内村 治(うちむら・おさむ)
オーストラリアおよびアジアで大手国際会計事務所の日系サービス統括や、中国ファームで経営執行役などを含め30年近く幹部を務めた。現在は中国・深圳の会計事務所の顧問などを務めている。オーストラリア勅許会計士、「みんなの大学校」教員、外国人向け日本語教師。
安全保障関連3文書決定(2022年12月16日)とともに、それにかかわる防衛費総額に繋(つな)がる増税論議が国内を騒がせている。岸田政権は安全保障関連3文書を閣議決定し、今後10年間の「国家安全保障戦略」、「国家防衛戦略」(現・防衛計画の大綱)などを決めた。また、2023年度から5年間の防衛費を総額で「43兆円程度」とし、19~23年度の5年間の総額と比して1.5倍以上の増額で、GDP(国内総生産)比では約1%から2%に増額するとしている。この財源として毎年4兆円規模が必要だとしていて、かなりの部分は歳出削減や一般会計の決算剰余金が充てられるが、不足すると予想される1兆円強の財源について、岸田首相は「安定的な財源で確保すべきであると考えた」と述べ、増税に理解を求めた。
これを受けて自民、公明両党は23年度の与党税制改正大綱を発表。この中で増税の財源については法人税、復興特別所得税、たばこ税の三つの税目で1兆円強を捻出(ねんしゅつ)するとした。ただし、「拙速」とされる決定への不満が与党の一部からもあることから増税のタイミングについて与党でまだ結論が出ておらず、12月23日に閣議決定された税制改正大綱では「24年以降の適切な時期」との表現にとどまった。
日本の法人税は、資本金1億円以上の約1万7千社の法人数で法人税総額の50%以上を賄っているといわれているが、財務省によれば、法人税率は1980年代には基本税率が43.3%だったものが現在では23.2%まで下げられてきている。今回の与党税制改正大綱では、この税率は変更せず、納税予定額について追加的に「付加税」として特例分を足すという形で4~4.5%上乗せするというものである。ただし、中小企業対策として納税予定額のうち500万円を控除するとしている。他国との比較で法人税増額措置は企業の負担率が過度に高くなることで企業の競争力を削ぎかねないという懸念も一部から出ている。
所得税については、2013年から37年までの25年間の予定で追加課税されてきた東日本大震災からの復興特別所得税の基準所得税額について上乗せ税率として2.1%がある。そのうちの1%を引き下げる代わりに1%の付加税を防衛費増額のために新設するというものである。
◆たばこ税という「悪行税」
筆者が注目するのは、三つ目のたばこ税の増税である。詳細はまだ決まっていないが、自民党税制調査会小委員会の試案によると、増税で捻出する1兆円強の内訳について、2027年度に法人税で7千億~8千億円程度、所得税とたばこ税で各2千億円程度を工面する見通しだ。
たばこ税は、2018年から3段階でたばこ1本当たり1円ずつ計3円(1箱につき60円)引き上げられてきた。更に、今回の防衛費増額によって将来1本当たり3円相当の増税となるとしている。たばこに関しては元々、国税だけでなく地方たばこ税(道府県及び市町村)も課され、そのうえに消費税が課されるという複合的な課税の対象である。愛煙家の目線で言えば、たばこ1箱を購入するとその60%以上が税金で負担は大きい。ただし、これは日本だけではなく、米国、英国やフランスなどでも高課税プラス高価格となっている。オーストラリアのたばこも同様で、紙巻きたばこの値段は世界一高いといわれている。例えば、フィリップモリス社の人気ブランドのマールボロは25本入りで44.95豪ドル(2022年12月時点の1豪ドル=約90円の換算で1箱約4045円)という、とてつもない高価格となっている。
この背景としては、たばこ税はSin Tax(悪行税、罪税など意味)の一つであり、人体や社会にとって悪影響を及ぼし得るものについての消費に関する税金ということである。その他の悪行税の例としては酒、麻薬、糖類製品、ギャンブル、ポルノなどがある。増税によってこれらの商品の消費が落ちることで結果的に、個人の健康や社会に寄与するという名分もある。世界保健機関(WHO)もたばこに関する税金を引き上げて低所得層や若者を喫煙からなるべく遠ざけるよう推奨している。また、増税分を目的税として、社会や経済的な目的を達成するために支出できるという点も重要なポイントである。例えば、スウェーデンではギャンブル依存症などの課題の対策資金に充てられている。
税収増のためのたばこ税率引き上げによるたばこの値上げが、需要にどのような影響を及ぼすかだが、JT(日本たばこ産業)によると、日本の2018年の喫煙者数は約1400万人と推定されている。22年現在、喫煙者数は少なくなっていても多くなっているとは思えない。1990年代半ばには約3500億本あったたばこの販売数量は2020年には1000億本を下回っているが、税収自体は値上げもあってほとんど変動なく90年代から数%しか減少していない。
この理由としては、喫煙はある程度常習性があるといわれ値上がりしても短期的に需要が落ちても一定の時間が経つと需要は戻る、つまり価格の弾力性が小さいため値上げをしても需要はあまり変化しないという面もある(ただ、たばこに対する健康意識や経済的な負担が進んだことで年単位では自発的な禁煙も当然増えている)。
一方、2014年から加熱式たばこが普及し(18年時点で加熱式たばこの割合は喫煙者全体の20%超)、消費が従来の紙巻きたばこから加熱式たばこに移り、その影響が考慮され5年間の段階的見直しで2022年までに同じ税率が課されている。
ただし、たばこ税を含む悪行税は低所得層などに対しての逆進性(簡単に言えば、税率が上がると低所得層は高所得層よりも負担割合が増える現象)があるため、低所得層にとっては不公平となり得るという指摘もある。また、喫煙当事者の支払い能力の有無を問わず課されるということでの不合理性もある。
更に、たばこ税を含む悪行税によって生じる税収をどのように使うかも課題といえる。例えば、政府が増税しやすいという理由だけで悪行税が安易に導入されたり増税されたりすることは、一度立ち止まって考えてみる必要があるだろう。また、悪行税の課税によってその商品の価格が高くなりすぎたりすると、闇市場などの違法市場に流れたりする点や、代替品との混合などで粗悪品が横行する恐れも考えられよう。
◆NZの紙たばこ禁止法案
報道によると、ニュージーランド(NZ)議会は2009年以降に生まれた人への紙たばこの販売を恒久的に禁止する法案を22年12月13日、賛成多数で可決した。電子たばこや加熱式たばこは条件付きで認めるとしているが、国家レベルでのたばこ販売禁止は世界初とみられる。
WHOによれば、NZの喫煙率は20年で約13%、たばこの値上げなどを通じてこの10年間で喫煙率は下がってきたものの下げ止まりを見せており、特に低所得層に喫煙者が多い現状を変えていこうという革新的な法案である。当然、たばこの闇市場対策として厳格な取り締まりが行われるはずだ。
著者は20年以上前に禁煙したが、日本のたばこ税増税の動きとNZの若年層に対する紙たばこ販売禁止法案が今後どのように進展し、どんな結果になるか大変興味深く注目している。
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