п»ї オルタナティブな未来 『みんなで機械学習』第45回 | ニュース屋台村

オルタナティブな未来
『みんなで機械学習』第45回

8月 21日 2024年 社会

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山口行治(やまぐち・ゆきはる)

o株式会社ふぇの代表取締役。独自に考案した機械学習法、フェノラーニング®のビジネス展開を模索している。元ファイザージャパン・臨床開発部門バイオメトリクス部長、Pfizer Global R&D, Clinical Technologies, Director。ダイセル化学工業株式会社、呉羽化学工業株式会社の研究開発部門で勤務。ロンドン大学St.George’s Hospital Medical SchoolでPh.D取得(薬理学)。東京大学教養学部基礎科学科卒業。中学時代から西洋哲学と現代美術にはまり、テニス部の活動を楽しんだ。冒険的なエッジを好むけれども、居心地の良いニッチの発見もそれなりに得意とする。趣味は農作業。日本科学技術ジャーナリスト会議会員。

◆食べることの奥義

農業が人びとの食糧を生産していることは疑いようがない。その農業にAI(人工知能)技術を応用することで、「食」から健康へと視線を伸ばして、農業を健康産業として再定義することを試みている。そもそも、「食」を科学的に理解することはとても難しい。近代文明の理念で、人間中心の弱肉強食を前提とすれば、人類が家畜や農産物を食べることも、疑いようがないと思われるかもしれない。しかし、食べたものを消化吸収できなければ、栄養にはならない。ノーベル賞を受賞(2016年)した大隈良典先生は、酵母のオートファジー(自食作用)を研究して、単細胞生物から植物や動物まで、細胞が生きてゆくために、細胞内の老廃物を消化して再利用する仕組みを明らかにした。細胞内の老廃物としては、細胞の構成成分だけではなく、細胞外から取り込まれた有害物や栄養素も含まれていて、細胞生物学としては、オートファジーが「食」の機能ということになる。しかし、植物は菌根菌と共生しているし、動物は腸内細菌と共生して消化排泄(はいせつ)している。生態学の食物連鎖は、弱肉強食の単純なピラミッドではなく、科学的にはとても複雑なプロセスだ。老化とオートファジーに深い関係があることも解明されつつある。栄養学も、オートファジーの観点から再考する必要があるだろう。

科学的な理解は、オートファジーのように、普遍性のある知識として蓄積されるとしても、個人ごとの栄養状態について、オートファジーから考えるためには、膨大な量の関連する知識の蓄積が必要になる。そこで、科学的な知識ではなく、科学的なデータから直接に、個人ごとの栄養状態を評価する試みがプレシジョン栄養学(データ駆動型個別化栄養学)だ。科学的なデータとしては、ゲノムデータやウェアラブルデバイスが収集する身体データなど、ある程度経済的な制約があるなかで、個体差を評価するための網羅的なデータを必要としている。筆者としては、質量分析装置による血液中の有機酸とミネラル成分の一斉分析が、特に個人の栄養状態による医薬品の有効性と安全性への影響という意味で、プレシジョン栄養学の応用課題として有望だと考えている。このように個体差が大きい網羅的なデータを統計的に解析することが困難であることは、バイオマーカーのデータ解析において経験してきた。医薬品開発の現場から離れた現在は、個体差の機械学習(フェノラーニング®)について、基礎的な検討を始めている。現在主流の個体差がない機械学習は、美空ひばりの楽曲に似た作曲を行う生成AIなど、個体をまねることはできても、自分自身の個体差を理解することはできないし、個体差を創造することもできない。ときとして、うそをつくことができる程度の個体差だ。

 ◆オルタナティブ文明

西洋の近代文明に限らず、全ての文明には盛衰興亡がある。過去の文明は、地政学的に限定されていたので、文明の盛衰興亡によって、支配者と被支配地域の関係が変化する程度だった。資本主義を原動力とする近代文明は、産業活動の資源やエネルギーにおいても、サービス商品を提供する人びとにおいても、地球全体の規模となっている。政治的には覇権国家によって地域が分断されているかのようだけれども、近代文明が行き詰まっているからといって、代替となる文明が、資本主義社会の外部から、新しい支配者として現れることはないだろう。巨大恐竜の時代が、地球環境の急激な変化によって、支配者の大絶滅として終焉(しゅうえん)した時のような、人類の絶滅が起こるのだろうか。

過去の文明は、言語による文明だった。神話の時代から哲学まで、言語による冒険が繰り返され、その冒険の一部が、技術革新をもたらした。農業技術と軍事技術がどのような関係にあるのか、歴史としては興味深い課題かもしれないけれども、軍事技術が暴走して、アウシュビッツとヒロシマが、言語の限界を超えてしまった。アウシュビッツとヒロシマの写真は、言語を超えた、人類の暴力性の直接的な証拠だ。意味も価値もない「データ」としての人びとの生死を象徴している。肯定的にも否定的にも、おそらく肯定したり否定したりすることが無意味な「データ」の世界は、確実に生活の全領域に広がっている。「データ」が、言語の文明を乗り越えて、人類の絶滅危機を救うという物語は、アウシュビッツとヒロシマの現実とは相いれない夢物語でしかない。最先端のAI技術は、農業技術ではなく、軍事技術に応用され、実際に世界各地の戦場で活躍している。

データ文明が資本主義の内側からもたらされるのであれば、それはグローバルIT企業の産業活動としてではなく、言語による冒険を繰り返してきた「人びと」の、生活の場における新しい冒険、生活能力を失った近代文明から逸脱する冒険であることを期待している。AI技術の頭脳に相当する機械学習には、資本主義社会の成長神話を折りたたむ可能性がある。人びとが、それぞれの生活の場において、360度、上下左右、鏡像変換など、既存の経済の方向性から逸脱するデータによる冒険を試みることで、文明は重層化され、場合によっては複素数化されて、折りたたまれる。将棋などのボードゲームでは、ルールに個体差がないので、既存の機械学習技術が活用されて、人間は機械との勝負に勝てなくなった。資本主義社会のルールには、資本家の個体差が大きく関与するので、個体差を考慮した機械学習を、それぞれの場所で試みて、生活能力を失った資本家では想像できない、新しい社会サービスを構築してゆきたい。データ文明は、意味や価値に束縛されないオルタナティブ文明として、資本主義社会の内側から、無数の成長点を形成しながら発展してゆくだろう。

◆農業を防災技術に役立てる

AI技術を応用して人工降雨の実験を行う「天空タワー」を提案した(※参考1:『みんなで機械学習』第42回)。農業技術としては降雨量を増やすことが重要だけれども、そもそも、農業や林業が自然環境を破壊しているという批判もある。特に異常気象が不可避な状況で、自然環境が破壊される直接的な問題は、山崩れや洪水などの災害対策だろう。農業や林業が防災技術を意識すれば、新しい技術革新がもたらされるかもしれない。

例えば、農道や林道を、防災道路として見直してみてはどうだろうか。防災道路というと、大型トラックが通行できる、強くて大きな道路が常識的だけれども、軽量トラックやトラクターが通行する無数の農道や林道を、防災道路として見直してみる。農業用ドローンによって、農道や林道を自動監視することも防災対策になるはずだ。そして、水道や下水道などの、水関連のライフラインを、農道や林道に網目状に配置する。

現在の太陽光発電は、投資効果による経済性だけを評価して、農業の休耕地や、林業の山間地に無計画に増設され、景観を破壊したり、台風による災害をもたらしたりしている。これらの施設を、防災の観点から再評価して、農地からの転用を規制してはどうだろうか。

農業や林業による防災対策は、国土交通省のような縦割りの役所仕事ではなく、村おこしの活動として、まずは農村における生活の安全性を向上して、田園地帯一帯を防災拠点とする取り組みを構想している。弱くて細いライフラインであっても、リアルタイムのデータで制御して、束ねれば太くて強くなる。AI技術は、従来の常識を覆して、オルタナティブな社会構造を作り出すだろう。

◆鉄の農耕から宇宙食へ

中国と米国は、陸海空と宇宙の軍事的な覇権競争を行っている。陸軍と海軍は鉄と火薬の軍隊だ。鉄を使った農耕が始まった時代から、鉄と火薬の軍事技術が覇権争いの主役だった。日本も鉄と火薬の原料に恵まれていたので、陸軍と海軍は、すぐに列強諸国の仲間入りをした。核爆弾と毒ガスも軍事技術に加わったけれども、覇権争いというよりは、アウシュビッツとヒロシマ以降は、脅しながらテロ対策をするという、チキンレースになっている。軍事技術として、もっとも古典的で、最有力なのはスパイだろう。暗号技術やサイバー攻撃も、スパイの発展形だ。この分野では、中国と米国に加えて、「007」の英国も活躍している。日本も防衛予算を倍増しているけれども、軍事技術としてどこを目指しているのかよくわからない。日本にも忍者が活躍していた時代がある。忍者は薬学の専門家だった。認知症治療薬は、認知症を加速する毒社会においては、最強の武器になるかもしれない。アラブ諸国には、糖尿病治療薬が秘密兵器になりうる。未知のウイルスによるパンデミックは、人類を破滅させる可能性もあるので、抗ウイルス薬は、間違いなく最強の安全保障でもある。

AI農業が健康産業となれば、安全保障の取引材料となりうる。米国では、バイオテロ対策として、感染症研究に多額の軍事予算が使われている。製薬企業も研究に協力するけれども、研究内容は社内でも秘密が厳守されている。多くの風土病がウイルス疾患なので、その予防法も重要な軍事機密になりうる。筆者は最近、日本とアジアに特異的なウイルス疾患の治療薬開発に関与した。日本の新薬審査機関(PMDA〈医薬品医療機器総合機構〉)から要求された臨床試験が大規模で、ベンチャー規模の製薬会社では、経済性とリスクの負担から、開発は断念された。米国のように、軍事費が使えるとよいとまでは思わないけれども、少なくともイノベーションを阻害するのではなく、適切に規制して、国家レベルで調整する発想が必要だろう。日本の役人は優秀なのだけれども、業務が多忙で、自分の責任範囲となる目の前の仕事しか考えていない。

穀物が安全保障の取引材料として重要なことは、農耕の開始以来、よく認識されている。しかし、保存できる食品は穀物だけではないし、狩猟採取も野生状態で保存していると考えれば、生鮮保存食品だ。先史時代に戻るわけにもいかないので、せめて、伝統的な乾燥食材や発酵食品も、食糧保存技術の視野に入れたいものだ。そして保存食品の最先端が宇宙食だ。カップ麺のことぐらいしか知らないけれども、食品の凍結乾燥技術など、日本の食品加工技術は、世界のトップレベルにある。ビタミンやミネラルなど、最新の栄養学的な知識があれば、保存食品だけで、長期間、健康に生きることができる。そうでなければ、宇宙食は成立しない。宇宙産業というと、軍事産業の花形であるロケットばかりが注目されるけれども、宇宙食も重要な宇宙産業だ。将来の食糧危機を考えれば、戦略兵器となりうる。現在の食糧危機は、政治的な要因が大半で、経済性を考えても、穀物の有効利用で十分に対処できるはずだ。宇宙食は、パンデミックで地下生活を余儀なくされるなど、極限的な環境への対応策となる。近未来のAI農業としては、もう少し平和な、パーソナライズド植物工場(坪庭農園)で、精神疾患も含めた、個別予防医療の実証研究にチャレンジしたい。

◆オルタナティブ・パブリック

本稿では、AI農業で産業構造を折りたたむこと、すなわち、機械学習技術を応用して、農作物の生産を、食事のその先にある個々人の健康に役立てることを構想している。もしくは、田園地帯で生活する1次産業従事者と「みんなで機械学習」することで、製薬企業を含む全ての産業における、AI技術活用の未踏領域を探検してみたい。過疎地の村おこしが、産業社会のイノベーション促進となる、衰退しつつある日本経済の逆転劇だ。いくら欲張りな資産家であっても、自分の健康が大切であることはよくわかっているはずだし、社会や次世代の健康も気になるだろう。「みんなで機械学習」して知的財産を蓄積して、循環する経済を作ることは、資本主義社会を、より健康で住みやすくする試みだ。

資本主義社会をより住みやすくする試みは、筆者のような変な老人の出番ではなく、若い人たちが、さまざまな分野で試行錯誤している。建築家のクマタイチと浜田晶則が、公共圏で活躍する実践者たちとの対話をまとめた『オルタナティブ・パブリック』(ブートレグ、2023年)に勇気づけられた。公共建築や都市設計のような「モノ」中心ではなく、人びとが作り出す出来事を、新しいパブリックとして再定義して再発見する物語だ。本稿の文脈では、AI農業をオルタナティブ・パブリックとして再発見することに相当する。建築家なので、アートに近いし、政治や経済に束縛されない創造的な活動に理解が深い。「食」についても、「農村から展開する流通と循環」という真鍋太一(株式会社フードハブ・プロジェクト/共同代表取締役 支配人)との対談が、若者らしく刺激的だった。オルタナティブ文明は、このような若者の活動が継続することで、近代文明を折りたたんでゆくのだろう。

参考1:データを食べる『みんなで機械学習』第42回 | ニュース屋台村 (newsyataimura.com)

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