п»ї 日本のマスコミが伝えない欧州のEV事情ドイツ 見たまま聞いたまま 『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第278回 | ニュース屋台村

日本のマスコミが伝えない欧州のEV事情
ドイツ 見たまま聞いたまま
『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第278回

11月 01日 2024年 経済

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小澤 仁(おざわ・ひとし)

oバンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住26年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。

中国の経済状況やEV(電気自動車)事情について今年2月、現地を視察してきた。タイでは昨年後半から中国製EVの進出が急増、この背景を知りたいと思ったからである。日本車のシェアはあっという間に従来の90%台から78%まで急落した。競争力を持った中国製EVが中国から安い値段で輸出されてくる。タイの若者や富裕層がこの中国製EVに飛びついた。一方で、日本のマスコミは「中国が明日にも破綻(はたん)する」といったような記事を垂れ流す。「中国の実態を知りたい」と強く思い、中国を訪問したのである。

私が見てきた中国についての感想は「ニュース屋台村」に「中国  見たまま聞いたまま」として、第262回(2024年3月15日付)から4回にわたり拙稿を掲載した。中国を訪問した際に不可思議な話を聞いてきた。「ドイツは積極的に中国への投資を増やし、中国との関係強化を図っている」というのである。ドイツから中国への投資額は2023年に過去最高を記録、中国国内で外国車が軒並みシェアを落とす中でドイツ車はそれほど顕著に落ち込んでいない。日本では「欧州も中国への警戒感を強め、中国からの輸入EV車へは40%弱の懲罰的関税をかけた」というニュースが流れていた。

欧州、特にドイツは今後どのように中国と付き合っていくのであろうか? この疑問に少しでも回答を見つけようと8月後半に2週間ほどドイツ各地を見て回った。すでに訪問したことのあるフランクフルトやミュンヘンなどを避け、今回はハンブルク、ベルリン、ドレスデン、ライプチヒの各都市を回った。各地で日本政府関係者や日系企業の方たちからお話をうかがった。この場を借りてお礼を申し上げたい。

◆「ユダヤ人虐殺」の歴史と教訓

今回ドイツを訪問するにあたり少しだけドイツの歴史を勉強し、『物語 ドイツの歴史―ドイツ的とは何か』(阿部謹也、中公新書、1998年)を読んだ。ここ10年にわたりヨーロッパを旅行してみて欧州各国には独自の歴史があることを痛感した。特にイタリアやドイツなどは各地がそれぞれ独自の歴史を持ち、文化や食べ物も異なっている。各国の社会情勢や生い立ちを侮ると正確にその国を理解できないのである。

まず、ドイツの概観を見てみよう。国土は35万7587平方キロと日本の国土(37万7975平方キロ)より若干小さい。人口は8330万人と日本の2/3の規模である。ドイツには「欧州の大国」というイメージがあるため意外な感じがある。国の経済力を示す国内総生産(GDP)は今年4兆7008億ドルとなり、4兆2862億ドルにとどまった日本を追い抜き世界第3位に躍り出た。

ドイツと日本はともに第2次世界大戦で同盟国として共闘し敗戦を味わう。その後は化学・電機・自動車産業などの工業国として目覚ましい復興を成し遂げ、質実剛健な気質と合わせて「ドイツ人は何となく日本人に近い」と親近感を持っている日本人も多いような気がする。

しかし、歴史をひも解くと、日本とドイツの違いに驚かされる。ドイツは欧州の中でも内陸国として交易を中心とした経済発展が遅れた。わずかにライン川やエルベ川などが交易を支えたが、独立した領邦国家が互いに血みどろの戦いをした。さらに国外にはハプスブルグ家の神聖ローマ帝国(オーストリア・ハンガリー帝国)やブルボン家のフランスなどがあり、常に侵略を受けていた。こうした外敵からの独立性を保つための手段として活用されたのがプロテスタント宗教改革である。

ドイツがゲルマン民族の国家として統一されたのは1871年。まだ150年ほどの歴史しかない。しかし統一されたドイツにまたも悲劇が襲う。第1次世界大戦、第2次世界大戦と立て続けに敗戦を味わうのである。第1次大戦のあとは無尽蔵に通貨を発行し続け、ハイパーインフレによって国土が壊滅状態になるほど荒廃する。それが引き金となってナチスが台頭し第2次大戦が起こるが、国民の士気を鼓舞するため極端なユダヤ人排斥を行ったのはご存じの通りである。

今回ドイツで4都市を訪問したが、いずれの都市でも「ユダヤ人虐殺の歴史」について博物館や教会などで写真などの展示物に出合った。日本では日中戦争以来第2次大戦で2000万~3000万人の中国人や東南アジア人を虐殺した歴史がある。しかしこうした日本軍の戦争の歴史について、国内ではその展示物に触れる機会は極めて少ない。ドイツにおける「ユダヤ人虐殺」の展示物の多さに圧倒された。中世以来、血生臭い歴史を繰り返してきたドイツにとって「ユダヤ人虐殺」は、自分の手で止められなかった歴史的悲劇でもある。これら4都市の「ユダヤ人虐殺」の展示物の多さから「ドイツ人自身が自分の本性を信じられず、歴史の教訓により自分を律している」と感じさせられた。

さらに今回、旧東ドイツの都市を中心として旅行してきたが、東西ドイツの分断の歴史展示物を至る所で見ることができた。中世以降、小国として分立し互いに戦争を繰り返す。さらに第2次大戦以降も東西分裂を余儀なくされた教訓を「絶対に忘れない」という強い意志なのであろう。ドイツ人の感性は日本人とはだいぶ違うようである。今回会った日本人駐在員からも「ドイツ人はすべて理論・理屈で物事に対処する。一度決めた理念や目標に対しては、どのように達成するかを考える」と聞いた。整然とした街の風景もそうしたドイツ人がなせる業なのかもしれない。

◆日本で伝えられている欧州のEV事情と現実

本題のドイツのEV事情に移ろう。私が日本のメディアを通じて知っている欧州のEV事情は以下のようなものだ。

①欧州は補助金まみれの中国製EVの輸出急増に危機感を持っている

②中国製EVの急速な伸長を危惧(きぐ)して一部の国では購入補助金の打ち切りを決めた

③政府の補助金で製造された中国製EVは価格の公平性を欠くとの観点からEC(欧州委員会=EU〈欧州連合〉の内閣に相当)で40%弱の懲罰的関税を課すことを決定

④このため欧州のEV売上は急ブレーキがかかり再びガソリン車やハイブリッド車に注目が集まっている――

こうした日本の自動車業界に都合の良いシナリオが普通に語られるようになっている。ところが、私が見てきた欧州のEV事情はこんなに簡単に割り切れるものではなかった。

まず私たちが認識しなければいけないことは「欧州は脱炭素の旗を降ろしていない」ということである。前述のドイツ人の思考方法でも触れたが、彼らは一度決めた理念を簡単に変えることはない。特にドイツやオランダを旅行すると気が付くが、これらの国では脱炭素推進のために自転車を使用することが常識となっている。自転車専用道が整備され、その専用道では人より自転車が優先される。自転車専用道で人が事故に遭っても自転車の権利が優先される。電車やトラム(市電)、バスなどには自転車持ち込みの専用スペースがあり、多くの人が自転車を持って公共機関を利用する。

日本ではベビーカーなどを電車に持ち込んでも嫌な顔をされることがあるようだが、ドイツではみな自転車の持ち込みを当たり前のこととして許容している。ちなみにドイツでは自転車に子供を乗せた2人乗りを見ない。子供は頑丈なベビーカーに乗せられていた。こうした対応を見ても、欧州の人にとって地球温暖化問題は解決を急がれる喫緊の課題となっている。

次に、政府による補助金中止に伴うEV販売の急速な冷え込みについてだが、これは中国製EV輸入が引き金となっているわけではない。ドイツが第2次大戦に突入した一つの要因として、ハイパーインフレによる国家の崩壊が挙げられる。そのため国家として厳しい財政規律を決め、それを厳密に守っている――それが現在のドイツの姿である。決して中国製EV車への対抗処置などではない。

現在の欧州にとって最も頭の痛い問題は①エネルギー危機②移民問題③物価高騰④ウクライナ戦争――のようで、中国問題はさして人々の関心に上らない。たとえEUのフォンデアライエン欧州委員長(ドイツキリスト教民主同盟出身)以下、欧州議会の主要メンバーが安全保障の観点で「反中国」の考え方を持っていたとしても、である。隣国に中国を持つ日本とは比べ物にならないほど、欧州にとって中国は遠い国である。

ところが、ドイツの自動車産業はそうはいっていられないのである。ドイツ主要メーカーの中国売上比率は恐ろしく高い。フォルクスワーゲン45.8%、アウディ39.3%、ベンツ37.4%、BMW33.9%――。これが2023年の実績値である。ドイツ車にとって中国での売り上げ維持は会社の生命線になってくる。自動車以外にもInfineon(インフィニオン)など半導体産業も同様な状況にある。

このためドイツの自動車各社の首脳は、欧州委員会による中国車輸入に関する懲罰的関税に声高に反対している。一方で、フランスやイタリアなどドイツ以外の欧州主要国は中国に対する関税賦課には賛成の立場である。「中国からの輸入を食い止め、中国企業による工場建設などの直接投資を増やしたい」という意図がありありである。

◆中国製EV向け懲罰的輸入関税の実効性

では、欧州委員会による中国製EV向け懲罰的輸入関税はどのほど実効性があるのだろうか。この輸入関税は日本で言われているように一律40%弱の課税がされるわけではない。何度かの微調整にあと、直近の輸入関税レートは中国メーカーであるBYD17%、Geely18.7%、SAIC(上海汽車とフォルクスワーゲンの合弁)35.3%、米国テスラ社7.8%など各社ごとに異なっている。

これは私の全くの想像であるが、理念や理屈でしか物事を判断しないとされる欧州の人たちは徹底的に中国メーカーの各種補助金(工場立ち上げ補助や機械購入補助など)を調べ上げてこれら関税を計算で積み上げたのであろう。米国メーカーのテスラへの補助金が最も少なく、中国国営メーカーである上海汽車への補助金が最も多いことからもこうしたアプローチを採ったことがうかがわれる。理不尽な関税賦課はドイツ人の理念にそぐわない。米国やカナダが提案しているような一律100%とか200%の関税賦課はしない。このため、現状のBYD向け17%などの追加関税など、さして大きな輸入障壁にはならないのである。

もう一つ、私たちが見過ごしている欧州のEV事情がある。23年の欧州におけるEV の販売シェアはテスラ28%、SAIC26.3%、DACIA(ルノーグループ)17.4%、GEELY(ボルボを傘下に持つ吉利汽車)11.1%、BYD5.4%、BMW4.6%、SMART(ベンツと吉利汽車の合弁)3.8%――となっている。BYDを除くと、欧州に輸入される中国製EVは欧州車の顔をしている。欧州の人にとっては、これらの中国製EVを購入することに対して、さほど抵抗感はないだろう。また欧州メーカーも無理して自社のEVの価格を下げるインセンティブは働かない。

これまで欧州でEVが売れていたのは、欧州の人たちの環境に対する意識の高さと各国政府による補助金があったからである。しかしここにきて、局面は急展開する可能性がある。中国製の中国の顔を持ったEVが登場してきたのである。23年年初めから欧州市場に登場したBYDの安価なEVがシェアを伸ばし、遂に5.4%と無視できない規模になってきた。BYDは23年中にバッテリー工場とEV製造工場をハンガリーに完成済みで、BYDのEVは今後、欧州製EVとして懲罰的関税の網からも抜け出しそうなのである。

欧州におけるEVの動向は、日本で語られるような簡単な話ではなさそうである。中国のEVメーカーもドイツの自動車メーカーも生き残りをかけて必死に戦っている。日本の自動車メーカーは油断していると足元をすくわれるかもしれない。

※『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』過去の参考記事は以下の通り

第265回「急増する中国EVと在タイ日系企業の覚悟―中国 見たまま聞いたまま(その4完)」(2024年4月26日)

https://www.newsyataimura.com/ozawa-146/#more-14755

第264回「中国のEV市場を見て感じたこと―中国 見たまま聞いたまま(その3)」(2024年4月12日)

https://www.newsyataimura.com/ozawa-145/#more-14714

第263回「中国経済は本当に破綻するのか?―中国 見たまま聞いたまま(その2)」(2024年3月29日)

https://www.newsyataimura.com/ozawa-144/#more-14672

第262回「閉じこもる大国?―中国 見たまま聞いたまま(その1)」(2024年3月15日)

https://www.newsyataimura.com/ozawa-143/#more-14644

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