п»ї 総裁選断念 岸田首相の大罪戦後を戦前に変えた米国追従 『山田厚史の地球は丸くない』第269回 | ニュース屋台村

総裁選断念 岸田首相の大罪
戦後を戦前に変えた米国追従
『山田厚史の地球は丸くない』第269回

8月 16日 2024年 政治

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

8月14日午前、テレビ画面にニュース速報が流れた。「岸田首相、総裁選に立候補せず」。一瞬、驚いたものの、ひと呼吸おいて考えれば、「出馬断念」以外に選択肢はなかった。大統領選を断念したバイデンと同じである。本人はまだやりたかっただろうが、出馬しても勝ち目は薄い。敢えて再選にこだわれば自民党内で顰蹙(ひんしゅく)を買うだけである。

世論調査が弾き出す支持率は20%台。6月の国政補欠選挙では3つの選挙区で一つも取れなかった。岸田文雄総裁・麻生太郎副総裁・茂木敏充幹事長が自民党を仕切る3頭政治の足並みはもつれていた。岸田に勝機があったとすれば、麻生が接着剤になって「次は茂木で」と密約を交わし、3派の結束を固めて多数派工作に突き進む以外なかった。仮に、それで勝ったとしても、先に展望はない。

「岸田再選・首相続投」となれば、世間はしらけるだろう。党内政治の手練手管で権力を維持しても「変わらない自民党」への風当たりは強まるだけ。来年7月の参議院選挙でボロ負けし、責任をとって辞める、というのがオチではないか。地方組織からは「岸田で選挙は戦えない」との声が上がっている。

◆「聞く耳を持つ」が有権者への感度は鈍く

勝っても負けても展望は開けない。出馬そのものが迷惑、と最後は麻生からも見放され、八方塞(ふさ)がりとなって岸田は総裁選を断念した。

「自民党が変わることを示す最もわかりやすい第一歩は、私が身を引くことだ」と記者会見で語ったが、その表情に無念さが滲(にじ)んでいた。

新たな「選挙の顔」を誰にするか、自民党は大騒ぎになっている。しきりに出る言葉が「表紙を替える」。大衆受けする政治家を担いで選挙を戦いたい、という議員の本音が率直に吐き出されている。

だが、多くの有権者は「なにかおかしい」と感じているのではないか。自民党に期待するのは表紙が変わることではない、中身や党の体質が変わってほしい、というのが大方の思いだろう。

そうした庶民感覚と党幹部や議員たちの意識が決定的に違っていることが、自民党が抱える最大の問題ではないか。

パーティー券収入のキックバック、受け取ったカネの不記載、裏金の使途……。明らかに法律違反だが、議員は刑事責任を問われず、起訴されたのは派閥の事務員(会計責任者)や秘書たちだ。立場の弱い「使用人」に責任を負わせ、議員や派閥幹部は「自分は無関係」のように振る舞う。そんな自民党に世間は政治不信を募らせている。党内からは「まずいことになった」と受け止めても、「悪いことをした」という心底からの反省は聞かれない。法律を作る国会議員が、法律を軽視する。有権者は、自民党とはその程度の政党、と見るようになったのではないか。

旧統一教会との関係も同様だ。霊感商法が社会問題になっているのに、選挙応援と引き換えに教団の広告塔になったり、政策協定を交わしたりする政治家が自民党に大勢いた。元締めは「信者の息子」の怒りを買って殺害された安倍晋三元首相だった。安倍は「教会票」を差配し、当選が危ぶまれる候補者に配分した。それぞれの選挙区で戦う自民党議員は、「固い組織票」を持つ教団との関係を大事にした。旧統一教会の布教や信者を食い物に資する商法は政治家の後ろ盾を受けて膨張し、不幸な信者から収奪した巨額の資金が韓国に流れた。国家的スキャンダルともいえる事態を岸田自民党は「議員からの聞き取り調査」で済ませ、実態解明を怠った。都合の悪いことは深追いしない、という岸田の姿勢は「裏金スキャンダル」「旧統一教会汚染」でも一貫している。

総裁選に出られず、首相辞任へと追い込まれたのは、リーダーとして自民党の体たらくに毅(き)然たる態度を取らなかったことが大きい。「聞く耳を持つ」が自分の美徳と言って登場した岸田だが、有権者への感度は鈍かった。大衆が、何を望み、どう思っているのか、ほとんど関心がなかったように思う。

◆雲散霧消した「金持ち優遇政策の是正」

看板政策だった「新しい資本主義」に岸田のいい加減さが見て取れる。競争原理だけの凶暴な資本主義でなく、公平・公正な「分配」に配慮することが今の時代にあった資本主義という考えは、評価できた。2021年の自民党総裁選では「利子・配当など金融所得を他の所得と合算する総合課税にする」と、「金持ち優遇税制の是正」に踏み込んだ。

金融所得への課税は、財務省にとっても長年の課題になっている。日本では、所得が増えるに従い税率が上がっていく「累進課税」が採用されている。お金持ちにより多くの税金を負担してもらい、所得の低い人に分配する「所得移転」が政府の役割という考えが基調にある。給与などの収入が増えれば増えるほど税率が高くなる「累進課税」が採用され、課税所得は年4000万円を超えると45%を税金として徴収される(所得の最高税率45%)。

ところがこの国では、所得が1億円を超えたあたりから、税率は下がる(1億円の壁)。なぜかというと、金持ちは株・債券・投資信託・銀行預金など「金融資産」をたくさん持っている。そこから入る配当や売買収益などの「金融所得」は「一律20%」しか課税されない。「金融所得の分離課税」という金持ち保護の制度である。

大企業の経営者でも給与所得が1億円を超える人は稀(まれ)だ。経営者や大株主などは、他の所得と分離され一律20%しか税金がかからない株の配当など「金融所得」で稼いでいる。その結果、所得が1億円を超えると税率が下がる「1億円の壁」が日本には存在する。

岸田は総裁選に立候補した時、「1億円の壁」を問題にして「金融所得の分離課税をやめる」と宣言した。自民党総裁としては画期的な政策だった。ところが総裁に選ばれ、首相になった途端「金持ち優遇政策の是正」は消えてしまった。代わりに登場したのが「資産倍増計画」だった。

宏池会の源流・池田勇人は首相になると「所得倍増」を打ち出して高度成長へと踏み出した。国民の給与所得を増やそうという政策だった。令和の今、日本は給与所得の伸びない国になった。岸田が打ち出したのは「貯蓄から投資へ」である。つまり「資産運用で金融所得を増やしなさい」という政策だ。総裁選で掲げた「金融所得の優遇をやめる」を正反対の方向にシレッと政策を変えてしまった。自民党の支持基盤である財界や証券業界、高所得者層などが「金持ち優遇税制の廃止」に反対したからだ。

「分配に配慮する」という新しい資本主義は打ち出して1か月も経たないうちに雲散霧消した。岸田政権の決定的な弱点はここにある。口でいいことを言っても、信念が伴わないから、壁にぶち当たるとすぐ方向が変わる。「聞く力」は強い者の言うことをよく聞く、ということである。岸田政権の弱点が鮮明に出たのが「安全保障政策」であり「日米同盟の強化」だった。

◆米国の意向受け「防衛政策の大転換」

3年にわたる岸田政権が歴史に残した足跡があるとすれば、2022年12月16日の「防衛3文書の書き換え」だろう。国家安全保障戦略・国会防衛戦略の基本・防衛力整備計画という日本の防衛・安全の根幹となる政策を書き改めた。国防予算を倍増し、敵基地を攻撃できる「反撃力」を日本は備えることにする、と閣議で表明した。日本の防衛の基本とされた「専守防衛」を踏み越え、中国を仮想敵国と見なし、中国大陸の内部にミサイルを撃ち込める武力を保有します、という宣言だ。

「安倍首相ができなかったことをオレはやった」と岸田は周辺に語っていた、と報じられているが、タカ派の安倍が前面に出たら反対運動が盛り上がったかもしれない。岸田は穏便にことを進め、騒ぎを起こさず「防衛大転換」を果たした。

年が明けた2023年1月、岸田はワシントンで日米首脳会談に臨んだ。バイデン大統領は岸田の肩を抱いて歓待した。後日、バイデンは日本の防衛費倍増を「私がフミオを説得して実現した」と支持者の集会で語った。会談後、米国は「日本の米軍基地に計画していた対中ミサイル網の配備を取りやめる」と発表した。理由は「日本が自主的に配備することになった」。

米国はアフガニスタンから撤退し、新たな先頭正面を北東アジアに定め、台湾海峡を戦闘正面とする戦略を描いた。対峙(たいじ)する中国との軍事バランスは圧倒的に手薄だ。中国は台湾侵攻に備え沿岸部に1000発を超えるミサイルを配備している。米軍は、台湾に基地がない。グアムやハワイでは即応できない。日本の米軍基地にミサイルを並べることが検討されていた。当然ながらカネがかかる。そこで日米同盟を強化して日本にやらせよう、というのが米国の戦略である。

日本は「専守防衛」が基本理念だ。領土領海が攻撃された時には反撃するが、他国の領土に踏み込む攻撃はしない。日米安保条約で「反撃は米軍が行う」となっている。自衛隊は言葉の通り、自衛する組織であり、敵基地を攻撃する力は持たない。それが基本方針だった。

「中国が最大のライバル」と見なし、覇権争いを始めた米国にとって、日本の「専守防衛」は不都合になった。外交チャンネルを総動員し、協力や応分の負担を求め、岸田は従った。

米軍に代わって自衛隊がミサイル基地を引き受け、米国から武器を爆買いし、防衛費を倍増してこれに充てる。バイデンがどんな説得をしたかは定かでないが、米国の意向を受けて日本は「防衛政策の大転換」に着手した。

岸田の「聞く力」は十分に発揮されたが、国民の対する説明はなされていない。裏ガネ疑惑や旧統一教会汚染と同様、都合が悪いことは説明しない、という基本姿勢が貫かれている。

岸田にとっては、米国の意向に沿うことが政権安定に欠かせない重要事項だろう。バイデンに逆らって「問題人物」と思われれば政権は短命に終わる。

だが、防衛予算を倍増し、自衛隊を敵地攻撃の部隊に変貌(へんぼう)させ、アメリカと一緒に中国を敵視することが、日本の国益なのか。

◆政治のリーダー選びは他人事ではない

岸田が「総裁選に参加せず」を表明した8月14日は79年前、昭和天皇が終戦の勅書(ちょくしょ)をしたためた日である。戦後はこの日から始まり、日本は再び戦争はしないと誓い、平和憲法を定めた。

79年が経ったいま、平和憲法は空洞化され、岸田の3年間で日本は戦争に備える国へと変貌した。岸田が退き、自民党は「新しい表紙」を探し、メディアはお先棒を担いでいる。誰が首相になるか、ではなく、どんな首相が望ましいか、政治のリーダー選びは他人事ではない。(文中一部敬称略)

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