п»ї 追いつめられつつある? タイの日系企業 『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第245回 | ニュース屋台村

追いつめられつつある? タイの日系企業
『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第245回

7月 14日 2023年 経済

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小澤 仁(おざわ・ひとし)

oバンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住25年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。

タイで活動する日系企業の業況感が芳しくない。私は半年に一度の割合で、タイに進出している日系企業の生きた景況感をこの「ニュース屋台村」でお伝えしている。私たちバンコック銀行では、在タイ日系企業5800企業のうち約4000社のお客様に日本人部員30人が日常的にコンタクトさせていただいている。こうしたお客様訪問で得た「生の情報」を、この「ニュース屋台村」で還元させていただいている。直近では2022年12月16日付(第231回「タイの街角経済-定点観測」)と、22年6月17日付(第220回「少しずつ活気を取り戻し始めた‐タイに戻って1週間」)に拙稿を掲載した。これらの記事を読み返してみても、タイの風景はこの1年でずいぶん変わってきたことがわかる。

怖がり屋のタイ人にして、マスクをつけている人の割合は街中で2~3割にまで減ってきたような気がする。バンコク市内の朝夕の渋滞は復活し、自動車通勤にはかなり時間がかかるようになってきた。私は毎朝6時前からアパートの周りや公園を散歩しているが、多くの人が公園でジョギングをしている。ショッピングセンターにも人が戻り、休日は歩いていてもぶつかりそうになるほどである。レストランもタイ人に人気あるお店は入り口で席待ちのお客様があふれ返っている。コロナ明けの1年前では考えられなかった光景である。急速に景気が改善しているように見えるタイ。ところが、そのタイにいる日系企業の業況感は良くないのである。いったい何が起こっているのであろうか?

◆日系自動車産業、国内販売の落ち込み深刻

タイの日系企業で最大の産業は言わずと知れた「自動車産業」である。いや、タイだけではない。日本全体で考えても、わが国の経済を牽引(けんいん)しているのは自動車産業だけになったと言っても過言ではない。もちろん建機やエアコンなど日本が世界のトップ企業となっている業種もある。しかし経済規模から考えて自動車産業の重要度はほかの産業と比較にならない。

ところが、タイの日系自動車産業の様子が芳しくないのである。コロナ禍による世界的な経済減速やコンテナ輸送の遅滞に起因する半導体の入手不足から、タイの自動車産業はこの3年間、不芳な状況にあった。しかしこのコロナ禍の3年の間に自動車産業でもゲームチェンジが起きたようである。今年に入り、日系自動車メーカーの生産台数見込みは下方修正の連続である。コロナ禍からの経済回復と半導体の調達不足が一巡したことから、今年は生産台数の大幅な回復が期待されていた。ところが、日系自動車産業から聞こえてくる声は悲観的なものである。

説明を聞くと、国内販売が落ち込んでいるという。インフレの進行に伴いタイ中銀もご多分に漏れず、市場金利を引き上げた。これに伴い自動車ローンの金利も引き上げられており「自動車購入層が買い控えを起こしている」という。また銀行・金融会社の自動車ローンの不良債権比率が上昇し「銀行・金融会社が自動車ローンの取り組みに慎重になっている」とも聞く。確かに私たちのお取引先にうかがっても「自動車ローンの延滞が増加している」ことは事実のようである。しかし日系自動車メーカーの不振はどうもそれだけではなさそうである。

今年に入ってからの自動車の国内販売台数を見てみよう。23年5月の自動車販売台数を見ると、6万5千台で昨年同月とほぼ同程度である。今年1~5月の累計販売台数は34万台で昨年同月の36万台に比べて2万台ほど減少している。ちなみに22年の年間自動車販売台数は85万台で、コロナ禍前の18年、19年の100万台超えと比較すると、国内販売台数がコロナ禍前に戻っていないことがわかる。

今年もこの調子でいくと80万台程度であろう。自動車関係の人が嘆いているように、自動車国内販売の不振は事実のようである。その理由に、金利の引き上げや自動車ローンの取り組み基準の厳格化が上がっているのも間違いない。

ところが、今年5月のメーカー別販売台数を細かく見ていくと、違った景色が見えてくる。22年5月の時点ではGWM(長城汽車)とMG(上海汽車)の2社しかなかった中国系自動車会社の売り上げが、今年は電気自動車世界最大手のBYD社とNETA(合衆新能源汽車)が加わり4社に増加した。この中国系4社の販売台数は8140台であり、販売シェアは実に12.5%にもなる。

一方で日系自動車メーカーの販売台数は前年対比マイナス10.4%となり、日系車メーカーのシェアは過去最低の75%に落ち込んだ。さらに7月に入り中国の格安EVメーカーである五菱汽車のウーリンがタイで販売を開始した。このほか、来年初めには長安汽車、奇端汽車もタイでのEV販売を発表しており、日系自動車メーカーを取り巻く環境はますます厳しくなってきている。

タイ自動車販売台数(2023年5月)

出所;タイ国トヨタ自動車 

◆自動車部品メーカーは生き残りへ判断の時

こうした状況でも日系自動車の関係者から聞こえてくるのは「エンジン自動車」(以下ICE)生き残りへの期待である。「EV車はそもそも発電段階で化石燃料を使う可能性が高く、CO2削減には役立たない」「エンジン車からEV車に全量置き換わるためには、バッテリーの材料となる鉱物資源が絶対的に不足している」「EV車の充電設備の設置が追い付かない」「タイは中東やアフリカへの自動車輸出拠点であるが、これらの地域は当面エンジン自動車しか売れない」などという理由で、依然としてエンジン自動車に固執している人が多い。

多分、これらの認識に間違いはないのであろう。ただ世界有数の自動車大国になった中国は、EV車を使って日本に経済戦争を仕掛けているのである。それは「正しいか、間違えているか」などと言う議論の話ではない。どちらが市場を奪うかと言う「勝ち負け」の世界なのである。

私たちのお客様である自動車部品メーカーの人たちも、身動きが取れない状況にある。稼ぎ頭であったタイの子会社には、過去からの利益が積み上がっている。本来こうした累積利益は、次世代への投資へとつぎ込まれなければならない。しかし実際にはほとんどの企業は新規投資に踏み切れずにいる。どちらに向かって投資を行ったらいいのかわからないのである。こんな中でタイに進出済みの中国系企業は積極的に部品調達先を探しており、私たちのお客様の所にもずいぶんと声がかかっているようである。自動車部品メーカーは自分たちの生き残りをかけて、自分自身で判断を下す時期に来ている。

◆日本食の飲食店業界は堅調

自動車産業についてかなりの行数を割いてしまった。当地で自動車に次ぐ重要産業と言えばエアコンが上がるだろう。エアコン業界は年初まで好調を保っていたが、ここにきて急速に落ち込んできている。北米向けの売り上げに急ブレーキがかかったからである。ニュースでも報道されているように、米国はインフレ退治のために急速に金利を引き上げている。さらにその副作用として中小の米国地方銀行が経営苦境に陥っている。これらの事情から米国の住宅着工件数が22年第一四半期をピークに落ち込んできている。これがタイのエアコン業界にも影響してきている。さらに地球の北半球に位置する国はすでに夏を迎え、エアコンの出荷時期の最盛期が過ぎてしまった。こうした季節調整要因も大きい。いずれにしても現在、エアコン業界からは威勢の良い声は聞こえてこない。

農業機器も同様にコロナ禍期の米国特需がはげ落ちてきている。米国ではコロナ禍で人々が家に閉じこもっていた時期、家庭菜園用に日本の農業機具が飛ぶように売れた時期があった。さらに農業機具の最大手であるクボタについては、インドでの新工場立ち上げ支援特需も一巡した。農業器具業界についてはある意味、巡航速度に戻ったと言った方が正しいのかもしれないが、関係者の間では「宴の後の寂しさ」が漂う。

唯一活況を呈している、と言っていいのが日本食の飲食店業界かもしれない。日本のように補助金が出なかったタイの飲食店業界はコロナ禍の3年間でずいぶん淘汰が進んだ。コロナ禍の苦境を乗り越えた店は「味の良さ」や「客層の良さ」など必ず強みがある。味覚の優れたタイ人たちはこうした店を求めて押しかけている。高級日本食レストランやすし専門店だけではない。街中で隠れたような焼肉店、うどん専門店、とんかつ屋、焼鳥屋など私のなじみの店では、席待ちのタイ人であふれかえっている。いくら親日国家とはいえ、ここまでの光景はコロナ禍前には見なかった。タイ人が「日本の食と文化」を強く支持してくれていることは、タイの日系企業の苦境の中で「せめてもの救い」に思えてくる。

※「ニュース屋台村」過去の関連記事は以下の通り

第231回「タイの街角経済―定点観測」(2022年12月16日付)

タイの街角経済―定点観測『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第231回

第220回「少しずつ活気を取り戻し始めた―タイに戻って1週間」(2022年6月17日付)

少しずつ活気を取り戻し始めた-タイに戻って1週間 『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第220回

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