п»ї アジア太平洋 撤退する米国APECに中国の影響力 『山田厚史の地球は丸くない』第276回 | ニュース屋台村

アジア太平洋 撤退する米国
APECに中国の影響力
『山田厚史の地球は丸くない』第276回

11月 22日 2024年 経済

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

米国のトランプ政権の誕生に世界は身構えている。自国第一主義、温暖化対策の否定、反自由貿易……。世界秩序に背を向け、引きこもろうとする米国によってできた空白を埋めるのは中国。11月16日までペルーのリマで開かれたアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会合は、この地域の重心が米国から中国へと動いていることをうかがわせた。

◆夢で終わった日本主導の地域統合

会議を締めくくる首脳宣言には、風前の灯火(ともしび)のような「自由貿易の精神」を鼓舞する言葉が並んだ。

「自由で開かれた、公正で透明性のある貿易・投資環境の実現」

「WTO(世界貿易機関)を中核としたルールに基づく多角的な貿易体制の支持」

APECは1989年11月、キャンベラで政府間協力の場として発足。2年後のソウル宣言で方向性が打ち出され、「開かれた多角的貿易体制の推進・強化」を促進する地域の協議機関として動き出した。

背景にあったのは、欧州の変化だ。89年にベルリンの壁が崩れ、90年にはソ連が消滅。東欧は雪崩を打って市場経済へと動き、EU(欧州連合)は経済活動から国境を取り払う「市場統合」に向かっていた。

「アジアがバラバラでは時代から取り残される」という危機感からヒト・モノ・カネが自由に動ける地域統合を目指す、そんな空気の中からAPECは誕生した。「自由貿易と多国間の市場開放」はAPECが生まれた時からの精神だ。

水面下で動いたのは日本だった。競争力で世界を凌駕(りょうが)する力はあっても米国や欧州市場で貿易摩擦が深刻化していた。自由に振る舞える市場がほしい。アジアを基盤とする市場は通産省(当時)の悲願だった。為替相場で苦慮していた大蔵省(当時)は世界のドル支配に抗して「円経済圏」を夢想した。

そうした中で「東アジア経済圏」という構想を日本は描いていた。欧州経済統合の「アジア版」である。マレーシアのマハティール首相(当時)と組んで日本・ASEAN(東南アジア諸国連合)・オーストラリアを核にした「EAEC(東アジア経済統合)」を画策した。だが、アメリカは許さなかった。アメリカ抜きでアジアに経済圏をつくることは認められない、と外交ルートを通じ「待った」がかかった。中国も日本がアジアで力を持つことを警戒し、日本主導の地域統合は夢で終わった。

◆立ち枯れたTPP

アメリカのクリントン大統領は1993年、シアトルで開かれたAPEC定期会合に各国首脳を集めた。閣僚会議だったAPECを格上げし、太平洋を囲む経済圏の首脳会合を毎年開くことを提案した。アジアでまとまろうとする日本を抑え、アメリカ主導でAPECは動き出した。

アメリカの構想を加速させたのがTPP(環太平洋経済連携)だ。関税を引き下げ、自由貿易を極限まで進めて経済を一体化する。民主党のオバマ政権が仕掛けた戦略で、アメリカが世界に誇るバイオ製剤やITソフト、金融・保険、農産物などの売り込みに力を入れた。アメリカ経済圏を成長が期待できるアジアに張り出す。ところが、2016年の大統領選挙でトランプが勝ち、逆流が始まった。

4年後、バイデンが大統領になってもTPPに戻れない。外国製品に押される製造業に自由貿易は毛嫌いされた。TPPは立ち枯れたまま、APECもかすんでしまった。

◆中国にチャンス到来

そしてトランプが再登場。トドメを刺されかねないAPECに新しい動きが見えたのが今回の会合だ。

残る任期は1か月余りのバイデン大統領の影は薄く、代わって主役となったのは中国の習近平主席だった。

「多国間主義と開放型経済を堅持する。地域経済の統合と相互連結を推進し、円滑な産業チェーン・サプライチェーンを維持する」と訴え、人工知能(AI)、量子情報、バイオヘルスケアなどで互いに協力し、地域の包括的な発展を推進することを提案した。

アメリカが放棄した自由貿易の旗を中国が拾い上げたのである。TPPへの加盟も申請するという。アメリカが目指した環太平洋経済圏は中国がいただく、と言わんばかりの宣言だった。

巨大な米国市場を途上国に解放し、見返りに市場開放を求めるのがアメリカのやり方だった。世界最大の消費市場がアメリカの強みで、市場を通じた依存関係が政治支配力を高めた。

「一律関税10〜20%、中国は60%」という時代錯誤を掲げたトランプは、政治的優位を失うだけでなく、同盟国の離反を招くだろう。

中国にとってチャンス到来である。代わって自由貿易の盟主になり、巨大市場と援助をテコに経済外交を展開しようというわけだ。

米中の覇権争いは軍事面に目を奪われがちだが、根底には経済力がある。トランプ登場もアメリカの衰退と経済の歪(ゆが)みが背後にある。

1%の金持ちが富の90%を占めるとされる経済。国民の6割近くが生活に汲々(きゅうきゅう)としながら、一部の投資家や経営者は使いきれないほどカネを持っている。そんな社会が生み出した憤懣(ふんまん)を吸い上げたトランプが政権を握った。

◆「革命前夜」思わす米経済システム

アメリカ大統領選で接戦区となった地域は古い製造業が集積している。賃金が高いアメリカでは、他国がまねできない商品を生み出さなければ企業は勝ち残れない。どこでも作れる製品では企業の存続は容易ではない。資本は低賃金を求めて国境を飛び出し、取り残された製造現場で働く人に絶望感が漂う。

格差と貧困をバネに成長するアメリカの経済システムは、いまや「革命前夜」を思わす状況だ。怒りの矛先を中国製品や移民、高学歴の支配層に向けた選挙戦術は成功したが、トランプ陣営に問題を解決する政策は見えない。

新政権には反中国、反移民、反地球、反自由貿易に靡(なび)く強硬派が目立つ。社会の分断を解消するどころか、対立を煽(あお)るような顔ぶれだ。

関税を引き上げ、移民を排斥し、金利を下げても問題は解決しない。物価高騰や人手不足を招きインフレを高進しかねない。

国際秩序を無視する自国第一主義は他国の離反を招き、国内の混乱はアメリカをますます内向きにする。

「世界の保安官」を辞め、中東から撤退してアジア太平洋に軸足を移したアメリカは、ここからも撤退することになりそうだ。

歴史は、その時代にふさわしい指導者を選び出す、という。

トランプが選ばれた意味を世界は噛(か)みしめることになるだろう。(文中一部敬称略)

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