山田厚史(やまだ・あつし)
ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。
この1か月、日本の政治は大きく動いた。
参院選で自民は圧勝。元首相・安倍晋三の「暗殺」が押し上げた。これから3年間、国政選挙はない。世論を気にせず策を打てる「黄金の3年」を岸田政権は手にした、といわれる。
安倍の「非業の死」は、岸田に「ほろ苦い幸運」をもたらした。政権運営の重しとなっていた「目の上のタンコブ」が消えた。
事件の背後に、「世界平和統一家庭連合(旧統一教会)」があったことは好都合だった。保守派の牙城(がじょう)・清和会を弱体化する好機が巡ってきた。
◆旧統一教会との関係は議員に丸投げ
米ニューヨークの国連本部での核不拡散条約(NPT)の再検討会議に出発する前、岸田は「ぶら下がり会見」に応じ、自民党と旧統一教会の関係について、こう述べた。
「国民の皆様の関心が高いので丁寧な説明を果たしていくことが大事だ」「社会的に問題になっている団体との関係は政治家の立場からそれぞれ丁寧に説明していくことは大事だ」
視線の定まらない表情で、しどろもどろ。用意した言葉をまさぐるように「丁寧な説明」と何度も繰り返した。
旧統一教会と政治の関係は、党との関わりではなく、関係した議員個人の問題、と言いたいらしい。
茂木自民党幹事長も「調べたところ党として関係は一切なかった」と、議員個人の問題であることを強調した。
岸田首相は「政治家の立場からそれぞれ丁寧に」と、説明責任を議員個人に丸投げした。
政治記者はこう解説する。
「これは『清和会つぶし』です。旧統一教会と深い関わりがあるのは安倍派の牙城・清和会を核とする保守派議員たちですから。その人たちの問題、つまり清和会が悪い、と言っている」
◆旧統一教会との関係が指摘される清和会の重鎮たち
細田博之衆院議長が旧統一教会関連団体の会合に出席して韓鶴子(ハンハクチャ)総裁(創始者文鮮明の妻)を持ち上げ、「このことは安倍首相に報告いたします」と喜色満面であいさつした映像がTBSニュースで流された。細田は、安倍が首相になり派閥を離れている間、清和会会長を引き受けていた。式典のあいさつは、安倍首相の名代を印象づけた。
安倍の実弟・岸信夫防衛相、末松信介文科相、萩生田光一経産相など、旧統一教会との関わりが指摘された閣僚は清和会の重鎮だ。
注目されるのが下村博文・前党政調会長の去就。安倍亡きあと清和会会長に意欲を示しているが、旧統一教会と関係が深い議員の一人である。文部科学省が、統一教会(世界基督教統一神霊協会)が今の「世界平和統一家庭連合」へと名称変更した時の文科相でもある。統一教会は、1997年から名称変更を文科省に働きかけていたが、霊感商法などが問題になっていたことから、同省は「活動実態が変わらないまま名称の変更には応じられない」と拒否を貫いてきた。
ところが、第2次安倍政権で文科相になった下村(2012年12月~15年10月)が退任する直前、文科省は申請を受理し、名称変更が実現した。宗教団体の名称変更は、大臣が関与することではなく事務レベルで判断される事柄だが、この時は申請受付の前後に大臣に報告が上げられていた。
清和会は議員96人(衆59参37)を擁する最大派閥で、岸田首相の率いる宏池会(43人=衆33参10)の2倍を超える勢力だ。弱小派閥である岸田派は麻生派や茂木派の応援を得て政権を維持しているが、最大派閥清和会を無視できない。党内リベラルとされる岸田派(宏池会)は、保守派の清和会とは財政運営・安全保障・ジェンダー問題など微妙に食い違い、首相は譲歩を迫られてきた。
保守派を束ねてきたのが安倍元首相だったが、後継者をつくってこなかった。亡き後の保守派には、リーダーはいない。
◆岸田には「反転攻勢への好機」
「非業の死」だったのに、事件の背景がわかってくると安倍と旧統一教会の近さに世間は驚いた。政治家を広告塔にすることで信者の結束や行政への働きかけを有利にする旧統一教会の魂胆も丸見えになった。
岸田政権は「旧統一教会は自民党の問題ではなく、清和会の身から出た錆(さび)」という方向づけを狙っている。
2012年に政権に復帰して以来、自民党は「清和会支配」だった。議員は権力を求めて党内与党になびく。安倍のライバルだった石破茂率いる派閥「水月会」は、メンバーがどんどん減り、派閥から脱落したほどだ。保守本流とされてきた宏池会も弱小派閥へと追い込まれていた。
岸田政権は誕生したものの、派閥会長に復帰した安倍に逆らえず、人事や財政などで政権基盤の脆弱(ぜいじゃく)性が指摘されていた。
その安倍がいなくなっただけでなく、旧統一教会の闇に光が当たったことは岸田にとって「反転攻勢に打って出る好機」となった。
清和会は、集団指導体制となり、塩谷立(党財務委員長)と下村が会長代理に就任したが、求心力に乏しく、世耕弘成(参議院会長)、稲田朋美(事務局長)、西村康稔(事務総長)、萩生田光一(経産相)、福田達夫(総務会長)などが虎視眈々(こしたんたん)と出番をうかがっている。
塩谷が会長代行となったのは当選回数10回で最多であるから。事実上のトップは下村だ。だが「旧統一教会の名称変更に関わったことが露見するのは時間の問題」と見られている。官僚OBはこう指摘する。
「役所は政策変更などを大臣に報告する時、必ずやり取りしたメモを内部文書として残す。下村さんが旧統一教会の名称変更に関与したなら、いずれ文書が出てくるのではないか」
政治記者は言う。「下村氏は保守派の代表格、岸田政権は守る気はなく、自滅すれば清和会の弱体化に拍車がかかる」
岸田周辺は、「目端(めはし)が利く政治家は新しい権力になびく」と見ているという。
◆主導権を奪還する内戦
派閥は、権力を取るための集団だ。思想信条をともにする仲間ではない。清和会は政権派閥だったから大所帯になった。ここにいては権力に近づけないとなれば、求心力は一気に低下する。「清和会は草刈場だ」と永田町で言われるようになった。
参院選で大勝し、自民党は緩んでいる。野党は怖くない。政敵は党内。自民党は、大きくなると内部抗争を繰り返してきた。
首相になっても安倍の影響下にあった岸田が、主導権を奪還する内戦、と言われるが、日本は今、そんなことをやっている時だろうか。
ウクライナの緊張は台湾海峡に飛び火した。台湾支援は大事だが、中国の制止を振り切って米国の下院議長が台湾に乗り込む時なのか。強行したことで米中関係はさらに険悪化し、日本も巻き込まれ、8月4日にカンボジアのプノンペンで開催予定だった日中外相会談が中止となった。9月に国交正常化50周年を迎える日中関係もおかしくなってきた。
国内は、目を覆うばかりの物価高。金融も財政も危機的状況となっている。
内外とも、即効的な処方箋(せん)などない深刻な状況だ。自民党の「内戦」は、政治が立ち向かわなければならない課題から目を背け、政治家が現状から逃避している情けない姿に映る。岸田文雄は党内覇権を握ったあと、どんな政治をしたいのか。見えないのが悲しい。(文中敬称略)
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