п»ї ロシア「協力事業」血のにおいはしないか? 『山田厚史の地球は丸くない』第209回 | ニュース屋台村

ロシア「協力事業」血のにおいはしないか?
『山田厚史の地球は丸くない』第209回

3月 25日 2022年 経済

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

「侵略の津波を止めるために、ロシアとの貿易禁止を導入し、各企業が市場から撤退しなければならない」

ウクライナのゼレンスキー大統領が3月23日に「オンライン国会演説」で語った一節だ。何を言うのか注目されたが、耳に残ったのは「制裁」という言葉。貿易を減らし、企業は撤退してほしい――。岸田政権は痛いところを突かれたのではないか。ロシアが外貨を稼ぐ石油・天然ガスのビジネスで日本は手を組んでいる。米国も英国もロシア産の原油を輸入禁止にした。ドイツは天然ガスパイプライン「ノルドストストリーム2」の開業を諦めた。EU(欧州連合)の政策執行機関・欧州委員会は、ロシアから石油・ガスの輸入を段階的に減らすことを決めている。日本政府は、いつまで知らぬふりを続けていられるのか。

◆風当たりが強い「プーチン案件」

「国によって、エネルギー供給の脆弱(ぜいじゃく)性など状況は異なる。日本のエネルギー安全保障を追求しながら、可能な限りG7(主要7か国)に同調させるべく最大限努力をしていきたい」

岸田首相はこう繰り返すだけで、「石油・ガスの遮断」という制裁に後ろ向き。この問題に触れてほしくないというのが本音だろう。

日本は石油の6%、液化天然ガスの8%をロシアから輸入している。決して高い比率ではないが、これから拡大すると期待していた。中東依存度を低くするためにも将来性あるロシアからの輸入を増やすということは国策だった。

北方領土交渉を側面支援する経済協力として「石油・ガスの共同開発」を掲げ、ロシアに日本の権益を確保する。これが経済産業省の目論見だった。

代表的な案件は三つ。旧樺太で石油・ガス開発をしている「サハリン1」「サハリン2」、北極圏にLNG(液化天然ガス)基地を建設する「アークティック2」である。

サハリン1はロシア最大の石油企業ロスネフチが仕切る。日本からは国策会社・サハリン石油ガス開発が参加。ロスネフチのイーゴリ・セーチンCEO(最高経営責任者)は、プーチン氏がサンクトペテルブルグ市役所で働いていた頃からの部下だ。プーチン氏がモスクワ入りすると大統領府副長官に就任し、2004年にロスネフチ会長になり(2011年まで)、エネルギー担当の副首相を兼務した。2003年、ロシア最大の石油財閥ユコスは社長が逮捕され、解体された。油田を買い取ったのがロスネフチで、セーチン氏が会長となり、プーチン氏の石油支配が確立した、とされる。

サハリン2には三井物産と三菱商事が出資。事業を仕切るガスプロムは世界最大のガス会社。欧州へのガスパイプラインを握り、ロシアの国庫収入の25%を稼ぐ国営企業だ。

アークティク2は、北極圏に巨大なLNG基地を建設し、特殊砕氷船で欧州、中国、日本にLNGを輸出する事業。生産は来年から。新興財閥ノヴァティクが主導し、中国の石油会社と並んで三井物産とJOGMEC(石油天然ガス・金属鉱物資源機構)が参加する。ノヴァティクの大株主で事実上の支配者とされるゲンナジー・チェムチェンコ氏は「プーチンの金庫番」といわれる人物で、経済制裁で個人資産を差し押さえられた。

どれを見てもプーチン氏の権力と絡み合っている。ロシアで大きな事業をするなら、こうしたリスクを取ることになるが、平時なら見過ごされたことでも、世界を相手にした戦争が始まると「プーチン案件への協力」は風当たりが強い。

◆「民間の事業」と逃げる政府

国際石油資本の対応は早かった。米国のエクソンは「サハリン1」から撤退を表明、英国のBPはロシア事業からすべて撤退、シェルは「サハリン2」から抜ける。

日本でも「撤退」を主張する声はあるが、「権益を手放したときに、第三国がただちにそれを取ってロシアが痛みを感じないことになったら意味がない」(萩生田経産相の国会答弁)と、日本が抜けた後に中国が入れば、権益が中国に移り中露関係が強化されるだけだ、という見方が政府に強い。

政府は「民間の事業だ」と逃げ、経済制裁から外しているが、サハリン1に参加するサハリン石油ガス開発は資本の半分は政府出資だ。他の事業もJOGMECは政府の外郭団体、国際協力銀行(JBIC)が巨額の融資を約束し、経産省が貿易保険をつける。実態は政府丸抱えだ。政府は「民間が判断すること」と逃げ、民間は「政府が決めること」と首をすくめている。

経産省には、サハリンや北極海の事業に食い込むことは中東依存のエネルギー構造を変えるだけでなく、可能性を秘めたシベリアに日本が足がかりを築く重要な一歩という思いがある。北極海で始まったLNG開発は、日揮・東洋エンジニアリング・千代田加工など日本のエンジニアリング会社のビジネスチャンスになっている。LNG砕氷船の運航は商船三井が担うなど裾野の広がりを期待している。撤退すれば、ロシアと築いてきた関係が壊れ、積み上げてきた事業が総崩れになることを恐れている。

◆制裁破りの代償の恐れも

日本は目立たぬように制裁の尻抜けをしてきた。2014年、ロシアがクリミア半島を制圧した時、米国主導の経済制裁に先進国は足並みを揃えたが、日本はビザ発給抑制など限定的な制裁にとどめた。というよりも、チャンス到来とばかりロシアに接近した。欧米による制裁で窮地に立つプーチン氏に、経済協力をエサに北方領土交渉を始めた。「安倍・プーチン」の蜜月を演出し、北方利権に食い込もうと、こっそり「制裁の尻抜け」をしたのである。ずるく立ち回るのは外交で珍しくはないが、胸を張れることではない。

今回は、ロシアの暴挙に国際社会は衝撃を受け、強い制裁へと動いている。「プーチンの戦争」なら、プーチン氏に届く制裁が必要になる。財政を支える石油・ガスを叩く。側近のオルガルヒ(新興財閥)の足元を狙う。欧州はノルドストリームなら、日本はサハリンと北極海案件。日本の商社や企業が返り血を浴びるのは覚悟してもらおう、と米国のバイデン大統領が考えても不思議ではない。

オバマ大統領(当時)が対ロ制裁に取り組んでいた時、協調の輪を乱してロシアに接近したのは「シンゾウ・アベ」だった。プーチン氏との「友好の証し」として打ち上げたのが、アークティック2だった。2019年の大阪G20の場を借りて安倍、プーチンの両氏立ち会いのもとで、ノヴァティクと三井物産の調印式が盛大に行われた。これこそが日本の制裁破りの象徴だった。その代償を払わされるかもしれない。

◆「事業の損切り」チャンスかも

岸田首相は当時の外相。制裁を破ってでも、日本にとって得になる道を選んだ責任者である。今回も同じなのか。ウクライナには気の毒だが、日本には事情がある。国際社会からどう見られようと、じっと我慢して局面の変化を待つ。手放した権益は戻ってこない――。そう考えているのではないか。

この方針、というより願望。これで乗り切れるなら、ひとつの選択だ。日本はウクライナへの連帯より国益を選んだ、といわれても居直る。戦局が膠着(こうちゃく)状態になり、さらに悪化する時、この方針は果たして貫けるのか。

決断できないままグズグズと先延ばしして国際社会の圧力を受けて、(米国から命じられ)撤退に同意させられる。

ノルドストリーム2はこれからガスが来るという時、米国の圧力によって止まった。

日本が参加する北極圏LNG事業は、これから始まる。ノルドストリーム2にならえば、その直前に止められかねない。供給を受けることになっている欧州は拒否するだろう。

米国から見れば、ロシア主導の事業に中国・日本がくっついていることなど、許しがたい。

ウクライナの外相は、ロシア原油を密かに買い付けた石油資本に「血のにおいがしないか」とツイッターで叫んだ。

ゼレンスキー大統領が国会演説で述べた「企業はロシアから撤退を」という声は、悲惨な戦争の拡大とともに大きくなるだろう。

原油や小麦が高騰し、総合商社が大儲けしている今は「事業の損切り」をするチャンスかもしれない。

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