п»ї 銀行員の基本的技術を習得するために「小澤塾」のノウハウ(下) 『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第250回 | ニュース屋台村

銀行員の基本的技術を習得するために
「小澤塾」のノウハウ(下)
『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第250回

9月 22日 2023年 経済

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小澤 仁(おざわ・ひとし)

oバンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住25年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。

バンコック銀行日系企業部には、新たに配属された新入行員向けの研修プログラムがある。通称「小澤塾」と呼ばれる研修プログラムで、早いもので開始以来12年になる。前回(第249回)、「小澤塾」の研修プログラムの構成をご紹介したが、以下に改めて記載させていただく。

【小澤塾の研修プログラム・概要】

①銀行商品(預金・貸し出し・CMS〈キャッシュ・マネジメント・システム=資金管理〉・外国為替・海外送金・クレジットカード・年金信託)の理解と融資(貸し出し)の基本的考え方の理解

②経営・マーケティング関連の本3冊の読書と講義での発表

③日本の地域分析を通した科学的手法の取得とそれに基づいた産業(半導体・自動車・飛行機・鉱山・漁業など)や世界の地域経済(アフリカ・中東・インドなど)の分析レポートの作成

前回はこのうち①と②について詳述した。今回は、日本人だけを対象にした③について説明する。

◆自分の出身自治体のことを知る

そもそもこのプログラムをスタートしたきっかけは、「地方銀行からの出向者が自分の出身地域について何も知らない」ということに気付いたからである。バンコック銀行への出向者を責めているわけではない。また、出向元の銀行本体にこうしたことを行員に教育する責任があるとも考えていない。すべての原因は、劣悪な日本の教育システムのせいである。現行の教育システムは地方の歴史、地理、文化、経済などに正面から向き合っていないからである。

10年前の日本では「地方創生」が声高に叫ばれ、地方自治体や地方銀行は「地方創生」の実行に向けて気合が入っていた。「観光振興」や「特産物の売り込み」「中小企業の海外進出支援」を名目に職員が大挙してタイに乗り込んできて、観光を楽しんで帰っていった。この時の様子については、拙稿第19回「中小企業海外進出支援策の摩訶不思議」(2014年4月11日付)で少し触れた。各自治体の施策は横並びで、かつ自分の出身地への理解も通り一遍のものなのである。これでは地方創生の実現など「夢のまた夢」である。こうした状況に鑑み、私はバンコック銀行に出向してくる地銀の行員に「夢の実現」を託し、出身自治体の特性の分析を指示した。ところが、「小澤塾」の研修生である彼らが提出してくるレポートを見ると、自治体資料の「コピペ」同然の内容だった。

私は最初のうちは、それらのレポートについて「なぜそうなるのか?」と彼らに繰り返し質問し、内容の深化を目指した。しかしさらに驚いたことは、私の質問に答える形で新事実を発見して改めて書き直してもらうと、レポートのまとまりがなくなってしまうことであった。彼らはそもそも、レポートを書いた経験などほとんどないようなのである。文章を書く技術についても、一から教えなくてはいけない。こうしたことから私は、③のレポートの作成方法について抜本的に変えることにした。

レポートを作成するうえで彼らに、「帰納法」と「演繹(えんえき)法」を習得してもらおうと考えたのだ。近代科学の基礎となった西洋哲学の分析手法は、長らく「帰納法」と「演繹法」だった。「帰納法」とは多くの標本から共通点のあるもの、もしくは相違点のあるものを比較・分類して「相関関係」を見いだすことである。一方、「演繹法」とは主に二者間で成立する「因果関係」を探し出す手法である。遺伝学や生化学など現代科学の最先端にあっても「帰納法」と「演繹法」の手法は極めて重要で、現在も実験の場で日常的に使われている。

ところが、社会人の多くはこうしたやり方を実践で経験したことがほとんど無い。ほぼ単一社会・単一言語・単一民族を形成してきた日本人は特に「帰納法」になじみが薄く、「比較言語学」や「比較人類学」などが社会科学の主流にならなかった。バンコック銀行に出向してきた彼らが、自分たちとは違った言語・文化・歴史を持ったタイ人と触れ、少しは自分自身を客体化してみる必要性に気が付いているはずである。

◆自分に向けて「なぜ?」を繰り返す

具体的には、自分の出身自治体の特徴的な属性(長所・短所など)が全国47都道府県の上位7位もしくは下位7位以内に入っている項目を100以上探して書き出してもらう。例えば、高校生の模試成績▽人口1万人当たりに医師数▽胃がん死亡率▽子供貧困率▽ミカンの生産額――など何でもよい。こうした標本を抽出する中で自分の出身地の特徴を初めて知ることになる。地方自治体の職員といえども、出身自治体の特徴を100項目以上挙げられる人は少ない。特に他の自治体より低位の悪い情報は人の耳には入りにくいのである。

次にこの100以上の標本から、上位もしくは下位に共通して入っている都道府県が五つの自治体以上(上位3自治体下位2自治体、あるいはその逆)ある項目を探し出してグルーピングし、こうしたグループを最低三つは見つけてもらう。この作業は意外に体力を使う作業である。エクセルの表計算機能(検索やソーティング)ではできない作業である。こうした作業を通じて「相関関係の何たるか」を理解してもらう。

続いて課しているのは、「相関関係」を「因果関係」に昇華させる作業である。上位下位5自治体のグルーピングから抽出した項目の特徴を洗い出し、ほかの項目と「原因・結果の関係がどのように成立するか」を考えるのである。例えば「人口当たり若者の多い県」と「人口当たり犯罪の多い県」が同じグループにあったとしよう。何となく「若者が多ければ犯罪率も高い」気もするが、これだけでは不十分である。各自治体の分析の際には調べなかったが、「年齢と犯罪率」の関係を調べて初めて「相関関係」が「因果関係」へと昇華されるのである。

「因果関係」を発見するうえで最も重要な手法は、「なぜ?」という疑問詞を繰り返し自分に向けて発することである。これが体得できなかった人たちは、このあとのレポートの作成でかなり苦労することになる。

◆出身自治体の歴史から見えてくるもの

出身自治体の分析では、歴史の勉強もしてもらう。出身自治体の特徴的属性の相関関係が「空間的帰納法」であるならば、歴史では「時間軸の因果関係」の調査を行うものである。これも、研修生たちの多くは、自治体が発行する「郷土の歴史」のようなテキストをコピペしてくる。しかし、これでは当然不十分である。出身自治体はどのようにして地理的に成立したのか? 日本誕生から150万年の歴史から、その地域の成立の過程と地質の特性などを把握する。こうした地質の特徴からどのような産業が発展してきたのかを見る。そもそも明治時代まで豊富に採掘された金や銀などの鉱物はどのように生成されるのか▽どのような条件の場所に鉱山ができるのか▽戦国時代に戦闘で活躍した古来種の馬はどこで生産・育成されたのか▽江戸時代に高価な貴重品であった口紅や染料の素となる紅花や藍はどのような地質と気候条件で栽培できるのか――などである。

さらに、その地域に生存していた先住民たちはどこから来た人なのかということについても考察してもらう。現在は遺伝学によってかなりのことが解明されている。従来のRNA解析からDNA解析が可能になったことによって新たな発見がある。ただし、「日本民族優越論」に真っ向から反するような論文は表に出てこない可能性もある。またこの領域は新しい科学であるため検証が不十分な可能性も高く、情報は注意して取り扱う必要がある。

いずれにしても出身自治体の先住民については、DNAだけでなく、遺跡や貝塚から出土する食糧の残骸によってからも分析でき、いろいろなことが分かってくるはずである。現在の歴史書の多くは「勝者」の側から見たものである。それは「勝者」の側の証拠が多く残されているからである。それを間違いだと否定する気はない。しかし歴史の解釈は人の数ほどあってもおかしくない。「地質学」「気象学」「遺伝学」など多くの学問を絡めながら地域の歴史を解明することによって見えてくることがある。

◆与信判断や営業支援に有効な知識を習得

「帰納法」と「演繹法」の考え方を習得した段階で、いよいよレポート作成の開始である。この段階に至るまでにおよそ3か月を要する。レポートのテーマは各自に任せているが、最近は半導体、航空機、通信、漁業など産業分析関連のものが多い。「日本の産業振興に少しでも役に立ちたい」という私の思いと、「研修生が出身母行に戻ってから使える知識の習得」の一挙両得を狙えるテーマである。

研修生たちはまず、産業の技術的知識の習得と業界知識の習得に努めなければならない。大卒者の場合、9割以上が文系を占めている銀行員は理系の知識に疎(うと)い。電気はどのように流れるのか▽コンピューターやインターネットの情報はどのように伝達されるのか▽エンジンの仕組みはどうなっているのか▽なぜ飛行機は飛ぶのか――などから勉強し直さなければならない。こうした知識が銀行員に必要なのかと言う同業者も多い。しかし私たちが直接面談するお客様はこうした業界の人たちであり、お客様の与信判断や営業支援していくうえで、こうした知識は極めて有効である。財務諸表をシステムに打ち込むだけの銀行員など、私に言わせれば「無用の長物」である。

次に、業界の基礎知識の習得とともに、20年にわたる業界の変遷、各国別の20年比較、主要企業の20年比較などの資料を集めてもらう。日本語のものは少なく、英語の資料を集めなければならない。こうして資料が集まってくると、その段階で「帰納法」と「演繹法」を使って自分なりの分析をしてもらう。この段階までに膨大な資料の山ができ上がっていないと、次の段階に進むことはできない。また、「なぜ」を使った分析の深掘りがされていないと、頓挫してしまう。

◆大学から「教材に使わせてほしい」という依頼も

ここまで準備をしたうえで、いよいよレポート作りのハイライトである。具体的には、以下の作業手順となる。

①まず「自分の気付き・発見」をリストアップする。研修生にとっては自分の知らないことはすべて「気付き・発見」になってしまう。しかしここで重要なのは、研修生自らが「帰納法」や「演繹法」を使って世間ではあまり語られていないことを発見することにある。もしここでその「気付き・発見」が世間一般のものの寄せ集めであれば、資料集めと比較分析を再度やってもらっている。

②次にこれらの「気付き・発見」をベースに、「自分の書きたいこと、もしくは書かなくてはいけないこと」を大項目・中項目でリストアップする。研修生は自分の調べたことを全部発表したがる。しかしそれでは読者が理解できる一貫した論理展開は生まれない。この段階で、研修生が調べた資料の2割ほどしか使わないことになる。一方で、レポートの論理展開を補強するために、新たな資料集めが必要になる。

③大項目・中項目がまとまった段階で、「図表・グラフ」→「説明文」といったレポートの形式にする。この段階で、「図」「表」「棒グラフ」「円グラフ」「線グラフ」の意味を考えさせて、読者が分かりやすい「図表・グラフ」に再構成する。自分が比較検討するための「図表・グラフ」と、読者に訴えかけるそれとは大きな違いがある。また、初稿段階ではほぼすべてで冗長な文章が多く、論文の枚数はA4の紙で軽く20枚を超えている。このため、徹底的に推敲(すいこう)して12、13枚にまとめるようにしてもらう。

こうしてようやくレポートの完成を見るのである。レポート作成作業にかかる日数は短い人で7か月弱、長い人では1年近い。研修生にとっては、長期間にわたり出口の見えない作業をするため、かなりの苦痛だろう。しかしそれを監督する私にとっても、1人で30本以上のレポートを添削しなければならない。かなりの忍耐を必要とする作業である。途中で投げ出したくなることは何度もあるが、なんとか最後までレポートを完成させるように指導している。手を抜かない指導こそが私の愛情だと思っているし、何よりも研修生がきちんとしたレポートを完成させることによって「成功体験」を持ってほしいと願っているからである。

「ニュース屋台村」には「小澤塾」の研修生が作成したレポートが定期的に掲載されている。掲載後、大学の教員や業界団体の人から「教材に使わせてほしい」という依頼も舞い込む。これらはすべて彼らの勲章になり、自信につながっていく。

◆AIに取って代わられることのない能力を生かす

最後に、私がなぜこの「小澤塾」の研修制度をやり続けているのか、について簡単に触れておきたい。拙稿第189回「AIと人間は何が違う?―AIを正しく恐れよう」(2021年3月12日付)と第190回「AI時代を生き抜くためにやるべきこと」(2021年3月26日付)でも述べているが、AI(人工知能)がいよいよ人間を凌駕(りょうが)する日が来ることも現実味を帯び始めてきた。

しかし一方で、人間の脳とAIではその構造に決定的な違いが存在する。それは「類型記憶」(たとえばリンゴを丸い、赤い、果物、甘いなどいくつかの類型の中に記憶させる方法)「因果関係を使った論理展開」「想像力」などである。AIは「個体記憶」「四則計算・統計・確率」「検索」はできるが人間はAIと能力を異にするのである。

「小澤塾」の研修生たちはこの研修プログラムによって、「AIが持ち合わせていない人間固有の能力を開発し深化せる」ことが可能になっている。こうした訓練を受けることによって「小澤塾」の卒業生はAI時代においても「AIに取って代わられることのない能力を生かすことができる」と大いに期待している。AI時代においても「小澤塾」の卒業生たちが立派に生き抜いていってほしいと真に熱望している。

※「ニュース屋台村」過去の関連記事は以下の通り

第19回「中小企業海外進出支援策の摩訶不思議」(2014年4月11日付)

中小企業海外進出支援策の摩訶不思議『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第19回

第189回「AIと人間は何が違う?―AIを正しく恐れよう」(21年3月12日付)

https://www.newsyataimura.com/ozawa-50/#more-11706

第190回「AI時代を生き抜くためにやるべきこと」(21年3月26日付)

https://www.newsyataimura.com/ozawa-51/#more-11745

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