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防衛費2%で覚悟すること 参議院選を前に
『山田厚史の地球は丸くない』第214回

6月 10日 2022年 政治

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

1月に始まった国会は今月15日に閉会、22日には参議院議員選挙が公示される。慌ただしい政治の現場から、日本が抱える課題が見えてきた。

苦しい財政事情などお構いなしに防衛予算の増額を決めた政権党。1千兆円を超えた国債残高をさらに膨張させる政府。急激な円安を放置し物価上昇を容認する日本銀行。国民生活に重大な影響を及ぼすばかりか、日本の針路を危うくする政策が、平然と進められようとしている。

◆防衛費強化、財源は後回し

参議院選挙があるというのに、「危ない政策」が並ぶのは、国民がなめられているからではないか。目先の都合は強調されても、将来どんな危険が待ち受けているか、きちんと説明されていない。

批判的な姿勢が薄れたメディアにも責任がある。野党がバラバラで、一部にはすり寄る勢力さえ出てきたことも与党のごう慢さを助長している。

「外の敵」が弱くなると、自民党は緊張感が緩んで内部抗争を始める。「経済財政運営と改革の基本方針2022(骨太の方針)」を巡り、財政再建派と積極財政派が正面衝突したのは典型的な例である。争点は「財政膨張に歯止めを掛ける表現を残すか」。財政健全化の目安である「財政の基礎収支」(プライマリーバランス=PB)を2025年度までに黒字化する、という目標を盛り込むかが攻防の焦点となった。

国債に頼らない政策運営に軌道を戻したい財政当局は、「PB黒字化」に具体的な目標年を盛り込もうとしたが、押しのけたのは元首相の安倍晋三氏である。

「財政の健全化で財政運営の柔軟性が阻害されることがあってはならない」と、原案にあった「2025年度にPB黒字化」という文言を削除させた。

「2025年度までにPB黒字化」という言葉は安倍氏が首相を務めていたころから「骨太の方針」に書かれていた。総理の座を退くと、豹変(ひょうへん)した。同時に安倍氏が主張しているのが「防衛予算をNATO(北大西洋条約機構)並みにGDP(国内総生産)の2%超に」「5年間で5兆円の増額を」である。

これまで防衛費はGDPの1%が目安とされ、500兆円規模のGDPに対して、概ね5兆円の予算が配分されてきた。文教・科学予算、公共事業予算も概ねこの規模で、緊縮財政の中で伸び率が横並びで抑えられてきた。その中で防衛費だけ、毎年1兆円強(約20%の伸び率)にする、ということは通常の予算編成ではありえないことだ。

防衛費を増額するには他の予算を削るか、増税して歳入を増やすか、借金(国債)を膨らまして防衛費だけ特別に増額するか。選択肢は三つしかない。

どれも乱暴な議論である。増税で5兆円を賄うには2%の消費税引き上げが必要になる。他の予算もパンパンで、削減は容易ではない。

ほぼ同額の文教・科学費は、教師の荷重な負担が問題視され、志願者減少、定員割れが問題になり、待遇改善が必要になっている。放課後や休日の負担になっている部活動から教師を解放するため、学校から切り離して地域に移管する、ことのなどが検討されているが、その費用すらない。「人づくり」を掲げる岸田政権は「教育現場の立て直し」が急務になっている。それを差し置いて、防衛費に巨額の予算を配分できるのだろうか。

同じことが公共事業費にも言える。昭和のころに建設した道路・橋などのインフラの劣化が目立ち、IT時代にふさわしい「国土強靭(きょうじん)化」を求める声が自民党内部から上がってる。公共事業費を削るのは至難の業だ。

では、増税はできるのか。自民党にその気構えがあるとは思えない。防衛費を増額するから増税に応じてほしい、と国民に訴えられるだろうか。

そこで一番現実味があるのが「国債増発」だろう。安倍元首相は「防衛費は公共事業と同様、将来世代に恩恵を残すものだから、建設国債があるように、防衛予算のための国債があっていい」と語っている。頭の中で「他の予算は削れない、増税は難しい、国債を積み増すしかない」と考えているのではないか。

◆「中国との戦争」で狙われるのは日本

日本がGDPの2%まで防衛費を拡大したら、日本は米国・中国に次ぐ世界第3の軍事大国になる。ロシアやインド、ドイツを上回る規模だ。では、どんな防衛体制を敷くのか。どこの国を敵に見立て、何を守り、どんな装備が必要なのか。そうした議論は一切なく、数字だけが膨らむ。景気対策やコロナ対策もそうだったが、先にビックリするような予算が決まり、あとから「埋め草」のような事業を増やす。そんな繰り返しが、また防衛予算で起こるのではないか。

使い物にならなかった陸上配備型迎撃ミサイルシステム、イージス・アショアのように、防衛整備計画にもなかった兵器を米国からの要請で買わされるということがまた起こるかもしれない。

それ以前に、「防衛費増額」は米国の要請から始まっている。中国との覇権争いを意識する米国は「台湾正面」での軍備が手薄になっている。中国側のミサイル網に対抗するため、日本列島から台湾にかけて、中国に向けたミサイル基地を並べることが軍事上必要とされている。

「日米同盟強化」「拡大抑止」とは、中国を敵と見てミサイルやレーダー、戦闘機などを日米が力を合わせて手厚く装備することにほかならない。そのために、日本は軍事費を倍にしろ、ということだ。

そんな重要なことを国民に説明せず、岸田首相は日米首脳会談でバイデン大統領に「軍備増強」を約束した。そのバイデン氏は、記者会見で「台湾が攻められたら戦闘に参加するか」と聞かれ、「そのつもりだ」と答えた。

これまで曖昧(あいまい)にしていた「中国との戦争」もありうる、というのである。隣に立っていた日本の首相はそれでいいのか。

米国が中国と戦うということは、集団的自衛権で一体となっている米国の戦争に日本も参加する、ということだ。沖縄をはじめ日本の米軍基地から中国を攻める。日本は狙われる。中国と台湾の争いが、米中激突となり、日本は巻き込まれ、戦場になる。

そのために防衛力を2倍にする、ということではないのか。

ウクライナで、ありえないと思っていた戦争が起きてしまった。始まると止まらない。戦争になる前に、止めに入る国はなかったのか?

中台で衝突が起き、それが米中の戦争になろうとした時、誰かが止めに入るとしたら、それは日本だろう。

米中戦争が起これば、日本は巻き込まれるどころか、最前線に立たされる。米国は太平洋の向こうで、本土は戦場にならない。ミサイル網の足元である日本は台湾海峡や中国を攻撃する拠点であり、標的になる。

ウクライナが、ロシアとNATO/米国の代理戦争で戦場になっているのと同様、日本と台湾が、米中戦争の戦場になる。

その覚悟が安倍元首相や岸田首相にあるのだろうか。被害を受けるのは、沖縄や本土の日本人だ。ことは国債に押しつぶされる財政にとどまらない。私たちの命に関わることだ。

米中で戦争が起きそうになった時、日本は、米国側の最前線で戦うのか、あるいは「戦争はダメだ」と止めに入るのか。そのあたりの議論から始めてはどうだろうか?

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