北川祥一(きたがわ・しょういち)
北川綜合法律事務所代表弁護士。弁護士登録後、中国・アジア国際法務分野を専門的に取り扱う法律事務所(当時名称:曾我・瓜生・糸賀法律事務所)に勤務し、大手企業クライアントを中心とした多くの国際企業法務案件を取り扱う。その後独立し現事務所を開業。アジア地域の国際ビジネス案件対応を強みの一つとし、国内企業法務、法律顧問業務及び一般民事案件などを幅広くサポート。また、デジタル遺産、デジタルマーケティング等を含めたIT関連法務分野にも注力している。著書に『Q&Aデジタルマーケティングの法律実務』(日本加除出版、2021年)、『デジタル遺産の法律実務Q&A』(日本加除出版、2020年)、『即実践!! 電子契約』(共著、日本加除出版、2020年)、『デジタル法務の実務Q&A』(共著、日本加除出版、2018年)。講演として「IT時代の紛争管理・労務管理と予防」(2017年)、「デジタル遺産と関連法律実務」(2021年、2022年、2024年)などがある。
1 著作権との関係で法的に適切な『引用』とは?
インターネットに公開されている写真画像、文章などについては基本的に著作権の対象となっています(著作物性が否定される類いのものもある可能性はありますが、行為規範としては原則として著作権の対象となるものとして行動を決定することが妥当と考えられます)。
そして、著作物を利用するにはその著作物の著作権者の許諾が必要となることが原則となります。
もっとも、法は文化的所産の公正な利用を図るために一定の場合に著作権者の許諾を得なくても著作物を利用することができるとする著作権制限規定を置いています。
例えば、私的使用のための複製(著作権法30条)、裁判手続などにおける複製(同法41条の2)、立法又は行政の目的のための内部資料としての複製(同法42条)などがこれにあたりますが、WEBサイトやブログあるいはSNSなどで公開する目的であることを前提とすると、やはり一般的には法的に適切な『引用』(同法32条1項)として例外に該当するかという検討になるものと考えられます。
まず法律上は、
著作権法32条1項において
「公表された著作物は、引用して利用することができる。この場合において、その引用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行われるものでなければならない。」
として法的に適切な『引用』の要件を示しています。
当該条文から読み取れる要件をもう少し分解・具体的にみると
①引用の対象が「公表された著作物」であること
誰でもアクセスが可能なWEBサイト上に公開された著作物は「公表」されていると通常いえますが、公表されていない著作物の引用は禁止されます。
②「引用」されていること
A明瞭区分性:括弧(かっこ)書き等で引用部分が明確に区別できること
+
B主従関係性:引用部分はあくまで自らオリジナルで執筆・製作したコンテンツの従たる存在であるという関係性を要します。
③公正な慣行に適合していること
この要件については、画一的・明確な基準はないところですので、ケースバイケースで判断されることになります。少なくとも出所の明示は最低限必要となるでしょう。
そして、出所の明示も法律上明示方法の詳細までが定まっているわけではありませんが(著作権法48条で同法32条による使用時の明示や著作者名を示す点などまでは規定があるものの)、一般的には著者名、著作物の題名(書籍名、論文名)、出版社・刊行年、該当ページなどが出所の明示に使用されています。
④引用の目的上正当な範囲内であること
条文上例示されるように「報道、批評、研究」など引用の目的のために必要な範囲での引用が求められます。
一番分かりやすいのは、特定の論点の自説を述べるために、既存の説を引用するなどが挙げられますが、この要件もケースバイケースの判断となります。
インターネット上のWEBサイトやブログなどの記事を見ると、出所を表示した引用であれば何でもOKのような様子で使用されているケースも見受けられますが、法的に詳細分析すると、上記要件上アウトなケースも多々あるように思われます。
特にWEBサイトやブログなどの記事で要件上問題がありそうなのは、②の要件の『主従関係性(付従性)』の部分といえそうです。引用部分はあくまで自らオリジナルで執筆・製作したコンテンツの従たる存在であるという関係性が必要となりますが、○引用された著作物しかコンテンツがない○引用された著作物の分量がほとんどを占めているなどの事例です。
【訴訟事例:東京地方裁判所平成22年5月28日判決】
月刊誌の連載記事がWEBサイトにおいて無断で転載されたという事例で、まず引用された記事以外の部分について「本件記事を除く部分は,いずれも短文の上,内容もおしなべて平凡なものであり,これらについて,被告の思想又は感情を創作的に表現したものとして,著作物性,創作性を認めることは困難である。」とし、さらに「仮に,これらの部分に著作物性,創作性が肯定される余地があるとしても,その分量,内容からして,引用して利用する側の著作物と引用されて利用される側の著作物との間に,前者が主,後者が従所定の「引用」として適法であるとすることはできない。したがって,本件転載が著作権法32条1項所定の「引用」として適法であるとすることはできない」
などとして適法な引用でないことを認定し、41万6000円の賠償を命じる判決が出されています。
当該判決からも、適法な『引用』における主従関係性の要件は重要であることが理解されます。
2 『引用』の場合も【著作者人格権】の侵害には注意
上記に説明した法的に適切な『引用』の要件を満たしていたとしても、著作権者の著作者人格権が制限されるわけではありません。
著作者人格権とは、著作者がその著作物に対して持つ人格的利益を保護する権利で、○公表権(著作権法18条)、○氏名表示権(同法19条)、○同一性保持権(同法20条)、及び○名誉・声望を害する方法で著作物を利用されない権利(同法113条11項)などがこれに含まれます。
WEBサイトやブログなどでの『引用』において特に問題となりそうなのは、○同一性保持権や○名誉・声望を害する方法で著作物を利用されない権利との抵触が考えられます。
すなわち、『引用』する著作物について著作者の意に反する変更や改変はしてはならず、著作者が名誉・声望を害すると感じるコンテンツ内での『引用』を行わないといったことが必要となります。
3 『商標権』との関係
次に、上記に検討した著作権上の問題をクリアしたとしても、『商標権』との関係は別途問題となり得ます。
サービス名称やキャラクターの名称などは商標登録されていることが多いでしょうから、それらのものを引用する際には商標権の侵害とならないかという観点からも検討を行う必要があります。
4 現在は情報発信が『気軽』に可能であるが著作権に関する責任は『気軽』ではない!
近時は、個人においても全世界へ向けた情報の発信が非常に容易となりました。
「気軽」な情報発信であっても、WEBサイト、ブログ又はSNSにそれが掲載されれば、直ちに全世界に向けた情報発信となり、その著作権侵害の法的責任は決して「気軽」なものではありませんので、情報発信は適切な検討と方法をもって行うべきものと言えます。
関連書籍:
『Q&A デジタルマーケティングの法律実務
~押さえておくべき先端分野の留意点とリスク対策~』
(拙著、日本加除出版、2021年刊)
※本稿は、私見が含まれており、また、実際の取引・具体的案件などに対する助言を目的とするものではありません。実際の取引・具体的案件の実行などに際しては、必ず個別具体的事情を基に専門家への相談などを行う必要がある点にはご注意ください。
※『企業法務弁護士による最先端法律事情』過去の関連記事は以下の通り
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