п»ї 日銀総裁は貧乏くじ?雨宮副総裁は火中の栗を拾うのか『山田厚史の地球は丸くない』第231回 | ニュース屋台村

日銀総裁は貧乏くじ?
雨宮副総裁は火中の栗を拾うのか
『山田厚史の地球は丸くない』第231回

2月 10日 2023年 経済

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

日銀の黒田総裁の後任人事が大詰めを迎えている。日本経済新聞(2月6日付電子版、7日付紙媒体)に「雨宮副総裁に打診」という記事が載った。いつ、だれが、どのように打診したか具体的な事実は書かれていないが、岸田首相に近い人が雨宮氏に意向を聞いた、いう。どんな反応だったのかも書かれていない。

こういう曖昧(あいまい)な記事は「観測気球」と呼ばれる。「次の総裁は雨宮正佳副総裁ということに異論ある方はいますか」と、関係者に探りを入れる政治的リークである。反応によっては候補者を差し替える。政治の世界では珍しいことではない。

◆「餅は餅屋」で「尻拭い」役に?

で、反応はといえば「サプライズが全くない無難な選択」というのが大方の受け止め方のようだ。「貧乏くじは雨宮さんに引いてもらう、ということ」という醒(さ)めた見方さえある。実は、日銀総裁は候補者難だという。

なぜか。次期総裁の仕事は「黒田日銀10年」でたまった「負の遺産の大掃除」だから。「だれがやっても難しい。喜んでやる人はまずいない」。日銀・財務省の周辺でそんなふうに囁(ささや)かれている。

「負の遺産の大掃除」は、業界言葉で「出口戦略」という。黒田日銀が10年続けてきた「金融超緩和」から抜け出す道筋をつけることを指すのだが、明快な戦略を掲げる人はいない。

世界の中央銀行は金融緩和に終止符を打ち、政策金利の引き上げへの舵(かじ)を切った。物価の上昇を止めるため、景気を多少冷やしてでも市場に出回るカネの量を抑制する。日本はそれができない。黒田総裁は「デフレから脱却はしたものの、賃金上昇を伴うような物価高は起きていない」と言う。景気が心配だから金利を上げられない、ということだが、実はもっと深刻なことがある。金利の反転上昇で起こる混乱が心配なのだ。

後のことを考えず、ひたすら日銀が国債を買いまくってきたこの10年の金融緩和による歪(ひず)みはあまりにも大きい。「異次元の金融緩和」に慣れ切った日本経済が、金融を引き締めに転じたら、「国債バブル」の崩壊や急激な円安など、不測の事態が起きかねない。次期総裁が本気で出口戦略に取り組めば、日本経済は未体験ゾーンに踏み込む。そんな勇気がある人物はいるのか、というわけだ。

日銀総裁は名誉ある仕事だが、今度ばかりはリスクが大きすぎる。火中の栗を拾う人はいないという。

「餅は餅屋に任せるしかない」ということで、雨宮氏に白羽の矢が立った。日銀で歴代総裁に仕え実務を知り尽くしている。黒田総裁の下では政策担当理事、副総裁を務め、国債・株の買い上げ、マイナス金利導入、長期金利の封じ込めなど「前代未聞」とされる荒技を立案してきた。だったら「尻拭い」もお願いしよう、ということである。

◆異次元緩和で財政や企業まで「ゆでガエル状態」に

黒田総裁は「2年で物価を2%上げる、そのためにこれまでやったことがないような金融緩和をする」という方針を打ち出し、補佐役として実務を担ったのが雨宮氏だった。

しかし、結果は失敗。2年経っても物価は上がらず、ウクライナで戦争が起きてから一気にインフレが広がった。目標だった2%の物価上昇はあっけなく突き抜けてしまったが、金融引き締めはできない。

黒田日銀の負の遺産は、財政の国債依存を極限まで高めたことだ。緩和マネーを吐き出すために日銀は国債を買いまくり、5835兆円の国債が日銀の金庫にたまっている。政府の借金の半分以上を日銀が引き受けている。おかげで、政治家は財源の心配なく予算を組める。最近目立つバラマキや5年で43兆円という途方もない軍事(防衛)費も日銀が気前よく国債を買うから、財源の心配はない。不人気な増税も避けられる。だが、金利が上昇したらどうなるのか。

今はほぼゼロ金利で借金ができるが、金利が付けば財政負担は重くなる。金融が正常化して2−3%になれば、利払い負担で財政は行き詰まるだろう。今のゼロ金利は日銀が国債を買いまくっているから可能だが、日銀がため込んだ国債を市場で売れば、金利は上がり、国債価格の暴落さえ起こりかねない。

出口戦略を考えようにも、日銀はため込んだ国債を売るに売れない。そのまま保有すれば、金利上昇で国債の価格は下がるので日銀は膨大な含み損を抱えることになり、債務超過が現実味を増す。

国債だけでない。株価も危うい。日銀が上場株を買い支えてきたからだ。出口戦略で日銀が保有株を売れば、こちらでも急落が起こりかねない。

金融の潮目が変わり、超緩和はいつまでも続けられなくなり、市場では「次の総裁の仕事は金融政策の正常化」と言われるようになった。言うのは簡単だが、正常化のさじ加減を誤れば、国債バブルの破裂や価値以上に引き上げてきた株価を下落させる恐れがある。

黒田総裁の前任である白川方明(まさあき)氏は「金融緩和が長期化すると、それを前提に、政府や企業、家計の行動が変わります。経済の新陳代謝の遅れや財政規律の低下も、そうした行動変化と無関係ではありません」と述べている(朝日新聞1月31日付オピニオン欄)。黒田日銀10年の異次元緩和が財政や企業まで「ゆでガエル状態」にしてしまったという指摘である。

◆同情論と責任論が交錯

「雨宮さんは黒田総裁の異次元緩和を当初は疑問視していたと思う。しかし担当役員として総裁を補佐する以上、黒田さんの方針に沿って知恵を出すことに徹したのだと思う」

そんな同情の声が日銀内にある。その一方で「先頭に立って政策を担った責任は免れない」という意見もある。雨宮氏は自らが執った政策とその責任をどう考えているのだろうか。

安倍元首相の意向に沿って「異次元の金融緩和」という冒険に打って出た黒田総裁は、責任を取らずに去ってゆく。雨宮さんは覚悟して貧乏くじを引くのだろうか。

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