日本の医療機器の実力は?(その3・完)
CT市場・まとめ
『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第286回

2月 28日 2025年 経済

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小澤 仁(おざわ・ひとし)

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バンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住27年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。

  • CT

5-1 CTの概要

13:CTの概要

(出典): 各種webサイトより筆者作成

・CT(Computed Tomography)は、日本語で「コンピューター断層撮影法」と呼ばれる

・CTは、対となるX線発生装置とX線検出器の間に人体を入れ、これらが人体の周りを360度回転しながら全身撮影(X線の放出と検出)を行う。人体を透過したX線は検出器で電気信号に変換され、データ処理装置で解析して体の組織を画像化している

・現在のCTはX線装置の高速回転により検査時間が数分程度の短時間で済むため、緊急時の診断にも使用される

・X線は波長が0.1ナノメートル以下の電磁波であるため、人体を構成する原子の間を透過することが可能。X線管から放射されたX線が人体の組織を透過する際、物質の密度によって透過率が異なり、骨などの高密度部分はX線が透過しにくく、コントラストが鮮明で描写に優れる。一方、臓器などの軟性組織はX線の透過率が高いためにコントラストが出にくい。この透過の差異(X線の強弱)を検出器で検知し、データ処理装置で解析し画像化している。血管撮影においては、コントラスト改善のためにX線を透過しにくいヨウ素を含む造影剤を注入する場合もある

・一方で、X線は人体に有害であり、透過時に人体のDNAを構成する原子を損傷させることがある。これが細胞の突然変異を引き起こし、がんの原因となる可能性があるため、X線出力には制限がある

5-2 CTの歴史

・X線は1895年にヴィルヘルム・レントゲンによって発見され、その後コンピューターの進化とともに、1971年にCTが誕生した

・初期のCTは頭部を対象にしていたが、1970年代後半には全身を撮影できるCTが登場した。これにより、腹部、胸部、骨盤など、全身の様々な部位の診断が可能となった

・1990年代にはマルチスライスCTが主流となった。これは一度に複数の断層画像を取得でき、撮影時間の短縮、心臓や血管などの動きが速い臓器の正確な診断が可能

5-3 マルチスライスCTのX線検出の仕組み

13:マルチスライスCTのX線検出器の仕組み

(出典)各種webサイトより筆者作成

①マルチスライスCTのX線検出器は、シンチレータとフォトダイオードから成る。シンチレータはヨウ化セリウムというヨウ素を含む化合物でできている

②X線がシンチレータに当たることでシンチレータ内のヨウ素がX線のエネルギーを吸収し、余分なエネルギーを光として放出する。フォトダイオードはシリコンの半導体素材で出来ており、光がフォトダイオードに到達すると、その光のエネルギーによって半導体内部の絶縁層を電子が移動できるようになり、電気が流れる。X線が多く透過する部分は光が強いため、電気信号も強くなる。この強弱を解析している

③X線を光へ変換する際、吸収されたX線信号は一部消失してしまうという課題がある。また光の散乱防止で隔壁が必要となるため、障壁単位にX線信号が集約される。障壁の細分化には物理的限界があるため、画像の解像度にも限界がある

5-4 CTの最新技術、フォトカウンティングCT

14:フォトカウンティングCTの検出器の仕組み

(出典)各種webサイトより筆者作成

①フォトカウンティングCTはX線の検出精度が大幅に向上した新しい技術で、検出器には半導体素材であるCZT(テルル化カドミウム-亜鉛)が使われる。CZTは原子番号の大きい重い元素を含んでいるため、構造上原子核の周りに多くの電子を持ち、かつ高密度なため、X線エネルギーの変換効率が高い

②X線がCZTに当たると、CZT内の「価電子帯」にある動けない電子が「伝導帯」と呼ばれる自由に動ける場所へはじき出され(励起)、そこに穴(正孔)が発生し、「電子正孔対」ができる。電極に電気を流しておくことで、電子は陽極へ、正孔は陰極へ引き寄せられ、電気信号として検出される。「電子正孔対」の数で強弱を認識している

③フォトカウンティングCTでは、X線のエネルギー情報を個別に取得することができるため、体内組織の異なるX線吸収割合を詳細に解析することができる。これにより、X線量を従来の100分の1に抑えながら、解像度を10倍に高めることができる

4:マルチスライスCTとフォトカウンティングCTの性能・価格比較表

(出典)各種webサイトより筆者作成

5-5 商用化

・2021年にシーメンスヘルシニアーズが世界初の商業化に成功したが、他メーカーは研究段階。商用化に至っていない理由として、以下の技術的課題が挙げられる

・検出器に使われるCZTはカドミウム、亜鉛、テルルという3種類の元素から構成されており、結晶化が遅い。そのため高精度の管理が必要であり製造自体が難しい

・CZTは、X線を1つずつ高感度で検出できる一方、本来の方向から外れたX線が混入するとノイズとして検知するため、これらを正確・高速処理する技術の開発が難しい

・コスト面でも課題があり、CZTが希少な元素であることや、医療機器の検出器分野でしか使われておらず汎用(はんよう)性が低いため、製造コストが高額である

5-6 CTの市場と製品比較

15:CTの市場、メーカーシェア、上位4社と日本メーカーの製品比較

(注)最新技術に関連している部分は赤色で表示   (出典)各種webサイトより筆者作成

・CTも、エコーやMRIと同じく現代の診断医療において必要不可欠な医療機器であるため、市場規模においても、市場全体4089億ドルに対し417億ドルのシェアを獲得しており、非常に強い存在感を示している

・メーカーシェアでは、GEヘルスケア、シーメンスヘルシニアーズ、フィリップスの3社で市場の約7割のシェアを獲得しており存在感は圧倒的。中国企業も2社合計で市場の約2割を獲得している

・フォトカウンティングCTについては、GEヘルスケアとキヤノンメディカルシステムズが臨床試験の段階である

・キヤノンメディカルシステムズは、フォトカウンティングCTの量産に向け2021年にCZTを製造するカナダの企業を買収している

  1. エコー、MRI、CT市場のシェア上位の企業比較

5:エコー、MRI、CT市場のシェア上位の企業概要比較表

(注) 富士フイルムの医療機器事業は、ヘルスケア部門内のメディカルシステム事業に該当する。一部を除く部門別未満の詳細はIR情報に記載されていないため、具体的な従業員数や時価総額、研究開発費は不明。中国企業のネウソフトメディカルシステムズにおいても個別の時価総額、研究開発費の情報開示なし

(出典)各種webサイトより筆者作成

16:売上高3000億円以上の企業の過去10年間の推移

(注) 富士フイルム:セグメント開示変更により2021年分よりデータ取得可能。マインドレイ:2016年以前データなし

(注) シーメンスヘルシニアーズ:2014年のデータなし。キヤノンメディカルシステムズ:前身の東芝メディカルシステムズを2016年に買収しセグメント変更したため2016年のデータなし。富士フイルム:医療機器事業のみのデータなし。マインドレイ:2016年以前のデータなし

(出典)各種webサイトより筆者作成

・表4を見ると、シーメンスヘルシニアーズ、GEヘルスケア、フィリップスが売上高1兆円以上、年間研究開発費が1000億円以上と圧倒的で、医療機器業界において最大手の位置付けであることが分かる(赤色部分)。その後に売上高の大きい順に中国企業のマインドレイ、日本企業の富士フイルム、キヤノンメディカルシステムズ、中国企業のユナイテッドイメージングヘルスケア、ネウソフトメディカルシステムズが続く

・図16の売上高の10年の推移をみると、シーメンスヘルシニアーズは2020年に放射線治療に強みを持つVarianを買収し2021年は増収。2022年は新型コロナウイルス感染症による検査装置需要増による一過性要因で増収し売上高は3.5兆円に到達。これはキヤノンメディカルシステムズの約7倍の規模である。GEヘルスケアは2020年に医薬品製造機器などのバイオファーマ事業を売却したため2020年、2021年は減収だが、業績は順調に推移している。キヤノンメディカルシステムズ、マインドレイは増収傾向にあるが、マインドレイについては成長率が高く、2017年にはキヤノンメディカルシステムズの5割程度の売上高であったものの、2020年には上回り、以降も高い成長を続けている

・次に研究開発費の推移・比率を見ると、フィリップスとマインドレイが売上高の約10%を投資しており割合が高い。フィリップスについては、2021年に大規模なリコール対応のため2021年の研究開発費は一時的に落ち込んでいる。シーメンスヘルシニアーズ、キヤノンメディカルシステムズも売上高の約9%と高い水準にある。GEヘルスケアは6%前後で推移している

・最大手の3社の最終利益率は7~8%であることから、利益の約半分を研究開発費として投資していることが分かる

・日本企業のキヤノンメディカルシステムズは、割合でみれば最大手の3社と同程度を捻出(ねんしゅつ)しているが、投資額の規模でみると最大手3社の約2割程度しかない。企業規模の差が技術力の差につながってしまっている

7.まとめ

①薬の進歩により多くの感染症が治療可能となり、感染症による死亡率は世界的に減少傾向にある。一方、2019年世界のがんや心疾患などの非感染症での死亡割合は73.75%と高い水準となっている。米国・欧州・日本など先進国においては、死因上位10位に占める非感染症の割合は新型コロナを除くと90%以上となる

②非感染症は早期発見と早期治療が最も重要で、検査・診断にはエコー、MRI、CTが広く使用されている。これら3つの医療機器は体外から画像診断を行える技術を備え、体内を詳細に把握し、疾患の早期発見と適切な治療計画の立案を可能にしている

③エコーは超音波を人体へ向けて連続で送信および受信することで、肝臓や膵(すい)臓など臓器の軟性組織の情報をリアルタイムで画像化することに強みを持つ医療機器。体外式プローブにおいては、従来からの圧電素子方式と、2009年に日本企業の富士フイルムが世界で初めて商用化したCMUT方式がある。市場規模は85億ドルで、GEヘルスケアとフィリップスで市場の約半分を占めている

④またエコー技術の進化系として、血管内に細いカテーテル型の超音波プローブを挿入し血管内部を詳細に観察するIVUS(血管内超音波検査)がある。このIVUSではCMUT方式の商用化研究が進められている。CMUT方式(CMUT-based IVUS)は、従来の圧電素子方式(PZT-based IVUS)と比較して小型化が可能で、迅速なスキャンを実現できる点が特長である。このCMUT-based IVUSはフィリップスのみが開発中であり、日本企業は後れを取っている

⑤MRIは強い磁力で体内の水素原子を動かし、その動きを画像化する医療機器で、特に脳や臓器等の軟性組織を高解像度で画像化することに強みを持つ。市場規模は73億ドルで、シーメンスヘルシニアーズが市場の半分を占めている

⑥現在MRIは短時間で高解像度の画像を取得するため「高磁場化」の研究が進められている。世界最高磁場の11.7テスラを用いた「Iseult」プロジェクトでは、シーメンスヘルシニアーズ、GEヘルスケアが参画し、2024年4月には生きた人間の脳の画像化に成功している。アルツハイマー病などの脳の微妙な構造変化の研究において発展が見込まれる分野であるが、日本の企業や研究機関はこのプロジェクトに名を連ねていない

⑦CTは、X線装置が人体の周りを高速回転しながら全身撮影を行う医療機器で、肺や骨などの硬性組織を画像化することに強みを持つ。市場規模は417億円で、GEヘルスケアとシーメンスヘルシニアーズで市場の約半分を占めている

⑧従来のマルチスライスCTでは、検出時にX線を光に変換する過程が必要で、一部X線情報の消失や障壁単位に解像度が低下する課題があったが、フォトカウンティングCTという最新技術では、X線を直接電気信号に変換するため情報の損失がない。また障壁を使わないため、個々のX線情報を正確に取得することが可能になり被ばく量を従来の100分の一に抑え、かつ解像度は10倍に高めることができる。シーメンスヘルシニアーズが先行して商用化しており、日本企業のキヤノンメディカルシステムズも臨床段階まで研究が進んでいる

⑨エコー、MRI、CT市場における主要企業の比較では、シーメンスヘルシニアーズ、GEヘルスケア、フィリップスの3社が売上高・研究開発費のいずれにおいても圧倒的な規模を誇り、業界をリードしている。研究開発費の「割合」に注目すると、日本企業や中国企業も売上高の9~10%を研究開発に投資しており、研究開発を重視している姿勢が見受けられるが、研究開発費の「投資額の規模」という観点では、日本企業であるキヤノンメディカルシステムズの投資額は、シーメンスヘルシニアーズ、GEヘルスケア、フィリップスの3社の約2割程度しかない。企業規模の差が技術力の差につながってしまっている

※『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』過去の関連記事は以下の通り

第284回「日本の医療機器の実力は?(その1)―世界市場を概観する」(2024年1月31日付)

https://www.newsyataimura.com/ozawa-165/#more-22050

第285回「日本の医療機器の実力は?(その2)―エコー・MRI市場」(2024年2月14日付)

https://www.newsyataimura.com/ozawa-166/#more-22074

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