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わかりやすく説明する世界のロケット・宇宙衛星産業の現状
『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第279回

11月 15日 2024年 経済

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小澤 仁(おざわ・ひとし)

oバンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住26年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。

ロケットや宇宙衛星など、私たちが普段生活しているうえでは絶対にお目にかかれない機械・器具類がある。一部の専門家を除いてはこれらの宇宙産業に関心を示す人は少ない。ところが実際には「気象予報」「Wi-Fiなどの通信」「衛星放送」「位置情報」など、私たちの生活はこれら「宇宙産業の恩恵無くして生きていけない」ほどになっている。また近年これら宇宙産業の進化のスピードは目覚ましいものがある。日本企業にとって、この領域での技術の遅れはあらゆる先端技術での敗北を意味しかねない。今回は、世界との技術の遅れが顕在化しつつある日本の宇宙産業に警鐘を鳴らす意味を込めて、世界のロケット・宇宙衛星産業の現状を紹介する。

1宇宙産業とは?

1-1宇宙産業の現状

1 宇宙産業のバリューチェーン

出典:『宇宙ビジネス入門』を基に筆者作成

2 世界の宇宙産業の市場規模推移

出典:Bryce 『Global Space Economy』を基に筆者作成

①宇宙産業はロケット市場と人工衛星市場で構成されるが、2023年はロケット市場72億ドル(全体2%)に対して、人工衛星市場3918億ドル(全体98%)と大半を占める。とくに衛星用地上機器への投資が進んでおり、2014年1018億ドル(全体28%)から、2023年1504億ドル(全体38%)と約1.5倍に拡大。今後も人工衛星市場を中心に、市場規模の拡大が見込まれる

②宇宙産業に占める政府予算は2014年,190億ドル(全体32%)から、2023年1140億ドル(全体28%)と金額・割合ともに減少。一方、民需は2014年2465億ドル(全体68%)から2023年2850億ドル(全体72%)と約1.15倍に拡大

③宇宙産業に占めるロケット市場の割合は小さいが、人工衛星を宇宙へ運ぶにはロケットが唯一の手段であるため、宇宙産業を考察するにあたってロケット市場の動向も重要となる。本稿では、はじめにロケットと人工衛星に関する基本的な解説をしたうえで各市場動向の考察を行い、日本企業が宇宙産業で発展するための手掛かりを探る

2ロケットと人工衛星の基本構造

2-1ロケットの構造

3 ロケットの基本的な構造

出典:『トコトンやさしい宇宙ロケットの本(第3版)』を基に筆者作成

①ロケットは、人工衛星や宇宙飛行士などを宇宙空間に運ぶための輸送機で、その構成は「フェアリング」、「機体部分」、「エンジン」の3つに分けられる

②フェアリングはロケットの最先端部に位置し、中に搭載している積載物を打ち上げ時の音響、振動、大気中の飛行時に生じる摩擦熱から保護する役割がある。ロケットが目的地に到達すると、機体から分離されて積載物を宇宙空間に放出する

③機体部分には主に推進剤が搭載されている。機体部分の素材には高強度かつ軽量なアルミニウム合金、チタン合金、ニッケル合金、炭素繊維強化プラスチックなどが使用される。 機体部分を数段に分け、第一段から次々にエンジンを点火して燃焼させ、燃焼済みの部分を順次切り離す方式のロケットは「多段式ロケット」と呼ばれる

④エンジンは推進剤を後方に噴出することで推力を得る装置である。多数のロケットエンジンを束ねて構成されるロケットは「クラスターロケット」と呼ばれる

⑤ロケットを設計する際は、推力、質量比、燃料比、比推力を用いて性能が計算される。ロケットで打ち上げた人工衛星が地球の軌道を周回し続けるには、高度1km未満で7.9km/sの速度が必要になり、「第1宇宙速度」と呼ばれる。さらに地球の引力圏から脱出するには11km/sの速度が必要になり、「第2宇宙速度」と呼ばれる

2-2人工衛星の構造

4 人工衛星の構造

出典: ファン!ファン!JAXA!筑波大学「結」プロジェクト (tsukuba.ac.jp)を基に筆者作成

1 バス機器の分類

出典:人工衛星を構成する要素とは | 日経クロステック(xTECH) (nikkei.com)

   文部科学各省『宇宙用部品・コンポーネントに関する総合的な技術戦略』を基に筆者作成

①人工衛星の構成部品は「バス機器」と「ミッション機器」の2つに分けられる。バス機器は人工衛星の目的に関わらず、人工衛星の構成に必要な基本機器のことで「構体系」、「電源系」、「熱制御系」、「姿勢・軌道制御系」、「推進系」、「TT&C系」の6つに分類される

②ミッション機器は人工衛星に与えられた目的を遂行するために必要な機器のことで「センサ系」、「通信中継器系」の2つに分類される。衛星運用事業者が人工衛星を調達する場合、衛星メーカーからバス機器が一体となった衛星プラットフォームを購入し、ミッション機器は自社で開発または別事業者から購入してバス機器に取り付ける

2-3人工衛星の利用目的

2 人工衛星の利用目的別の分類

出典:中国・ロシア「攻撃型衛星」を開発 防衛白書を読む⑧ – 日本経済新聞 (nikkei.com)

   JAXA『人工衛星ってなんだろう?人工衛星の基礎知識』を基に筆者作成

表3 代表的な軌道


図5 代表的な軌道

出典:表3・図5は軌道の種類と用途 (sorabatake.jp)を基に筆者作成

①人工衛星が地球の軌道上を周回し続けるには、高度1km未満で7.9km/sの速度が必要になるが、必要速度は高度上昇につれて低下する。人工衛星が地球を1周する時間を「周期」といい、高度上昇につれて長くなる。人工衛星を運用する軌道は、人工衛星の利用目的によって異なる

②地球観測衛星は、観測対象物が反射・放射している電磁波をセンサで捉えることで形質などの情報を把握する。天気予報や温室効果ガスの分布況の把握などに役立つ

③通信放送衛星は、地上局とユーザー端末などを繋(つな)ぐ中継器としての役割を果たす。通信には電磁波が使われる。衛星放送のほか、地上回線の利用が困難な山間地や離島、船舶・航空機などへのインターネット通信サービス提供に利用される

④測位衛星は、電磁波の送受信に掛かる時間を計測することで、位置情報を特定する。カーナビや地図アプリなどのサービスに利用される

2-4電磁波

6 電磁波の波長と周波数

出典:図6『「電波」と「光」の違いは?(IISE) (note.com)

電磁波とは電界と磁界が互いに影響しあって空間を伝わっていく波のこと。電磁波の大きさは周波数と波長で示される。周波数は1秒間における波の数のことで単位はHz。波長は波の1周期分の長さのことで、周波数が高いほど1秒間に発生する波の数が多くなるため、波長は短くなる

4 電磁波の分類

出典:電磁波とは | 電磁界情報センター (jeic-emf.jp)を基に筆者作成

電磁波の性質として、波長が長いほど物体を超えて伝達する直進性が高く、物体にぶつかっても物体の陰に回り込む回折が起こりやすいため、遠くまで伝わる。一方、波長が短いほど伝達距離は短いが、波の数が多くなるため送れる情報量が多くなる。

5 地球観測衛星の代表的なセンサの種類

出典:センサの種類からみる人工衛星リモートセンシング (note.com)を基に筆者

①地球観測衛星に搭載されているセンサは、観測対象物が放射・反射している電磁波の強弱を観測する。電磁波の波長によって得られる情報は異なり、センサによって観測できる波長が異なるため、様々なセンサが複合的に使われる。地球観測衛星では主に極超短波~紫外線の波長を観測する

②光学センサもハイスペクトルセンサも観測する波長帯は同じであるが、光学センサでは捉えた波長を3~10個程に分けて光の強弱を観測する一方、ハイスペクトルセンサではプリズムを用いて10個~300個程まで分けて観測するため、より高解像な情報が得られる。ハイスペクトルセンサは高コストかつ高重量な点がデメリット

3ロケットの分析

3-1ロケット市場の動向

7 世界におけるロケット製造額・打上額と打上回数の推移

出典:Bryce 『Global Space Economy』を基に筆者作成

(ロケット1機当たりのコスト)は(ロケット製造額と打上額の合計)を(ロケット打上回数)で除したもの

8 国別のロケット打上回数の推移

出典:内閣府宇宙開発戦略推進事務局『宇宙輸送を取り巻く環境認識と将来像』を基に筆者作成

※アメリカの内、スペースXのみ別集計

①ロケット市場の規模が横ばいに推移している一方、打上回数は2014年59回から2022年178回と3倍に増加。ロケット1機当たりのコストは、2014年6400万ドルから2022年3900万ドルと約40%も下落

②国別のロケット打ち上げ回数では、アメリカが2010年13回(全体18%)から2022年84回(全体47%)、中国が2010年15回(全体21%)から2022年62回(全体34%)と回数を伸ばしている

③とくにスペースXが2010年2回(全体3%)から2022年61回(全体34%)と大きな割合を占める。スペースXのロケット打ち上げ回数が増加している背景には、ロケット打ち上げコストの低下がある

④日本では2010年から2021年まで毎年ロケット打ち上げを行っていたが、2022年は打ち上げ回数が0回となった。要因としては旧型のH2ではコスト面で他国のロケットに劣ること、新型ロケットH3開発の遅れが挙げられる

6 各国の主要ロケット比較(2024月9時点)

出典:各国宇宙機関のHPを基に筆者作成

H3・MOMOの打ち上げコストは145円/ドルでドル換算。※ソユーズ打ち上げ回数は2009年時点の情報

打ち上げコスト/積載能力)は(1回当たり打ち上げコスト)を(積載能力)で除したもので、 積載物1kgを打ち上げるにあたり、コストがいくら掛かるかを示す。実際の提供価格は非公表

①各国の主要ロケットは高い成功率(90%以上)を維持している。現在のロケット市場の動向として、打ち上げ成功率が高いことは前提に、低コスト化の競争が激化している

②現在、最も低コストでロケット打ち上げサービスを提供しているのは、アメリカのファルコン9(2983ドル/kg)である。ファルコン9は、燃料にケロシンを用いることや、エンジンを再利用することで低コスト化を実現させている

3-3主要ロケットのコスト削減策

7 酸化剤を酸素とした場合の燃料の比較

出典:近未来のロケットは都市ガスで飛ぶ|ina111 / 稲川貴大 (note.com)を基に筆者作成

各国の主要ロケットには液体燃料が使われる。燃料ごとの特徴として、水素は全物質の中で最も軽く噴射速度を速くできるため、比推力を高くできるが高コスト。一方、ケロシンは水素に比べて比推力では劣るが、保管のしやすさやコスト面では優位性がある。

3-3-1スペースX / ファルコン9

7 ファルコン9の第1段エンジン再利用

出典:コスト100分の1へ、再使用ロケットが壊す宇宙の常識と残る課題 | 宙畑 (sorabatake.jp)

①ファルコン9はスペースXが開発した商業打上げロケット。第 1 段エンジンの再利用が可能で、宇宙空間まで到達した第2段エンジンより上部は回収・再利用されない

②第1段エンジンは役目を終えた後、第2段エンジンと分離され重力によって落下するが、推進剤を逆噴射することで落下速度・位置を調整して軟着陸する。ファルコン9の第1段目には9機のエンジンが搭載されており、運転エンジン数を調整したり、各エンジンで柔軟に出力調整できたりする点が、逆噴射による精確な制御を可能にしている

③ロケットエンジンの再利用では、新たなロケットエンジンの製造リードタイムが無くなるため、コスト低下だけでなく打ち上げ頻度の向上にもつながる

3-3-2日本のロケット

〈三菱重工業 / H3〉

①H3はJAXAと三菱重工業がH2の後継機として、低コストかつ積載能力と安全性の向上を目指して開発。H3では低コスト化のため、電子機器の約90%を自動車用電子部品から採用。打ち上げコスト目標50億円に対して、実際のコストは非公表

②H3ロケットはこれまでに3回の打ち上げが実施されているが、内1回(初号機)は失敗。失敗要因は(1)第2段エンジン内の点火プラグ、または(2)第2段エンジンを制御する電気回路内の定電圧ダイオードのいずれか。失敗の背景には(1)装置内部の製造後の状態変化を考えた対策がなかったこと、(2)定電圧ダイオードが異常現象に耐えるかの確認が不十分であったこと。改善の結果、2号機、3号機の打ち上げは成功

〈インターステラテクノロジズ / MOMO〉

インターステラテクノロジズは堀江貴文氏らが創業したロケット開発ベンチャーで、実験用の超小型衛星の打ち上げを目的とした液体燃料ロケット「MOMO」を開発。MOMOは超小型衛星を高度100km地点まで打ち上げる能力を持っているが、第1宇宙速度には達しないため、打ち上げ後に自由落下する

4人工衛星市場の分析

4-1人工衛星市場の動向

図8 世界の人工衛星市場の推移

9 民間衛星サービスの内訳

出典:図8はBryce 『Global Space Economy』を基に筆者作成

   図9はBryce 『State of Satellite Industry Report2017-2021』を基に筆者作成

※(図9)2021-2023年は内訳データ無し。法人向けサービスの内訳は衛星通信サービスが中心

①人工衛星市場は2016年2550億ドルから2023年2778億ドルと、市場規模は拡大傾向。とくに衛星用地上機器の伸びが大きく、2016年1134億ドル(全体44%)から2023年1504億ドル(全体54%)と約1.3倍に拡大

②衛星用地上機器には、大きく3つの役割がある。

(1)人工衛星の状態を監視したり、人工衛星を制御したりするための指令を行う

(2)人工衛星が取得した画像データを受信・蓄積し、利用者に送信する

(3)衛星放送・電話・インターネットなどの中継局として、通信サービスを提供する人工衛星の増加に伴って衛星用地上機器の需要も高まっている

③民間衛星サービスは2016年1277億ドル(全体50%)から2023年1102億ドル(全体40%)と金額・割合ともに減少。民間衛星サービスの内訳では、衛星放送が大きな割合を占めており、2016年977億ドル(全体76%)から2020年884億ドル(全体75%)と減少が大きい。要因として、アメリカのネットフリックスをはじめとした、ネット経由の動画配信サービスとの競合が考えられる

④人工衛星の製造額は2016年139億ドル(全体5%)から2023年172億ドル(全体6%)とわずかながら増加。人工衛星市場に占める割合は小さいが、人工衛星製造の変化が人工衛星市場の全体に影響を及ぼしている

10 世界における人工衛星の製造額と製造数の推移

出典:Bryce 『Global Space Economy』を基に筆者作成

※(人工衛星1機当たりのコスト)は(人工衛星製造額)を(ロケット打ち上げ回数)で除したもの

11 小型衛星の分類別の打ち上げ実績

出典:Bryce『 Smallsats by the Numbers 2019-2024』を基に筆者作成

①人工衛星の製造額が横ばいで推移している一方、製造数は2017年150機から2022年2064機と約14倍に急増。人工衛星1機当たりのコストは2017年1億330万ドルから2022年770万ドルと1/13の水準まで低下

②製造コスト低下の背景には、人工衛星の小型化がある。NASAによると小型衛星とは質量1200kg以下のものと定義。小型衛星の打ち上げ数は2018年328機から2023年2860機と8.7倍に増加。とくに小型衛星の中でも通信衛星の伸びが大きく、2018年35機(全体11%)から2023年2231機(全体78%)と約64倍に急増

8 大型衛星と小型衛星の比較

出典:経済産業省『宇宙産業振興施策について』

①人工衛星は初めて開発されてから長らくの間、大型化の一途をたどってきたが、1990年ごろに小型衛星が現れてからは、小型衛星が主流になりつつある

②従来、人工衛星の性能向上には大型化が唯一の方法であったが、近年では電子部品の高性能・小型軽量化により、小型かつ高性能な人工衛星を製造することが可能となった

③小型衛星の最大のメリットは、低コスト化と開発期間の短期化である。人工衛星のコスト面には、衛星自体の開発コストとロケットによる打ち上げコストがある。開発コストでは衛星自体が小さいく部品数も少なく済むため、コストダウンに直結する

④ロケット打ち上げコストに関しても、他ユーザーとの相乗り打ち上げがしやすくなり、負担額を抑えることができる。また、近年ではロケット打ち上げコスト自体が低下してきていることも相まって、小型人工衛星の打ち上げ数が急増している

12 複数衛星の一体運用

出典:注目の「衛星コンステレーション」とは? 国際社会経済研究所(IISE) (note.com)

9 静止軌道通信と低軌道コンステレーション通信の比較

出典:通信衛星コンステレーションビジネスとは~参入企業、市場規模、宙畑 (sorabatake.jp)

①ロケット打ち上げコストと衛星製造コストが低下したことによって、従来と比較して大量の衛星を打ち上げることが可能になった。近年では数十~数万機の衛星を一体的に運用してサービスを提供する取り組みが進んでいる。複数の衛星を一体的に運用する手法を「コンステレーション」と呼ぶ。コンステレーションは地球観測衛星でも利用されるが、とくに通信衛星の分野で取り組みが進んでいる

②通信衛星では通信速度を向上させるため、投入する軌道を従来の主流であった静止軌道から、低軌道へのシフトが進んでいる。しかし低軌道では周期が短く、1機あたりの衛星の通信サービス提供地域は次々と変化してしまう。そのため、通信衛星を低軌道に大量に配置し、コンステレーションとしてサービスを提供することで、1機あたりの範囲の狭さを補うことが可能となる

4-2人工衛星市場における各国の動向

10 国別の人工衛星運用機数 上位7ヵ国(2023年時点)

出典:Satellites by Country or Organization – (n2yo.com)を基に筆者作成

11 世界の企業別 人工衛星の製造実績(2022年実績)

出典:SJAC資料を基に筆者作成

13 エアバスの人工衛星製造工場

出典:Eutelsat OneWeb

①人工衛星の運用機数では、2023年時点でアメリカが8403機と全体の64%を占めており、衛星サービスの大半がアメリカによって提供されていると考えられる

②衛星製造数でも、2022年実績ではスペースX(アメリカ)だけで1720機と全体の83%を占める。現状、スペースXは自社利用でのみ衛星製造を手掛けているが、衛星プラットフォームとして外販を開始すれば、大規模生産による低コスト化と高い運用実績により、市場の寡占化がますます進むと予想される

③衛星製造数ではスペースXに次いで、エアバス(フランス)が76機と多い。エアバスはコンステレーションによる衛星プラットフォームの需要拡大を見越して、高速衛星組立ライン工場を早い段階で建設した。結果として衛星製造コストを従来の数千万ドルから10%未満まで削減し、1週間に15機の衛星が製造可能となっている。ワンウェブ(イギリス)からコンステレーション用の衛星900機の受注を獲得している

④日本は2023年時点で衛星運用数211機(国別5位)あるが、2022年の衛星製造実績はわずか3機のみと他国に大きく後れている。日本企業でも、コンステレーションを見据えた、小型かつ低コストの衛星プラットフォームの開発が必要と考える

4-3コンステレーション

12 コンステレーションによる衛星通信事業者

出典:各企業HP、Bloomberg、総務省『技術戦略委員会説明資料』を基に筆者作成

※売上高は衛星事業による収益を記載。衛星事業のみで確認できないものや未公開の場合はN/Aとしている

OneWebはEutelsatの子会社。※SpaceXとOneWebは非上場企業につき売上高は報道機関による推計値

13 各衛星製造業者の衛星比較

出典:各企業HPを基に筆者作成

①欧米企業を中心にコンステレーションによる衛星通信事業の取り組みが進んでいる。SESは1985年にルクセンブルク政府主導のもと設立された衛星通信事業者で、2013年には世界初の中軌道コンステレーション通信事業を開始。2022年にはアメリカの防衛請負業者Leonardo DRSを買収するなどして、 政府向けの売上を拡大させている

②日本企業ではスカパーがコンステレーション通信事業への参入を検討段階。衛星製造では日本企業による受注獲得は無い。これは推進機の電気推進化が遅れているためと考えられる。搭載されている推進機が電気推進機のみの人工衛星を「全電化衛星」と呼ぶ

③全電化衛星は2012年にBoeingが世界で初めて受注し、2015年に打ち上げと軌道投入を成功させた。以降、各国に おいて全電化衛星開発に向けた動きが加速している

④日本ではJAXAと三菱電機が主導して全電化衛星の技術試験機「ETS-9」の開発を進めているが、2025年度の打ち上げを予定している段階で、商業利用には至っていない状況。ETS-9に搭載予定の電気推進機の開発はIHIが担っている

4-4電気推進機

14 化学推進と電気推進の比較

出典:電気推進ってなんだ? | ファン! ファン!JAXA!を基に筆者作成

※推力:1ニュートンは1kgの質量を1m/s²の加速度で動かすのに必要な力

※比推力:推進剤1kgを消費して推力9.8ニュートンを発生し続けられる時間を表す

14 化学推進衛星と電気推進衛星の質量配分比較

出典:技術試験衛星9号機 – JAXA 第一宇宙技術部門 サテライトナビゲーター

①推進機は、ロケットから宇宙空間に放出された人工衛星を予定の軌道に投入したり、軌道の維持や姿勢・位置の制御をしたりするための装置。電気推進は電気の力を使ってガス化した推進剤を加速・放出し、その反作用によって推力を発生させる推進機である

②電気推進は化学推進に比べて推力は小さいが、長時間にわたって安定した推力を発生させることで、空気抵抗や重力が小さい宇宙空間では軌道変更や姿勢制御が可能となる

③化学推進機を搭載した衛星では、質量の中で推進剤が最も大きな割合を占めていたが、電気推進機は化学推進機に比べて比推力が大きい(燃費が良い)ため、同じ推力を発生させるのに必要な推進剤の量を大幅に軽減できる。 推進剤を軽減することで、小型軽量かつより多くの機器を搭載できるようになる

15 電気推進機の分類

出典:『電気推進ロケットエンジン開発研究の現状と 今後の展開』を基に筆者作成

※推進効率とは推進機に供給された電気エネルギーに対する、推力発生の運動エネルギーの割合

※推力密度とは推進機の面積に対する推力の割合を表す。数値が大きいほど同じ面積でより大きな推力が発

①電気推進は推力発生方法の違いにより「電熱加速型」、「電磁加速型」、「静電加速型」の3種類に分類される

②静電加速型に分類される「ホールスラスタ」では、推進剤を電離させるために電子を排出機内に供給する。電子はホール効果によって排出機内に閉じ込められ、螺旋(らせん)状に運動し続ける。運動を続ける電子に推進剤の分子が衝突することで電離が起こり、プラスイオンが生成される。プラスイオンはコイルの電場によって加速・排出される推力密度を得られる。同じ推力を発生させる場合、推力密度が大きいことから、他の電気推進機と比較してより小型化が可能

③また、ホールスラスタは推進効率も比較的高いことが相まって、大型衛星に比べて電力供給量の小さい小型衛星に適しており、小型衛星への採用が増加している

16 ホールスラスタの主要メーカー

出典:各社HPと『ホールスラスタと通信衛星コンステレーションビジネス』を基に筆者作成

①ホールスラスタの研究は 1960 年代にアメリカとロシアで独自に開始され、1971年にはホールスラスタを搭載した最初の衛星(METEOR-18)がロシアで打ち上げられた。とくに同衛星のホールスラスタを製造したロシアの企業Fakelは、電気推進機の開発に50年以上の経験があり、世界におけるリーディングカンパニーの1つとなっている

②Fakelは欧米の主要衛星メーカーにホールスラスタを販売していたが、ロシアによるウクライナ侵攻によって経済制裁の対象となったため、Airbusではホールスラスタの仕入れ先をFakelからアメリカのBusekへと変更した

③今後、世界情勢の変化などによって、同様に海外からの輸入ができなくなるケースが想定されることから、日本でも自国でホールスラスタを量産できる体制を作ることが望ましい。日本ではIHIがホールスラスタの研究開発を進めており、2025年度に打ち上げ予定の技術試験衛星ETS-9に搭載予定であるが、商業化のめどは立ってない

④日本におけるホールスラスタ開発の課題として、長寿命化が挙げられる。低軌道向け小型衛星では平均的に3~5年程度(2万6280~4万3800時間)稼働することが求められる。日本の試作機では長時間稼働するにつれてホールスラスタ排出機内のセラミック製の壁面がプラズマや電子により損耗(そんもう)し、推力が低下してしまう。長期間の稼働を実現させるため、壁面に使われるセラミック素材の改良や、壁面損耗のないエンジン設計が必要と考えられる

5まとめ

①宇宙産業では人工衛星市場の占める割合が98%と大きく、今後も市場の拡大が見込まれている。ロケット市場は宇宙産業に対して全体の2%と規模は小さいが、ロケット打ち上げコストの低下が人工衛星市場に大きな影響を及ぼしている

②ロケット打ち上げコストの削減策として、アメリカのファルコン9ではエンジンの再利用や燃料にケロシンが用いられている。日本のH3では自動車用の電子部品の採用が進められているが、初打ち上げに失敗しており、今後の信頼性向上が期待される

③人工衛星市場ではロケット打ち上げコストの低下と、人工衛星の小型化かつ低コスト化が相まって小型衛星の打ち上げが急増し、複数の衛星を一体的に運用するコンステレーションの取り組みが進んでいる。世界ではとくにコンステレーションを用いた衛星通信事業が盛んになっているが、日本ではスカパーが事業検討しているのみ

④コンステレーション用の衛星製造では欧米企業が先行しており、エアバスでは早い段階で高速衛星組立ライン工場を設立し900機の受注を獲得。一方、日本企業による受注獲得実績はなし。日本ではコンステレーション用の衛星製造にあたって、衛星の小型化に重要な電気推進機、とくにホールスラスタの開発が遅れている

⑤日本におけるホールスラスタ開発の課題は長寿命化であり、長期間の稼働を実現させるため、壁面に使われるセラミック素材の改良や、壁面損耗のないエンジン設計が必要

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