山田厚史(やまだ・あつし)
ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。
アメリカのオバマ大統領が23~25日、日本を訪れ安倍首相と会う。安倍にとっては日米関係を修復する正念場だが、陰の主役は環太平洋経済連携協定(TPP)交渉を担当する甘利明である。それは後で説明するが、今回の首脳会談は、近年に珍しく「危ういトップ会談」になる。なぜなら、①両首脳とも相手を嫌う不信に満ちた会談②主要テーマであるTPPに落とし所が見えない③それでも関係修復を演技でやらねばならない至難の業――だからである。
◆危険を冒してでもオバマを救おうとは思わぬ安倍
オバマにとって苦しい首脳会談だ。シリアやウクライナの処理で弱腰と見られた。支持率が下がっている。11月の中間選挙に勝つには、TPPで日本から大幅な譲歩を勝ち取ることが必要だ。
米国の制度では、大統領に経済交渉の権限はない。議会からの委任があって可能だ。成果に乏しい関税交渉では議会の了解さえ得られない。「戦果」を示す舞台が日米首脳会談だが、日本の国内事情がそれを許さない。「農産物5品目」は日本として譲れない一線だ。
譲歩の余地は安倍にある。オバマの窮状を察し、自分が泥をかぶってもTPPをまとめようとするなら「農産品の聖域」にメスを入れる。支持率が安定している安倍なら出来る芸当だ。国内で非難の嵐が起こるだろうが、そのリスクをとってでもオバマを支援すれば安倍は大きな貸しをつくり、日米関係は改善される。
だが安倍は、オバマを危険を冒してでも救う相手とは思ってもいないだろう。心情的に通じるのは共和党だ。オバマの民主党が議席を減らすことを安倍は望んでいる。日米関税交渉は、首脳会談でも結論は出ず、米国の中間選挙の後に持ち越される可能性が高い。
◆米国の「要注意人物」安倍
オバマも安倍を快く思っていない。安倍の地金を知っているからだ。憲法改正や歴史認識の奥には、アメリカが主導した戦後体制への異議申し立てがある、と米国は見ている。米国の諜報(ちょうほう)機関はドイツのメルケル首相やフランスのオランド大統領の私用電話を盗聴していたように、安倍首相の会話も盗み聞きしていただろう。そこで語られたことを分析すれば、アメリカにとって「要注意人物」になるだろう。
2月にワシントンで行われた首脳会談で、安倍は冷遇された。首脳晩さん会も共同記者会見もなかった。日本が、世界で一番近い関係と思っていた日米同盟に冷ややかな風が吹いている。
危機感を募らせているのが外務省だ。対米関係を軸に外交を進めてきた外務官僚は、修復に懸命だ。その中心となって動いているのが、国家安全保障局長に就任した谷内正太郎元外務次官だ。個人的信条だけでは外交は出来ないことを首相周辺に説き、軌道修正に動いている。今回の首脳会談も谷内を中心に下準備が進んでいる。
◆甘利、政治家人生の正念場
そこで経済財政担当相の甘利が登場する。TPP担当相でもある甘利は、対米交渉の責任者である。相手は米通商代表のフロマン。ハーバード大学で学友だったオバマ側近である。交渉担当者は互いの主張をぶつけ合うだけでなく、一緒に着地点を考え、互いの「外野席」をなだめる条件を出し合う。甘利は米国議会が納得するエサを出し、フロマンは日本の農業団体がのみやすい条件を探る。
アメリカは常に日本の有力政治家をリサーチし、「使える政治家」を手なずけてきた。小泉純一郎も谷垣禎一も、一時の小沢一郎や加藤紘一もアメリカが育てた政治家である。
人材が枯れている日本の政界で、アメリカが使えそうな政治家と見ている一人が甘利だ。商工族でエネルギー行政を握っている。TPP担当になって通商政策にも領域を広げた。甘利は使える、と見ているのではないか。日米首脳会談の露払いとして甘利は16日、渡米した。フロマンと最終的な詰めを行う。ここで甘利が交渉打開に「貢献」したら、米国は甘利の今後を「保証」するだろう。
日本の農業にとって重大な決断になる日米交渉は、甘利の政治家人生にとって正念場である。
コメントを残す