円安などの理由で輸入が困難となってしまった場合に備える必要がある。

【図17】水産物輸入量・輸入金額の推移

【図18】2018年の生鮮魚介類(上位品目)の漁獲量・国内消費量・輸入量

出所:財務省「貿易統計」、FAOの資料を元に筆者作成

5.まとめ

(1)世界的には漁船漁業・養殖業を合わせた生産量が増加しているなかで、漁船漁業(特に、沖合漁業)を中心としてきた日本の漁業生産量は減少し続けている。世界の主要漁業国は、漁船漁業から養殖業への転換を急速に進めており、日本は出遅れてしまっていることが要因である。

(2)日本人が好んで消費し、かつ輸入に依存しているサケ、マグロ、ブリ、エビ、イカの養殖に力を入れるべきであり、今後、円安などの理由で輸入が困難となってしまった場合に備える必要がある。自国民の嗜好に合わせた水産物養殖に力を入れて成長している中国、また、魚種を特定して安定した養殖業を展開しているノルウェーを参考に、日本も漁船漁業から養殖業への転換を果たしていくべきである。

(3)一方で、漁船漁業については、排他的経済水域(EEZ)における外国漁船操業禁止などの厳しい措置を講じることで自国の漁船漁業を保護しているアメリカを参考に、日本は生物多様性の高い海に囲まれている優位性を十分に生かした近海での漁船漁業に力を入れていくべきである。日本より漁船1隻当たり生産量が少ないながらも、日本同様に零細漁船による漁船漁業で生産量が増加しているインドネシアを参考に、零細漁船による沿岸・沖合漁業に力を入れる必要がある。

(4)国際情勢の影響を大きく受けやすく、また、高齢漁船と高齢漁業者が多い日本は、他国の大型漁船にも対抗できないため、今後の遠洋漁業の発展は考えられない。限られた大手の漁業者団体に国際競争力を持たせ、その漁業者団体のみが遠洋漁業を行うことで、日本人が好んで消費している、遠洋でのみ漁獲できるマグロ・カツオ類などの一部の漁獲だけは守っていく必要がある。

(5)日本は唯一、漁船数が漁業者数を上回っており、主要漁業国と比較すると漁船数が過剰である。国が主導となり、補償金(救済金)交付などを積極的に行ったうえで減船を図り、生産性の高い漁船での漁業を展開していくことが必要である。

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