山田厚史(やまだ・あつし)
ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。
10月27日の総選挙を前に、自民党の劣勢を示す調査結果が相次いでいる。石破政権は勝敗ラインを「自民・公明で過半数維持」としたが、メディアは「自公過半数維持は微妙」と伝える。
報道各社は10月の中旬と下旬に、有権者に聞き取り調査を行い、「自民党のジリ貧」があらわになった。21日発表された朝日新聞の調査では、石破政権の支持率は33%、不支持は39%。前週の調査では支持46%・不支持36%だった。1週間で支持は12ポイント減り、不支持が支持を上回った。
NHKの調査でも直近の支持率は41%、前週より3ポイント減。不支持は3ポイント上がり35%となった。この傾向は共同、毎日などの調査でも同じで、「総選挙が迫るにつれ自民党支持が減っている。珍しい事態だ」と関係者は分析する。
◆政界とメディアの「不安と期待」
衆議院は465議席(小選挙区289、比例代表176)、過半数は233議席だ。解散前勢力は自民党256議席(非公認にした12人含む)、公明党(32議席)と合わせ、286議席。衆院の3分の2近い議席を与党が占めていた。
自公合わせて53議席を失っても過半数は維持できる。裏金疑惑が騒がれても、それほどの大敗はならないだろう、とされ、「自公で過半数維持」は「手堅い勝敗ライン」と見られていた。
自民党の分析では当初「接戦は40選挙区ほど」とされ、比例区を含め「30議席失う恐れ」が指摘されていた。30議席減れば、自民党は223議席となり「単独過半数」を維持できない。しかし、公明党の議席で過半数は維持できる、という算段だった。
公明党はこれまで手堅い選挙をしており、現有32議席が25議席くらいに減ったとしても、223+25=248議席、過半数の233議席を十分上回る。「自公で過半数割れ」はよほどのことがない限り起きない、というのが常識的な見方だ。
ところが情勢は急変している。楽勝と見られていた有力候補が「政治資金の不記載問題」などで野党候補に急追され、最終局面で逆転されるかもしれない、という選挙区が目立ってきた。「調査のたびに数字が悪くなる」というトレンドが自民党に危機感を広げた。
小選挙区は勝敗が大きく揺れる。比例区と合わせ50議席を失う恐れがないとはいえない。公明党は大阪・兵庫で維新との「すみ分け」が無くなる。全国で10議席ほど落とすようなことがあれば、自公合わせ54議席減少が現実化する。
「山が動く」という政治の激震が取り沙汰されるようになった。「自公過半数維持は微妙」という新聞の見出しは、政界とメディアの「不安と期待」が入り混じった表現である。
◆同時進行する「二つの戦い」
石破首相は21日、自民党総裁として全国の党支部に「緊急通達」と題した檄(げき)文を送った。
「選挙は、いま重大な局面を迎えている」「あらためて言うまでもなく『政権選択』の選挙である」「有権者が、自公政権の継続か野党による政権を選ぶのか、極めて重大な岐路に立っている」「全党一丸となって国民のために決戦に勝利しよう。私も死にもの狂いで全国を駆け回る」
悲壮感漂う文面だが、ネットには冷ややかな反応が目立つ。それも自民党支持者からだ。
月刊誌の「正論」や「HANADA」の常連執筆者である門田隆将氏は「“全党一丸”を消し去った張本人が緊急通達。まともに受けとる人は誰かいるのだろうか」とXに投稿。自民党公認を与えなかったり、比例区重複から外したりで「党を割った石破が何をいうのか」という恨み節がSNSにあふれている。
自民党は、いま「二つの戦い」が同時に進行している。一つは「政権交代」を賭けた野党との戦い。もう一つは党内主導権を巡る非安倍派と旧安倍派の「内戦」だ。
今は、自分が勝ち残る選挙戦の最中である。冷遇された旧安倍派の面々も執行部批判を手控えている。口にすれば「政治資金規正法に違反している政治家が言うことか」と世間から批判を浴びる。「申し訳ございません」と有権者に頭を下げながら、腹の中は「こんな仕打ちをした奴は許せない」と怒りが充満いているだろう。ネットにあふれる石破批判は、旧安倍派を代弁するもので、「内戦」を投影している。
石破政権を誕生させた9月28日の自民党総裁選は、「二つの自民党」を鮮明にした、決選投票で石破茂は215票、高市早苗の194票に競り勝った。国会議員に支持者が少ない石破が勝てたのは「反安倍」が支持に回ったからだ。
旧安倍派からは誰も総裁候補が出なかった。無派閥の高市は安倍晋三(故人)と個人的に親しく、「安倍の遺志」を掲げて保守派を束ねた。
その一方で、「首相になっても靖国神社に参拝する」と公言する高市への違和感が「反安倍」の空気を醸成させた。石破は「高市よりまし」と見られた。というより、再び「旧安倍派」の天下になることへの拒絶感が、「とりあえず石破」という結果を生んだのではないか。
図らずも政権が転がり込んできた石破は、「非安倍勢力」を結束させることが政権維持に欠かせない。同時に旧安倍派の頭を抑えることが政権の基盤を固めることになる。
安保法制を根底から変えた2015年、「安倍政治を許さない」のプラカードが国会前を埋めたが、「安倍的な政治」と「非安倍的」の対立は、自民党内でも根深い対立を続けてきた。政策や政治思想とも無関係ではない。
靖国参拝に象徴される歴史認識、選択的夫婦別姓や女系天皇にからむジェンダーや家族観、米国や中国との距離感、財政規律や金融緩和を巡るマクロ政策まで微妙に食い違う。二つの政党が権力という接着剤によって一体化している。
◆責任なすり合い衰退へ?
この構造は今に始まったことではない。元をたどれば、吉田茂の自由党と鳩山一郎の民主党が合体した1955年の保守合同に行き着く。初代総裁の鳩山が退陣し、56年の総裁選は岸信介と石橋湛山(たんざん)が基本路線をめぐって争い、湛山が勝利した。しかし直後に健康を害し、3か月余で首相の座を岸に譲った。岸は東條内閣で商工大臣を務めA級戦犯になりかけた人物。その反共思想は国際勝共連合の創設につながり、旧統一教会との関係は孫の安倍晋三まで及んだ。旧安倍派は岸の後継者・福田赳夫による清和会が源流、岸の女婿・安倍晋太郎が受け継ぎ、森・小泉・福田の政権を経て自民党主流にのし上がった。
一方、湛山は戦時中から軍国主義に批判的で、経済発展を軸にした「軽武装」の考えは池田勇人・宮澤喜一の宏池会に受け継がれ、石破政権では岩屋毅外相、村上誠一郎総務相らが湛山再評価を主張している。
自民党には「保守本流」を標ぼうする自民A組(非安倍派)と、「最大勢力」の自民B組(旧安倍派)があるかのようだ。石破がA組の級長とすれば、B組の代表は高市。だが保守派の論客・櫻井よしこは「安倍さんが後継者と考えていたのは萩生田光一さん」という。
安倍政権で官房副長官を務めた萩生田は安倍側近として旧統一教会との関連も深い。パーティー券収入の不記載も2728万円とトップ3に入る。安倍が死亡した後は「安倍派5人衆」の1人となって派閥の運営に携わった。旧安倍派は衆参合わせて100人の議員を抱える最大勢力。安倍は高市を右翼思想の看板役、萩生田を閥務や汚れ仕事を任す側近として重用してきたとされる。
石破総裁・森山幹事長は「党内融和」を口にしながら、旧安倍派のこれら2トップを抑えることが当面の課題だ。高市を幹事長に起用せず、受けないと分かりつつ総務会長を打診して無役に追い込んだ。萩生田は公認せず。選挙区で勝ち上がらなければ議席さえ失う。
比例重複から外された34人のほとんどが旧安倍派。何人が国会に戻ってこられるか、情勢は厳しい。
石破にはジレンマがある。旧安倍派を弱体化させるには「旧安倍派落選もやむなし」だが、政権交代を賭けて野党と争うには議席数の確保が欠かせない。そのためには旧安倍派議員にも頑張ってもらいたい。
「内戦」勃発寸前のような自民党に「政権交代」の気配が漂うが、現実はそう簡単ではない。
仮に「自公過半数割れ」が起きたとしても、与党になりたい「補完勢力」が野党に控えている。「対決より解決」がスローガンの国民民主党、憲法改正を掲げて公明党に取って代わろうとする日本維新の会。両党とも、「選挙後の連立入り」には口を閉ざすが、一致する政策では自民党と協力する「パーシャル連合」は否定しない。
自公だけで政権が維持できなくなれば「連立の間口を広げる」という手法がある。今回の選挙で自民党はそこまで追い込まれるとは思えないが、政権陥落まではまだ時間があるだろう。
焦点は「自民内戦」である。敗北の程度にもよるが、選挙後責任問題が浮上する。
「自公過半数割れ」になれば、来年の参議院選は「石破で戦えない」という声が出るだろう。石破がダメだから負けたのか、安倍派の驕(おご)りが不祥事を招き党が支持を失った。責任をなすり合いながら、自民党は「内戦」で消耗し、衰退へと転がり込むのではないか。保守合同から70年、世界でまれな長期政権はいよいよ終末期を迎える。(文中一部敬称略)
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