п»ї 裏切られた蜜月 同盟に亀裂 日鉄のUSスチール買収拒否『山田厚史の地球は丸くない』第279回 | ニュース屋台村

裏切られた蜜月 同盟に亀裂
日鉄のUSスチール買収拒否
『山田厚史の地球は丸くない』第279回

1月 10日 2025年 政治, 経済

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

日本製鉄による米鉄鋼大手USスチールの買収を、米国政府は「完全かつ永久的に放棄せよ」と一蹴した。予想された展開ではあったが、ウォール・ストリート・ジャーナル紙は「米国の製造業と安全保障を損なう経済的な自虐行為」と論評した。

さまざまな意味で「米国の現状」を映し出す決定だった。労組まで巻き込む産業の排外主義とロビー活動、目先利得に引きずられる米国政治の劣化、そして「日米同盟とはこの程度」であることが可視化された。

アメリカの製造業が抱える諸問題、保護主義に染まった産業政策、自国第一から自分第一へと傾斜する政治――。論点は多々あるが、今回は「買収拒否」が「日米同盟」そして日本の針路に与えた衝撃を考えてみたい。

◆日米関係への影響懸念する日本財界

エマニュエル駐日米大使は9日、「日米同盟は、一つの金融ビジネス取引で測るより、はるかに強固だ」とし、買収阻止で「同盟関係が揺らぐことはない」との認識を示した(1月10日付朝日新聞)。

同大使は「日米同盟強化」の旗振りだった。台湾有事・中国の脅威を説き、防衛政策転換や予算増額を実現させた米政府の「現場責任者」である。中国に対峙(たいじ)する最前線に日本を押し出した「手柄」を抱えて離任することになっていたが、直前に起きた「買収阻止」は、納得いかないものだったようだ。

ワシントン・ポスト紙によると、同大使は複数の米政府高官と共に買収阻止に反対し、懸念を表明していた、という。

日本のメディアの取材には「(反対表明は)あくまでも個人的な意見」とし、「日米同盟はこの程度のことで揺らぐものではない」とする公式発言に終始した。

大使は、本音では「買収を拒否すれば日本の対米感情が悪化する、とりわけ親米世論を支えてきた経済界に不信が広がることを懸念している」とみられる。

6日開かれた財界の賀詞交換会で経団連会長の十倉雅和住友化学会長は「日米関係に影響しないか懸念している」と語った。会合での財界人の発言を朝日新聞は以下のように伝えている。

「裏切られた気持ち」(DeNAの南場智子会長)、「経済合理性に欠けている」(日本生命の筒井義信会長)、「ここまで労働組合の言い分を聞いてしまうのか」(富士電機の近藤史郎社長)。

経済同友会代表幹事の新浪剛史サントリーホールディングス社長は、米大統領らを提訴した日鉄に「ぜひ戦い抜いて頂きたい」とエールを送った。

◆リーダー不在の時代に

エマニュエル大使の言う通り「日米関係は一つのビジネス取引よりはるかに強固」だろう。だが、強固な関係を支えてきた信頼にヒビが入ったらどうなるのか。

いま日本では、政府も産業界もトランプ次期大統領の再登板を警戒している。国際ルールや常識などクソ食らえと言わんばかりで、「暴言」や「脅し」を連発し、他国との交渉で有利な立場に立とうとしている。

「ディール(交渉ごと)」や「損得勘定」が優先し、思いやり、敬意という人としての価値は力を持たない、リーダー不在の時代になろうとしている

そんな時に「バイデン、お前もか!」と思わせる理不尽な決定が下されたのである。

アメリカの病は「トランプだから」ではなく、「こんなアメリカだからトランプが出てきた」ということがバイデンの振る舞いで明らかになった。

「日米同盟はかつてない高みに立った」。ことあるごとに謳(うた)われるこの言葉が、いかに内実の伴わないものだったか。アメリカとのビジネスに人生を賭けている産業界の人たちにとってショックだったろう。

「日米関係は世界でも稀(まれ)な良好な関係」と口で言いながら、大事なものには触らせない。経済的合理性に基づく投資判断を「外資はダメ」と人種的偏見が絡んでか、理不尽な反発が起こり、それを政権が丸のみしてしまう。

「同盟の強化」は、安倍・トランプ時代から加速した。岸田政権になると日本は防衛戦略を大転換し、専守防衛から敵基地攻撃へと舵(かじ)を切った。訪米した岸田首相をバイデン大統領は肩を抱いて歓待した。翌年は、財政難の中で防衛予算の倍増に道を開き、対中抑止力を高める兵器爆買いを決めてまた大歓待された。その度に「同盟の強化」が囃(はや)された。

米国の意に沿ったことをやっていれば「褒めて」もらえるが、国内から異論が出ると手のひら返しする。日米蜜月とは、その程度のものだった、と見えてしまった。それが今回の買収拒否である

◆対米追従はリスクでしかない

日鉄の橋本英二会長は7日の記者会見で、「バイデンは」と大統領を何度も呼び捨てにして怒りを露わにした。

正当な手続きを踏み、設備投資や技術移転を約束し、米国籍の役員を過半数にして、撤退など勝手にしないことまで約束しながらも、「経済的安全保障」を口実に「買収は永遠に認めない」と拒否された。

訴訟しても勝ち目がないことを知りながら、「長いものには巻かれろ」を廃す。大統領を正面から批判し、物事の筋を問う。これまでの日米関係には見られなかった「NOと言う日本」である。

日米同盟とはなんだったのか、という問いかけが経済界から上がった。

実は、外交も同じ問題を突き付けられている。米国が世界の中軸としての役割に耐えられなくなり、自国中心に引きこもったことで、EU(欧州連合)やNATO(北大西洋条約機構)では米国とどう対峙するか緊張が高まっている。アジアでもASEAN(東南アジア諸国連合)がアメリカとの距離を測り始めている。インドネシアが中国やロシアが加盟する新興国グループ「BRICS」に加盟し、非アメリカの勢力圏が拡大している。北米自由貿易圏(NAFTA)で協力関係にあったカナダとメキシコはいまやアメリカと緊張関係だ。

そんな中で「ベッタリ」は日本だけである。ベッタリを深めることが「同盟強化」とされ、日本ではメディアも含めもて囃されてきた。世界でも異様な光景である。

米国が変質し、いまや対米追従はリスクでしかない。世界がその方向に動き出している時、日本だけが「20世紀のアメリカ」の幻想に引きずられている

◆トラブルから見えた「日米同盟の真実」

その日本にも変化が出てきた。国会で与党が過半数割れした。「親米=安定」としてきた保守長期政権が揺らいでいる。国会で外交方針を議論する余地が生まれている。

石破政権の誕生は、変化を具体化させるきっかけになりそうだ。政治家石破茂は「日本の対米従属」に批判的な考えを持っているが、首相になったからといって、その方針を押し出すことは簡単ではない。「日米同盟重視」は、引き続きつづくだろう。その上で石破政権は「中国との関係改善」に力を入れている。

「対米一本足外交」を修正する動きであり、世界の趨勢(すうせい)に沿っている。

アメリカが自国第一を掲げ、世界のリーダーとしての振る舞いをかなぐり捨てた。そんな時に、USスチール買収を認めないバイデンの決定が出された。「日本よ、目を覚ませ!」ということだ。

自民党政権で続いていた「日米同盟」で、日本は外交を考えない国になっていた。国際政治で「アメリカの51番目の州」だった。

そのアメリカが衰退し、世界が絶対的なリーダーを欠く「Gゼロ」の時代となった。政治・経済・軍事で突出した力を持つアメリカが「自国利益」を乱暴に主張する。トランプだけではない。体裁はいいがバイデンだって同じ。それが「買収拒否」で見えてしまった。

振り返れば「日米同盟の強化」は、あまりにもとんとん拍子で進みすぎた。首相を退いた安倍晋三がエマニュエル大使と息を合わせ、台湾有事を煽(あお)り、日米軍事一体化を進めた。国民的議論もないまま、敵基地攻撃能力や5年間で43兆円の防衛予算が、あれよあれよと決まっていった。財源もないまま、アメリカ主導で日本が軍事大国になる。漠然たる不安は国民だけでなく経済界にもある。

「アメリカの身勝手」を露わにした今回の決定は、国民に「はて?」と立ち止まらせる機会を与えた。

たった一つの企業とのトラブルではあるが、このトラブルから見えた「日米同盟の真実」は、日本の針路を微妙に変化させるのではないだろうか。(文中一部敬称略)

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