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ブラックな職場? ブラックな社会?
『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第260回

2月 16日 2024年 経済

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小澤 仁(おざわ・ひとし)

oバンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住26年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。

私は人生70年生きてきて、唯一誇れるものがある。それは「人に会うことが好きで、色々な方たちと付き合っていること」である。「一期一会」を座右の銘として真剣に人と向き合ってきたからこそ、多彩な人脈を構築することができた。多くの知人・友人から教えてもらってきたことが、私の知識のすべてである。

私の同世代の大半は既に退職して悠々自適の生活を送っている。しかし、バンコック銀行のお取引先として交友を深めてきた人たちの中には、企業内で出世して経営を担っている人も多い。バンコクで知己を得た官僚の人たちは、年代もバラバラだが政府中枢で活躍している。提携銀行の経営陣の人たちとは日本、タイで年に2回ほどお会いして意見交換を重ねている。提携銀行からの出向者は今や私の子供より若い年齢である。こうした人たちから様々なことを聞くのも楽しい。

ここ数年、新たなシステム導入のためにお付き合いしているシステムプログラマーは齢30前後の若い人たちである。私が知らないAI(人工知能)のアプリの情報やその使い方などを教えてくれる。ベンチャー業界で起業を目指す若い人たちのサークルは、ある官僚の人から紹介を受けてお付き合いしている。バンコクの地で独立してたくましく生き抜いている実業家の人たちとの定例的な会合も楽しい。日本人だけではない。タイの政治家、官僚、実業家、学者などの人たちとも定期的にお会いして情報交換している。

もちろん、私の勤めるバンコック銀行も情報の宝庫である。他部門の人たちからは私の知らないタイの世界を教えてもらっている。私の知識の源泉はこうした人たちのつながりから生まれる。

◆トヨタだけではない企業の構造的な問題

いささか自慢話風になってしまったが、最近になって気になる話をよく聞く。

それは日本企業および日本社会のブラック化である。企業の不正問題や若者の早期退職などもこうしたブラック化の結果である。なぜこのような社会になってしまったのであろうか?

ここでいくつか私が気になる昨今のトラブルや問題を挙げてみよう。まず、新聞などマスコミで報じられたのが、「ダイハツの不正」問題である。軽自動車の雄でトヨタグループの一員であるダイハツ工業。このダイハツは2023年4月の内部告発により認証試験の不正が発覚した。その後の第三者委員会による調査結果(23年12月)では174件の不正が報告され、トヨタ自動車総帥の豊田章男会長が謝罪に追い込まれた。

トヨタグループでは、17年の富士重工(スバル)不正試験問題、21年9月のトヨタ販売店による不正車検問題、さらに22年3月の日野自動車エンジン不正問題、そして今回のダイハツによる不正認証試験問題と不祥事が立て続けに起こっている。ここまで立て続けに不祥事が起こっているのは、単純に一従業員の問題では片づけられないであろう。多くの関係者の人たちからは以下のようなご意見をいただいている。

①トヨタ自動車内で本部企画部門と現場の距離が遠くなり、現場を顧みない指示が下りてくる

②トヨタ本体の力が強くなり、関係会社への収益向上圧力が強まっている。実現不可能な開発計画が現場に課せられる

③トヨタの調達部門の力が弱くなり、トヨタ本体と部品会社の意思疎通がない。部品会社で製造が極めて難しい設計図が提示される

長らく「現場主義」を標榜(ひょうぼう)してきたトヨタからこうした声が出てくることはまことに驚きである。トヨタグループの一部の人たちからは「トヨタがマスコミのターゲットになっている」とのコメントもいただいた。

日本一の企業であるトヨタグループであるからこそ、世間の耳目を集めているのは間違いない。

ここでトヨタの名誉のために言うならば、こうした問題が起きているのはトヨタ1社だけの話ではない。トヨタなどとは比べ物にならないほど悪質と思われる「ビッグモーター保険金不正請求」や、水戸京成百貨店や鳴子観光ホテルで表面化した「コロナ助成金不正受給」など枚挙にいとまがない。

特に、各種政府補助金は不正の温床となっており、21年2月から23年12月までのコロナ関連雇用調整助成金などの不正受給は919件285億円に上っている(東京商工リサーチ調べ)。短期収益を上げることに血眼(ちまなこ)になり、本部企画部門が強くなりすぎた日本の大手民間企業の構造的な問題となっている。

◆志願者減と離職者増に直面する大手企業と中央省庁

大手民間企業や国家公務員から退職者が増加しているのも気になる現象である。より高い給料を求めて社会全体で労働の流動化が起こるのは悪い話ではない。しかし大手企業や国家公務員の就職志望者までが減少しているとなると、必ずしも良い話ばかりではないようである。

国家公務員や大手邦銀などでは就職後3年のうちに3、4割の退職者が出るのは当たり前のようである。また霞が関の省庁の中には東京大学出身者が採用できない事例まで出てきている。国家公務員の総合職試験の申込み者数は11年の2万7567人から22年の1万8295人と34%も落ち込んでいる。これまで日本国家の屋台骨を支えてきた霞が関の高級官僚の志願者数減少と大量離職は日本にとって大きな問題である。

霞が関の省庁には従来、長時間労働の職場との定評があった。もちろん、こうしたブラックな職場環境は大きな問題である。しかし霞が関の官僚の人たちからは「政治家の自己弁護のための国会答弁資料を書くのが主要業務になり、国に役立つ仕事ができず自分の勉強にもならない」という声を聞く。「なんのために働くのか?」。モチベーションを感じられなくなり、退職する若手のエリート官僚が多いようである。

しかし、こうした傾向は霞が関の高級官僚に限った話ではない。地方公務員も志願者が年々減少してきており、前述の大手邦銀からも同様の声を聞いている。

日本の大手銀行では一般的に、50歳を過ぎると役員候補を除いて銀行内の仕事を終えて外部に転出させられる。研究所やファイナンス会社など自行の関係会社に出向する人もいるが、銀行の取引先など外部に転出する人も多い。

この時、銀行員の給与は大きく下がる。一般的に銀行員の給与は世間相場に比べて極めて高い。しかしそれも30歳代から50歳前半までである。一個人にとって役職定年で給与が大幅に下がった後、モチベーションを維持するのは極めて難しい。

多くの銀行員にとって低い給与水準になった上、慣れない職場で第2の人生を送ることは容易ではない。最悪の事例では、転出したオーナー系中小企業で不正を強要されるケースも多いと聞く。こうした環境に耐えきれず精神疾患になったり出向元に戻ったりする事例もかなり多いようである。

◆「終身雇用制度」弊害あらわに

こうした日本の企業や社会のブラック化は何が原因なのであろうか?

まず考えられるのは、1997年ごろをピークにした日本人の生産年齢人口の減少である。この時期を境に、それまで日本社会が採用してきた「終身雇用制度」が少しずつ変質する。企業内に一つの資格しかなかったものが「上級職」「一般職」などと分化して給与体系に差が付き始める。終身雇用で人材の採用が難しくなった企業は、96年ごろから順次緩和された労働者派遣法に基づき、非正規雇用者の採用に積極的に乗り出す。

また、そもそも日本国内で若い働き手が減少しているため「技能実習生」の名目で外国人労働者も投入。さらに、定年延長により高齢者の労働力も確保した。

こうなってくると、「終身雇用制度」は一部のエリート企業人だけの制度に変質する。会社内にカースト制度ができ、一般の職務に従事する人のモチベーションは大きく落ちる。一生懸命働いても給与は増えず役職も上がらない。非正規雇用の人は景気の安全弁として使われ、正規採用もままならない。たとえ上級職であっても役員にでもならない限り55歳から60歳の間で役職定年を迎え、給与は大きく減らされる。にもかかわらず、仕事の量や内容は変わらず、あと10年その会社に勤めることになる。

◆何もしないことが一番の安全策?

「給与が下がったあとにどのようにモチベーションを保てばよいのであろうか?」。こうした切実な声を多く聞く。私たち戦後世代の人生ゲームは「終身雇用に守られた大企業に勤め、一戸建ての家を購入。定年間近にマイカーをトヨタクラウンに買い替え、定年を迎える」というものであった。こうした社会的幻想は1980年代終わりのバブル崩壊時期まで続いた。しかし日本型「終身雇用制度」が崩壊した後、戦後世代以降の人たちがモチベーションを維持して働ける人事雇用制度は見つかっていない。

これに決定的な追い打ちをかけたのが、ここ30年に及ぶ日本経済の停滞と実質賃金の引き下げである。以下、5年ごとの民間企業の平均給与の推移を見てみよう。

1990年463万円▽95年468万円▽2000年467万円▽05年455万円▽10年431万円▽15年420万円▽20年435万円▽22年458万円(厚生労働省の資料を元に筆者が一部追記)

驚くべきことに、この30年で国民の給与の受取額が減っているのである。上述の通り、22年の民間企業の平均給与額は90年のそれを下回っている。さらに、この数字を詳細にみると、20歳代は初任給の引き上げにより給与水準は上昇しているが、30歳代から50歳代は給与がかなり下がっている。

また、高齢化社会到来に伴う社会保険関連費用の負担の増加が著しい。いくら働いても生活が楽にならない。こうした「将来に夢が持てない社会」が来てしまった。こうなると経営職階を担う50歳代の人たちも「責任感を持って働く」動機が薄れても不思議ではない。経営を担う年代の人たちが夢やモチベーションが持てないとしたら、若い人たちがこうしたことを持つことなどできるわけがない。

さらに、コンプライアンス社会が人々のつながりを分断化し、無責任体制の実現に拍車をかけている。「法令順守」を組織内の魔女狩りに使う本社管理部門は大量のマニュアル本を作成し、社内規定を厳格化する。そもそも現実的に不可能な規定まで強要する。多くの会社で行われている「サービス残業」などはその一例であろう。

本社管理部門の人間はきれいごとで守るべき社内ルールを設定し、その履行を現場に迫る。セクハラやパワハラの認定を受けた人間は一発退場となり、閑職へ異動させられる。こうなると、現場の人間は自分の身を守るためリスクを取らなくなる。何もしないことが一番の安全策なのである。ここでも、人々は夢やモチベーションが持てなくなっているのである。

◆夢もモチベーションも持てない現実

多くの人たち話をうかがっていると、残念ながら「いまやこれが日本社会の実相である」と感じるのである。拙稿の前回第259回「NHKスペシャル『2024私たちの選択』が提起したもの」(2月2日付)で指摘した通り、NHKのAIは「日本の人事・給与制度の変革をすぐにでも変更しなければいけない」と提言した。ブラックな職場やブラックな社会では人々は夢もモチベーションも持てない。併せて、NHKのAIは私たちにこうも伝えている。「何もしなければ明日は確実に今日より悪くなる」。

※『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』過去の関連記事は以下の通り

第259回「NHKスペシャル『2024私たちの選択』が提起したもの」(2024年2月2日付)

https://www.newsyataimura.com/ozawa-140/#more-14513

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