山本謙三(やまもと・けんぞう)
オフィス金融経済イニシアティブ代表。前NTTデータ経営研究所取締役会長、元日本銀行理事。日本銀行では、金融政策、金融市場などを担当したのち、2008年から4年間、金融システム、決済の担当理事として、リーマン・ショック、欧州債務危機、東日本大震災への対応に当たる。
今年1月末、2021年中の「人口移動報告」が公表され、東京23区が25年ぶりに人口流出超に転じた。コロナ禍をきっかけとするテレワークの普及もあり、「テレワーク移住などにより、東京一極集中に是正の兆し」との解説記事が目立った。
それから半年。事態は一変し、東京23区は早くも流入超のトレンドに回帰している。コロナ情勢の急変で再び行動制限が課されるようなことがなければ、今年は2000年に近い流入超数を取り戻すだろう(参考1)。
「テレワーク移住などで、東京一極集中に是正の兆し」との見方は、幻想だった。テレワーク移住といった単発のエピソードを、人口移動全体に当てはめてはならない。
(参考1)東京23区の人口流入超数推移(各年1~6月、7~9月)
(注)移動者(外国人移動者を含む)
(出典)「住民基本台帳人口移動報告」(総務省統計局)に基づき筆者作成
◆90年代半ばまでは人口流出超が常態だった
東京23区の社会移動は、過去一貫して流入超だったわけではない。戦後だけでも、①復興期から1963年までの流入超期②64年から96年までの流出超期③97年から足元までの流入超期――の3期に分かれる。②の流出超期も、33年の長きにわたった。
他の大都市圏の中核都市である大阪市、名古屋市も、同様だ。30年以上にわたり流出超が続いた後、90年代半ばから2000年前後にかけて人口流入超に転じた(参考2)。
(参考2)東京23区、大阪市、名古屋市の人口流入超数(日本人移動者)
(出典)「住民基本台帳人口移動報告」(総務省統計局)に基づき筆者作成
こうした流入超への大転換は、大都市内部の労働需給の激変を反映している。参考3は、筆者が以前、生産年齢人口を労働力に見立て、東京都内部で生まれる生産年齢人口の増減を試算したものである
棒グラフは、①緑は都内で生まれ15年後に生産年齢人口にカウントされるようになった人数②青は都内で65歳に達し生産年齢人口のカウントから外れた人数③赤は①から②を差し引いた人数――を示す。
(参考3)東京都の内部要因による労働力需給試算
(注)2015年5月に行った試算。東京都への転入超数は非生産年齢人口を含む。2011~15年は11~14年実績を5年換算したもの:
生産年齢人口への参入数(内部要因):15年前の時点での出生数
生産年齢人口からの離脱数(同):65歳到達人口=5年前の時点での60~64歳人口
生産年齢人口の増減数(同):生産年齢人口への参入数-生産年齢人口からの離脱数
(出典)東京都福祉保健局「人口動態統計」、総務省統計局「国勢調査」、同「住民基本台帳人口移動報告」を基に筆者が作成
90年代半ばまでは、東京都にもみずから労働力を積み増す力があった。70年代に団塊ジュニア世代が多数生まれ、15年後に生産年齢人口の仲間入りをした。焼け跡世代・団塊世代と団塊ジュニア世代が労働市場に共存した時代である。
しかし、その後は生産年齢人口への参入数が激減した。全国一の低出生率のツケが回ってきた。さらに焼け跡世代・団塊世代の高齢化が進み、生産年齢人口から外れ始めた。こうして90年代半ばには生産年齢人口からの離脱数が参入数を上回るに至った。
東京都の人口流入超への転化は、これと軌を一にして起きたものだ。東京都は、もはや他県からの人口流入なしには経済を維持できない。
◆昨年の流出超は急激な雇用情勢の悪化に起因
21年中の東京23区の流出超転化も、雇用情勢の急変に起因している。
東京都の有効求人倍率は、コロナ禍が広がった2020年上期に劇的に低下した(参考4)。行動制限の結果、飲食業や宿泊業を中心に、パート、アルバイトの雇用が大幅に減った。パート、アルバイト収入を当てにできなくなった若者たちが都内から実家に戻ったり、地方から都内への移動を見送ったりした。
これが今年に入り、行動制限の緩和とともに回復に向かい始めた。つれて、東京23区に人口が戻ってきた。コロナ禍が今後完全に収束すれば、流入超幅はコロナ禍前の2019年に近い水準を取り戻すだろう。
(参考4)東京都の有効求人倍率推移
(出典)東京労働局「最近の雇用失業状況」を基に筆者作成
◆テレワーク移住への補助金は合理的か
大都市圏と地方圏に成長力格差がある限り、大都市への人口移動は続く。万一これを人為的に止めれば、日本経済全体が停滞する。言い換えれば、日本経済の活力を損なうことなく、地方創生を実現するには、地方産業が大都市圏並みの所得を稼ぎ出すしかない。
2019年度、政府は地方創生の一環として、地方で起業する人々に対し補助金を支給する制度を創設した(起業支援金)。また、地元の中小企業などへの就業を条件として、地方に移住する人に補助金を支給する制度(移住支援金)をつくった。だが、制度の利用者は少なかったようだ。
そこで政府は、2021年度、テレワーク移住に目をつけ、東京圏での勤務を継続しつつ地方にテレワーク移住する人にも、移住支援金を支給できるようにした。金額は、単身で最大60万円、2人以上世帯で最大100万円だ。地方の生活を希望する人に人気の制度という。
だが、企業支援金と違い、この制度は地方創生の目的に対し、あまりに迂遠(うえん)ではないか。テレワーク移住者が、地方での生活を通じて地元サービス業の売り上げを大幅に増やし、高い付加価値を稼ぎ出す産業となる経路を想定することになるが、そのためには大都市周辺都市のような大規模な人口流入が必要だろう。現実離れしているようにみえる。
重要なのは、人口移動を促すだけの付加価値向上を地方産業が実現できるかどうかだ。時間のかかるプロセスだが、そのプロセスをはしょって、地方への移住を先行させても長続きはしない。
人がそれぞれの好みに応じて住居を選ぶ自由は、当然尊重されなければならない。テレワーク移住もその一つだ。地方自治体が、自己努力として移住支援金を出すのは自由である。しかし、国が国民の税金の一部をテレワーク移住に分配することに、どれほどの合理的な理屈と効果があるか。
テレワーク移住のような単発のエピソードを人口移動全体に当てはめ、政策として仕立て上げることには、慎重でなければならない。
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