山田厚史(やまだ・あつし)
ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。
11月10日付の朝刊各紙に「防衛費財源、増税論が大勢 有識者会議」(日経)と伝える記事が一斉に載った。「増税論が大勢」(共同)、「増税を念頭に」(産経)、「復興増税を参考に」(朝日)――。首相官邸で9日開かれた「国力としての防衛力を総合的に考える有識者会議」の議論を伝えた記事。岸田首相の肝いりで始まり、安保情勢の変化に伴う防衛力の強化をどのような観点から進めればいいか、「有識者」の声を聞く会議という位置付けだ。
◆ついに浮上した増税
3回目の会合となったこの日は、防衛予算を膨らますための財源が話し合われた。有識者の大勢が「防衛費増額は増税で賄う」という方向にお墨付きを与えた、というのは驚きである。
防衛力増強を求める声は自民党から上がり、「5年間で防衛予算を倍に」という威勢のいい主張が繰り返されている。5兆円規模の防衛費を10兆円の水準にのせたい防衛族議員だが、立ちはだかるのが財源の壁だった。
「防衛費はGDP(国内総生産)の1%」を目安にしてきたのに、急に倍増と言われても、そんな財源はどこのあるのか、と財務省は慎重だった。
自民党有志議員の集まり「保守団結の会」は8日、「当面は国債発行で」との方針を確認、増税など面倒な課題は「景気回復後に議論する」と先送りした。
そんな中で有識者会議が「増税」を打ち出したのだから穏やかではない。
「岸田政権はいよいよ増税に動き出した」という観測が広がった。「国政選挙がない『黄金の3年間』を足場に増税に打って出る」という見方は以前からあった。
増税を提唱した有識者会議とはどんな顔ぶれなのか。首相官邸のホームページにある資料によると、委員は以下の10人。
上山隆大(総合科学技術・イノベーション会議議員)▽翁百合(日本総研理事長)▽喜多恒雄(日経新聞顧問)▽國部毅(三井住友フィナンシャルグループ会長)▽黒江哲郎(三井住友海上火災保険会社顧問)▽佐々江賢一郎(日本国際問題研究所理事長)▽中西寛(京大大学院教授)▽橋本和仁(科学技術振興機構理事長)▽船橋洋一(国際文化会館グローバルカウンシル理事長)▽山口寿一(読売新聞グループ本社社長)
10人のうち官僚0Bが3人(元駐米大使の佐々江、防衛事務次官の黒江、日銀出身の翁)、学者が3人(上山、中西、橋本)、メアディア関係3人(喜多、山口、朝日新聞の論説主幹だった船橋)、金融関係から1人(國部)という構成だ。
官僚に言わせれば、審議会や有識者会議は「人選で方向が決まる」という。というより、「方向(結論)に合わせて顔ぶれを決める」というのが鉄則だ。
◆財務省主導で取り仕切り
「国力としての防衛力を総合的に考える有識者会議」の事務局は内閣官房(俗称、首相官邸)にあり、官房副長官補室という部署が担当している。官房副長官を補佐する「官房副長官補」(定員3人・事務次官級ポスト)は、外務、財務などの有力省庁から送り込まれている。
今回の有識者会議を担当する藤井健志副長官補は財務省出身。主計局次長、国税庁長官を歴任したやり手である。開成高校では岸田首相の後輩で、「岸田対策」として財務省が送り込んだとされ、いまや首相側近だ。
自民党の「保守団結の会」など積極財政派を抑えるには「健全財政」に理解のある宏池会の岸田を応援するという財務省に戦略が、「国力有識者会議」に結実したと見られる。
人選を見れば、財務省の意図が読み取れる。唯一の女性委員である翁は、財務省の財政制度等審議会で財政投融資分科会の会長で、健全財政には理解がある。座長の佐々江は外交を重視する穏健派。メディアを巻き込むのは財務省の得意技で、日経の喜多は財政・金融記者の経験が長く、読売の山口は国税庁担当として頭角を現した記者だった。
◆SMBC日興で処分を受けた会長が
経済界からは、経団連ルートでなく銀行経営者の國部が選ばれた。住友銀行のころ、MOF担(大蔵省との連絡係)を務め、出世街道に乗った。
ところが、國部に重大な問題が起きた。子会社のSMBC日興証券が、相場操縦という証券会社にとって最悪な不正行為で荒稼ぎしていたことがわかり、11月4日に「報酬3カ月減額」という処分を受けた。子会社の不祥事ではあるが、親会社の銀行と一体となった違反があったと金融庁から厳しい指導を受けた。普通であれば、有識者会議の委員を辞任するに値する処分だが、國部は9日の会合に出席した。
ファイナンシャルグループの経営をしくじり、金融当局が推進する「銀行・証券の業務分離」をないがしろにした責任を棚上げにし、委員を続けるという感覚はいかがなものか。財務省は「増税」という大仕事を前に、理解のある國部を大目に見たということだろう。
「人選を固めれば8割が終わった」とされる有識者会合だが、次に大事なのが委員への「事前の振り付け」だ。委員の一言が政策の方向づけを左右する。
会議は概ね1時間だが、政府側の主張をまとめた「資料」が配られ、その説明でほとんどの時間が費やされる。委員の発言は1人2分ずつしゃべっても20分かかる。1~2分の発言時間で、事務方の期待に沿った発言をしてもらいたい。
「増税が大勢」という取りまとめが行われた9日の有識者会議を内閣官房のページで確認すると、議論は「総合的な防衛力強化に何が必要か」「そのための財源はどうする」の2点が軸になった。
冒頭、佐々江座長が「論点整理」として、議論してもらいたいポイントをA4用紙 9枚にわたり説明した。次いで官房長官から「強化に向けての取り組み」として科学技術・インフラ・官民の協力体制などの必要性を述べた5枚の説明があった。このあと財務省から、この日の眼目である「財源確保の考え方」(3枚)の説明があり、増税の必要性が述べられた。
さらに、折木良一元統合幕僚長が「真に戦える自衛隊にするために何が必要か」という防衛力増強の資料(7枚)、次いで佐藤雄二元海上保安庁長官が海保としての活動を述べた4枚の資料が説明された。
委員が議論する時間などどこにあるのか、と思うほどの「資料説明」に埋まった議事である。
会議は、冒頭の写真撮影だけ許される非公開。終了すると、事務方の審議官が記者クラブに「発言要旨」を説明する。「記者ブリーフ」と呼ばれるこの説明がくせ者だ。事務局の意図に沿った説明がなされ、翌日の記事なる。
事前の振り付けで発言を誘導しても、必ずしも委員がその通りに発言するとは限らない。取りまとめで事務局側の編集が加えられ、都合のいい説明になる。
国民にとって、防衛力は大事だとしても、教育や社会保障も重要だ。どう優先順位をつけるかが政治の課題だが、有識者会議の議論は「防衛力増強は必要」という大前提で進んでいる。その費用を国債で賄うか、増税に踏み込むか、ということが焦点となっている。
10人の有識者の声を聞く前に、国民に問いかけることが大事ではないのか。こうした議論をするために国会があるのではないか。
国会は軽視され、役人が選んだ有識者が密室で議論し、役人が都合よくまとめる。そうやって「国家の大方針」が決まる日本は、民主国家なのだろうか。(文中、敬称略)
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