引地達也(ひきち・たつや)
特別支援が必要な方の学びの場、みんなの大学校学長、博士(新聞学)。精神科系ポータルサイト「サイキュレ」編集委員。一般財団法人発達支援研究所客員研究員、法定外見晴台学園大学客員教授。
◆手のひらからの言葉
埼玉県郊外の静かな住宅街で私はその学生に初めて対面した。オンラインでは何人かの参加者の一人として画面越しでの関係性は始まっていたが、直接会うのは心が躍る。
その感動にひたりながら、私は言葉と表情でその心の高鳴りを伝え、彼は自宅のベッドの上で管をつながれたからだの目のまばたきと、微動する指で母親の手のひらに「言葉」を伝え、母親が言葉にして私に伝えた。
特別支援学校高等部を3月に卒業する彼に、今後一緒に「みんなの大学校」で学ぶかの問いかけに、彼は母親の手のひらからこう言葉を発した。
「先生には勇気がありますか?」。
重度障がい者に向けて「学び」を一緒という思いで対話してきた中で、初めて私に求められた「勇気」に心が震えた。「一緒に」と呼びかけながら、彼・彼女らが勇気を持って挑んだ学びには「勇気」があった。その発見に、私は彼に「もちろんあるよ」と言いながら、その行動の在り方を考えている。
◆音楽講義で歌詞提示
要支援者への学びについては、本稿でも紹介してきたように本年度、私の担当としては重度障がい者がオンラインで一緒に学べる「おんがくでつながろう」講義と、数か所の福祉サービス事業所をつないだ「メディア論」講義を、1年を通じて実践している。
音楽では特に重度障がいのある方々を結び、学びの形を作ろうとする試みでもあり、年間30回の講義のほか、当事者に企画委員になってもらい、学びたいことを形にするオープンキャンパスも行ってきた。「勇気」を語ったその当事者はこのオープンキャンパスに参加し、参加者で歌を作るワークショップでいくつかの歌詞のフレーズを出し、次回のオープンキャンパスで発表する歌の作詞者として名を連ねることになった。
この歌詞の確認とともに高等部卒業後の学びをどうするかを話し合うために、この日私は訪問した。
◆相互関係が基本
「僕の言葉は母が手を取ってくれて伝えることしかできません。この方法しかできないのですが、僕の言葉が世の中に受け取っていただけるのか正直、不安です」。
今後、学ぶ上で、その学びはほかの障がい者や新しい社会につながるものにするという「みんなの大学校」の考え方を説明すると、彼からはこんな応えが返ってきた。
「でも(ほかの人を)巻き込んででも、伝えたい言葉があるのは確かです。(学ぶことについて)母を説得する役割は任せてください。世の中を説得するのに先生には勇気はありますか?」。
自分の言葉がストレートに伝わらない現実をどう動かせばよいだろう。彼は「僕のことを知ってもらう機会があっても、一方的な感じがするのはあまり好きではありません」と話し、それを解消するためにも支援者のことを「背景や思いを教えてもらえたらといつも思っています」と言う。
支援者と要支援者の相互関係が彼にとって良い関係であり、それが出発点であろう。
◆お互いさらけだして
「お互いがさらけ出せるものはさらけ出しながら、関係性をつかめていければいいと思うので、先生のことも少し教えてもらう時間をそのうちとっていただけますか?」。
彼の発した「勇気」は具体的に踏み込んだ相互理解という前提もあり、具体的にはお互いを知りながら、信頼関係を得て学びを進めていくことになるが、それは大きな勇気を持って臨むことを今回、私は自分の使命にしようと思う。一方的なコミュニケーションの上で成立する学びや支援ではない、新しい世界を自覚的に勇気を持って切り開いていく。
大きな課題をもらったが、真剣に臨むことできっと「みんなの大学校」に集う人たちの笑顔に結びつき、当事者の学びにつながると信じている。
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