п»ї 「新聞協会賞」は誰のため赤旗の後追い朝日になぜ? 『山田厚史の地球は丸くない』第271回 | ニュース屋台村

「新聞協会賞」は誰のため
赤旗の後追い朝日になぜ?
『山田厚史の地球は丸くない』第271回

9月 13日 2024年 社会

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

特派員としてロンドンで仕事をしていた時のこと。社内郵便で1通の封書を受け取った。差出人は、駆け出しのころ一緒だった社会部記者だった。

「懇意にしている検察幹部が、秘密会議でロンドンを訪れる。私的な旅行を装うため、奥様を同伴する。会議中、奥様ひとりになるので、申し訳ないが、市内の名所旧跡など案内してもらえないだろうか」

そんな内容だった。「大事なネタ元だから、よろしく」とあった。

彼は検察庁を担当していた。役所で昼間会えない検察幹部の家を夜訪ね、検察の動きを探る。家に上げてもらえる関係を作り、親しくなると相手がいなくても、奥さんと世間話をしながら帰宅を待つ。そんな夜回り取材から、ロンドンの会議を聞きつけ、「奥様、ご心配なく。うちの支局の者に案内させますから」と請け負ったらしい。

◆検察の方針を世間に知らしめたのが「特ダネ」

検察を巡る取材競争の裏に、こうした記者の日常活動がある。ネタ元に食い込むため濃密な関係を構築する。時には賭けマージャンの卓を一緒に囲むこともある。これが「食い込み」である。仲間意識を媒介に情報が流れる。どの記者に、どんなふうに伝えれば、どのような記事になるか、検察幹部はそれが分かった上で情報を漏らす。リークは検察の筋書きに沿って世間を誘導するためのもので、記者にとっては手柄になり、社内評価につながる。

奥方のお世話をした古い出来事を思い出したのは、9月5日付の朝日新聞に「本社に新聞協会賞」という記事が載ったからである。

「自民党派閥の裏金問題をめぐる一連のスクープと関連報道」によって受賞した、と書かれていた。

自民党の裏金問題といえば、日本共産党の機関紙「しんぶん赤旗」日曜版が、2022年11月に問題にし、これに触発された神戸学院大学の上脇博之(かみわき・ひろし)教授が、政治資金報告書を丹念に調べ、検察に告発したことで世に知れ渡った。

「朝日新聞のスクープ」と言われてもピンと来ない。なぜ、朝日が「新聞協会賞」なのか、記事の詳細を読んで、やっと分かった。

23年12月1日付朝刊1面トップで「安倍派裏金1億円超か パー券不記載 立件視野 ノルマ超分議員に還流 東京地検特捜部」という記事が、受賞の根拠になっている。しかし、この記事の骨格である「安倍派の裏金」「派閥のパーティー券を、ノルマを超えて売った分が議員に還流されていた」などは、赤旗や上脇教授の調べで明らかなっている。決してニュースではない。朝日が「スクープ」したのは「検察が、立件を視野に、動き出した」ということである。検察の方針を、朝日がいち早く書いたことが「新聞協会賞」に値する、ということのようだ。

東京地検が告発を受理したことは「事件になる可能性あり」と見たからだろう。赤旗の調査報道で、国会議員の政治資金報告書と派閥の資金の出入りを記録した同報告書につじつまが合わないことが指摘されていた。上脇教授は、時効がかからない5年分の政治資金報告書を丹念に突き合わせ、議員や派閥がパーティー券収入に不記載があることを突き止め、裏金の疑いを告発した。

派閥を巡る不透明な資金の流れは、朝日が報じる1年も前から大きな関心事になっていたのである。告発を受理した東京地検は、事件として立件できるか内定していた。朝日の「立件を視野に地検は動いている」という記事は、検察の方針を世間に知らしめた。その意味で「特ダネ」であることは間違いない。

◆メディアから聞こえてこない検察批判

私たちにとって「特ダネ」とはなんだろう。現役時代、私も「他社に先駆けて記事を書くこと」が特ダネと教えられ、記者クラブという小さな世界で取材競争に明け暮れた。担当する企業や役所の動きをつかみ、発表がある前に、他社を出し抜いて記事にする。それが優秀な記者の証しであると刷り込まれた。

明日発表されることを今日、記事にする。そのためには、情報を握る経営者や役人に「好ましい記者」を認めてもらう。取材に応じるかは相手が決める。リークやヒントを与えるかは、情報を握る者の胸三寸だ。いずれ発表されることを事前に「抜き合う」取材競争を続けている限り、メディアは強者の手のひらから出られていない、と感じる場面は少なくなかった。

裏金議員は衆参合わせて計91人いたが、起訴されたのは3人だけ。池田佳隆衆院議員は逮捕されたが、大野泰正参院議員は在宅起訴、4300万円の不記載があった谷川弥一衆院議員は略式起訴で済ませた。大掛かりな不記載が発覚した安倍派や二階派では、裏金作りの責任者は明らかにされず、会計責任者が起訴されるという「トカゲの尻尾切り」で捜査に終止符が打たれた。

事件に着手しながら「主犯格」を解明しない検察の捜査は、不徹底というしかない。裏金の仕組みは誰が作り、不記載は誰が指示したのか。顛末(てんまつ)を曖昧(あいまい)にしたまま、数名の「人身御供(ひとみごくう)」と「事務方への責任押し付け」で一件落着にしてしまった。だというのに、メディアから検察批判は聞こえてこない。

◆「新聞業界賞」に成り下がった「協会賞」

検察の方針をいち早く書き「特ダネ」にした朝日は、批判的な記事が書けるだろうか。朝日を大事にする検察のやり方は、「批判をかわすための戦術」ではないか。スクープは誰の立場に立っているのだろうか。

新聞協会が、提灯(ちょうちん)持ちのような「癒着型スクープ」を褒めたたえたことに、日本の報道機関の現在地がうかがわれる。

新聞協会賞は業界で権威ある賞とされ、経営者や編集担当にとって勲章のようなものだ。現役のころ「今度、経済部から社長が出る。新聞協会賞になるような特ダネを頼むよ」と上司に言われたこともあった。

特ダネには2種類ある。一つは「いずれ発表されることを他社より先に記事にする」。取材先と“共犯”関係にある特ダネだ。もう一つは、記事にしなかったら「世の中が知ることがなかった事実」を掘り起こすニュース。どちらが世の中にとって重要かは明らかである。

記者クラブをベースに「癒着型スクープ」に御褒美を出す新聞業界の体質が、自民党の裏金問題と一緒にあぶり出されたのが今回の受賞ではないか。

体質の歪(ゆが)みは「選考の仕方」にも表れている。受賞対象は新聞協会に参加する新聞社に限られ、ほとんどが自薦。審査員も加盟各社から選ばれる。公正中立な第三者機関が「優れた報道」を選ぶシステムではない。一言で言えば、当事者が業界内で多数派工作をして決める賞である。どこに「読者の視点」があるのだろうか。

そうでなくても「衰退」がいわれる新聞業界である。多くの読者が面食らうような記事に「今年最良の報道」というお墨付きを与えるところに、新聞ジャーナリズムの劣化がうかがわれる。世界で権威あるジャーナリズムの賞として「ピュリツァー賞」があるが「隠れた事実、現場からの衝撃的ニュース」が選ばれ、「癒着型スクープ」など論外である。

新聞協会賞発表の5日後の9月9日、日本ジャーナリスト会議(JCJ)が「2024年度JCJ大賞」を発表した。選ばれたのは、「しんぶん赤旗」日曜版だった。

JCJはフリージャーナリストも含め、報道に携わる人が、個人で参加する組織。選考委員はメディアOBや大学教授などジャーナリズムの専門家だ。新聞協会と比べると月とスッポンほど組織力に違いがあるが、どちらの賞が意味あるものかは世間が判断するだろう。

新聞協会は、長らくメディアを支配してきた。その状況は変わりつつある。新聞社や通信社の経営者は、我田引水の「手柄争い」に興じている余裕などもうない。

「新聞業界賞」に成り下がった「協会賞」の現実を、心ある記者たちは、どう受け止めているだろうか。

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