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ウクライナ「相互依存」の終わり-自ら傷つく「経済制裁」の危うさ
『山田厚史の地球は丸くない』第207回

2月 25日 2022年 国際

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

「力による原状変更は許されない」。耳にタコができるほど聞いた言葉だが、ロシアのウクライナ侵攻で、なんとも空疎な言葉になってしまった。

ロシアのプーチン大統領は、その振る舞いを「国際法違反ではないか」と記者会見で聞かれた時、「では、あなたに聞きたい。西側の国は国際法を守っていると思うか?」と切り返した。

オレのやり方は国際法なんて関係ない、アメリカはもっとひどいことをやっているじゃないか、と居直っているように見えた。確かに一理ある。イラクやアフガニスタンに攻め込んで、容赦ない空爆で命を奪ったあの行為は「力による原状変更」以外の何物でもない。

◆風化していく平和への「決意」

「覇権国」は国際ルールに縛られない。ルールを維持させる「暴力装置=強大な軍隊」を持っているからだ。

「力による原状変更は許されない」という、か弱い言葉は「原状変更は力でなされるのが常」という悲しい現実があるからだ。

「か弱い言葉」は「悲しい現実」を超えようとする人々の決意だった。典型が日本国憲法だろう。

「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」

憲法前文に書かれている。悲惨な戦争を経て、日本人がたどり着いた「決意」を憲法に埋め込んだものである。

私は憲法が制定されたその翌年に生まれた。小学校では「心に平和の砦(とりで)をつくることが戦争をしないために必要なことです」と教えられた。

教師には戦地から帰って教壇に立った人が何人もいた。

「天皇陛下万歳なんて叫んで死ぬ人はいません。最後には『お母さーん』と言って死ぬ。そんな人がたくさんいた」という話を聞かされた。

ウクライナは第2次世界大戦で600万人が犠牲になった。ポーランドを抜けてソ連(当時)に攻め込むナチス・ドイツ軍を正面から迎え撃ったのが、ウクライナ戦線だった。スターリングラードで反撃に転じたソ連軍は、敗走するドイツ軍と再びウクライナで激戦を展開。広大な穀倉地帯が戦場となり、人口の1割を超える600万人が犠牲になったといわれる。日本の戦死者の2倍の命がウクライナで失われた。

日本では産経新聞が今年元日の紙面で、「『平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して』国民の安全を図ろうという『おめでたい』憲法は、もう要らない」と書いた。平和憲法など、力で原状を変更しようとする隣人に対し、なんの力にもならない、というのである。

「決意」を支えるのには、「もうこりごりだ」という「実感」が必要だ。戦場で残酷な行為を目にし、九死に一生をえて帰還した人には「もうこりごり」が染みついていても、実感に裏打ちされた体験者が少数になると、「決意」は風化していく。

◆「相互依存」は「戦争」を補強する手段に

「決意」だけでは長続きしない平和を、仕組みとして揺るぎないものにしたい。考え出されたのが「経済の相互依存」だった。

戦争の原因は、資源や領土の奪い合いだ。経済活動から国境を取り払い、ヒト・モノ・カネを自由に行き来できるようにすれば戦争する必要がなくなる――。そんな理想の延長線上に生まれたのが、現在の欧州連合(EU)だった。ドイツとフランスが戦争するなどと、いまや誰も思っていない。

ところが、共通通貨ユーロができたころから陰りが出始めた。自由な市場では強い者が勝つ。経済力の強い国が有利になる。統一市場ができても、国家が存在する限り、勝者・敗者が生まれる。そして英国が離脱した。

冷戦崩壊後は、「欧州共同の家」という言葉ができて、ロシアを統一欧州に招き入れようという動きがあったが、無理だった。域内と域外の分断は鮮明になった。

政治体制・民族の隔たりをつなぎとめているのは、経済。地域統合ができなくても、貿易・投資・金融・エネルギーなどビジネスで結び付きを強めれば「相互依存」、つまり「相手あってのわが国」という関係は強まり、戦争はお互いの得にはならない、という合理性が働く。

その象徴が、ロシアと欧州を結ぶガスパイプラインだった。ロシアで豊富な天然ガスに欧州諸国は依存する。EUで消費されるガスの40%がロシアから供給されている。ドイツは70%を依存している。消費者と生産者の関係である。

ところが、ウクライナ情勢の悪化で「お客様と供給者」という相互依存関係が、経済安全保障の大問題になってしまった。欧州はロシアへのガス依存で強い態度に出られず、外交的に不利になっている、とアメリカは指摘する。

逆に「ロシアのパイプラインを使わせない」ということで、ロシアに痛い目をさせよう、というのである。

平和への楽観主義を支えた「相互依存」は、いつの間にか「経済制裁」の道具へと変身し、悲観的な現実主義によって「戦争」を補強する手段となった。

◆敵意と戦争を煽る

「デカップリング=切り離し」という言葉がしばしば使われる。相手の市場に頼ったり、資源や部品を頼ったりしていると、いざという時、困ったことになる。

自国の経済安保を確立するためには、外交関係が危うい「敵国」への依存は極力抑えるべきだ。重なるように、トランプ米大統領(当時)が主導した「アメリカ・ファースト」のような経済的ナショナリズムが台頭している。

「ニッポンの製品は素晴らしい」「こんなの作れるのは日本人だけ」といった「ニッポン大好き」がはやる背後に、競争力を急速に強める近隣諸国に対する疑心暗鬼があるように思う。相手への信頼より、疑いのまなざしが世界を見ている。

経済合理性から考えれば、「戦争」ほど理に合わないものはない。

アメリカは、ロシアと欧州を繋(つな)ぐ新たなパイプライン「ノルドストリーム2」の稼働を認めるな、と圧力をかけ、ドイツはこれに従った。ロシアによるエネルギー支配に歯止めをかけろ、という指示である。

ドイツや他のEU諸国は安価なガスを安定的に得る機会を失い、急仕立てで液化天然ガスの輸入などの手立てが必要になった。コスト高・不安定である。そのため日本まで、自国で使う液化天然ガスを欧州に回すことになる。世界のガス市場の混乱要因でエネルギー価格を上昇させる。

金融市場からロシアの起債を締め出すことも、ロシアだけでなく市場も傷つく。最たるものは、国際金融取引からロシアを締め出す「SWIFTからの排除」だ。

SWIFTとは、銀行が国際取引を行う際に使っている決済のための通信網だが、ここからロシアを締め出そうと、アメリカは主張している。

これをやると、ロシアは貿易決済に銀行送金が使えなくなり、現金決済を迫られ、経済的に大打撃を受ける。その一方で、商社などロシアとの取引をしているビジネスが止まってしまう。ロシアだけでなく、世界が大混乱になる。運営している国際銀行間通信協会は「無理です」と否定的だが、経済政策の総動員となれば、断行されるかもしれない。

経済制裁は一見、「平和的手段」に見えるが、ビジネスや国民生活を混乱させ、「誰が悪くてこんなことになったのか」と敵意を煽(あお)り、お互いの国で戦争気分をもり立てる。そのうちに、なにが原因で戦争になったか、そんなことはどうでもよくなり、「悪いやつをやっつけろ」「腰抜けになるな」と人々が戦争を煽るようになる。

ところで、なぜウクライナがこんなに揉(も)めているのか、皆さん、ご存知ですか。戦争をしなければならないほど、切迫した状況だったのか。大国の意地の張り合い、いや、大国の政治家の目先の政治的立場がここまで問題をこじらせたように私には見える。

プーチンが悪いから。原因はそれだけでしょうか。皆さんは、どう思いますか。

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