自動運転に急速に舵を切る中国自動車産業
中国見たまま聞いたまま・2025年版(その2完)
『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第290回

4月 25日 2025年 経済

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小澤 仁(おざわ・ひとし)

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バンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住27年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。

タイは言わずと知れた「日系自動車産業の一大集積地」である。ところが、中国の自動車メーカーが2023年半ばから電気自動車(EV)を武器に急速に存在感を高めてきた。タイ政府は中国製EVの輸入に関して、過度とも思える恩典を与えた。そして、環境問題に敏感な有識者層やファッション志向の強い女性たちが中国製EVに飛びついた。

タイにおける中国製EVブームは一過性のものとして片づけてよいのだろうか。私は中国のEV事情を調べるために昨年2月、中国を訪問した。上海、深圳(シンセン)、広州では緑色のナンバープレートを付けたEVと青色のガソリン車(ハイブリッド車を含む)がほぼ半分ずつ走っていた。EVがかなり普及していると感じた。中国の自動車事情の状況に驚くとともに、その状況を拙稿第264回「中国のEV市場を見て感じたこと―中国 見たまま聞いたまま(その3)」(2024年4月12日付)で紹介した。

今回の訪中(2025年3月6日~14日)では北京、上海、厦門(アモイ)、広州、深圳の5都市を巡った。本稿では、昨年からさらに急速に変化している中国の自動車事情について紹介したい。

BYD一強の様相

まず、中国の自動車市場の概観を簡単に振り返りたい。中国の2024年の自動車出荷台数は3144万台と前年対比10.9%増加、このうち輸出が586万台、出荷から輸出を差し引いた国内販売台数は2578万台で、ここ10年ほど横ばいである(注:中国では中国汽車工業協会や自動車ディーラー協会などが別々に自動車販売台数を発表するためいくつかの異なった数字が存在する)。

一方で、国内販売に占めるNEV(中国基準の新エネ車:EV・PHEV・FCVでハイブリッドは含まれない)比率は、23年の32%から45%に上昇している。乗用車の国別シェアを見ると、中国車は23年の56%から24年の65%と、中国人の「国潮(グオチャオ)」(自国第一主義)傾向はますます強まっている。

一方、日本メーカーは20年の23.1%から24年は11.2%と、12%もシェアを落としている。台数ベースにすると250万台強で、23年の日本国内の自動車販売台数の2/3をこの4年で失ったことになる。

さらに24年で特徴的なことはドイツ車メーカーの凋落(ちょうらく)である。中国での販売シェアを懸命に維持してきたドイツ車メーカーは23年の17.8%から24年の14.6%と、シェアを大きく落とした。米テスラを除いて海外自動車メーカーは総崩れの状態にある。

また、昨年は中国車メーカーの中でも大きな順位変動があった。長らくシェア1位を維持していた国営企業の上海汽車集団が、販売台数372万台のBYDにトップの座を明け渡したのである。在中の日系自動車メーカーの人たちは「BYD一強の様相になってきた」と話していた。

◆運転席にスマートコックピット

今回の中国出張で私が一番驚いたのは「中国国内では自動運転が当たり前のことになりつつある」という事実である。これについて、私の体験をまじえて紹介したい。

今回、私にとって幸運だったのは、蘇州の一日ツアーで自動車好きの中国人ガイドに巡り合ったことである。週末の土曜日に北京から上海まで時速350キロの中国高速鉄道で移動したが、翌日曜日は丸一日予定が空いてしまった。このため景勝地として有名な蘇州をめぐる一日ツアーを申し込んだ。このツアーの日本語ガイドが自分のBYD製プラグインハイブリッド車(PHEV)で、私たちを蘇州まで連れて行ってくれた。

片道2時間以上の車中で、中国の自動車事情について多くのことを教えてくれた。彼自身は上海の近郊に住んでいるが、自分が住んでいるマンションには十分なEV用充電器がない。このため彼は充電が容易なPHEVを買ったようだが、中国では近年PHEVの売れ行きが順調のようだ。

ところがこのPHEVの構造は日本と中国では大きく違う。日本のPHEVはエンジン中心で走行するが、中国のPHEVはバッテリー走行が中心である。蘇州から上海への帰路、さすがにバッテリーが不足してきたが、PHEVはガソリンを使用する走行に切り替わった。この時、ダッシュボードにある大型スクリーン(中国製EVは総じてコックピットが大きく、多くの情報がスマートフォンのように表示される)の表示が変わり、ガソリン走行によってバッテリーが充電されていく様子が映し出された。充電が順調に行われている様子が一目でわかる。

古くから揚子江の南に広がる地域の主要都市として栄え、春秋時代には呉の都が置かれた蘇州。旧市街には古い町並みが残り、旧市街では自動車の駐車は容易ではない。このためツアーガイドは自家用車を郊外で乗り捨て、市内ではタクシーの配車サービスを利用した。このため私たちは何度かBYD以外のEVに乗ることができた。メーカー名まではわからなかったが、日本円で200万円程度の安価なEVだという。このEVにも異なった形のスクリーンが用意されている。うち1台のスクリーンはアップルのアイパッドを巨大化したようなもので、各種アプリが表示されていた。こうした大画面を擁したスマートコックピットが中国の流行である。

◆一般車にも自動運転機能

再びBYDのPHEVに話を戻そう。通常、BYDのPHEVのコックピットにある大きなスクリーンには、目的地までのナビが表示されている。私たちが見慣れている平面的な経路図が表示されるほか、数キロ先までの道路の車線ごとの運行状況が立体的に表示される機能がついている。順調に車が流れている時は緑色の流線形の流れが表示されるが、渋滞だと黄色もしくは赤色の流れに変わる。その流れが車線ごとに表示されるのである。

BYDは24年初めから本格的に運転支援機能付きのEVを販売したが、既にこうした車が400万台近く中国国内で走行している。これらの車から現在の運行状況がデータセンターに送られ、ナビとして具現化される。GPS(全地球測位システム)からの情報だけではないという。BYDが中国で一番売れている車だからこその芸当である。

さらに彼は続けた。「昨年初めからBYDが自動運転機能の付いたEVを売り始めた。私も今年に入ってBYDの自動運転車を購入した。明日ようやくその車のナンバープレートが手に入る。これからはその自動運転車を使った観光案内を行う」と言うのである。

「自動運転」という言葉からは、「無人運転タクシー」しか想像していなかった私は、何のことか一瞬理解できなかった。彼が説明するには、中国では昨年から一般車にも自動運転機能が付いたようである。その自動運転機能付きのPHEVを一日違いで乗り損ねたようである。ちょっと残念なことをした。

それでも蘇州までの往復の間に“BYDオタク”の彼はいろいろと教えてくれた。私たちの車を、時速120キロのスピードで追い抜いていった車がある。すぐにガイドはスピードを上げて、その車を追走し背後にピッタリとついた。この車が自動運転で走っているBYDのEVだという。BYDのEVは、自動運転機能を使っていると車両後部に緑色の表示が出る。それを教えてくれたのである。2日後の厦門市内でも、この自動運転機能を使って走っているBYDのEVを見た。まだそれほど多くはないかもしれないが、大都市の市内で自動運転車に遭遇したことは驚きである。

◆無人運転タクシーは近未来の世界

後日、ジェトロで聞いたところ、24年に中国国内で販売された自動車の10%弱が市内で自動運転が可能な「実質レベル4」水準の車のようである。24年中に中国国内でレベル4クラスの車が、200万台以上販売されたことになる。現状、運転者は90秒に1回ハンドルに触る義務があり、中国では「レベルL2+++」と呼ばれている。こうした自動運転機能はBYD以外にも理想汽車、NIOなどのスマートEVメーカーやファーフェイ、小米、DJI(ドローンメーカー)、百度(地図メーカー)など電気関連メーカーが参入し、多くの会社が市場に自動運転機能を提供している。

自動運転機能を売る会社は実際の走行実績から多くの情報を集めることができる。BYDは24年まで実施していた上海郊外(ジャーディン市)での自動運転の実験を中止した。実際に走っている車から膨大なデータを収集できるようになったからである。BYDの場合、24年から売り出した運転支援機能(L2以上)の付いた車は既に400万台近く街中で走っている。これらのEVが毎日膨大なデータを収集している。

中国は米国と並んで自動運転機能では世界の最先端を走っている。私は今年も昨年に続いて深圳で無人運転タクシーに乗ったが、誰も乗っていない運転席でハンドルだけが自由自在に動くさまは近未来の世界であった。それがすでにここにある。

誰もリスクを取らず、自動運転の実証実験を認めてこなかった日本の政治家や国土交通省の怠慢が、ここにきて日中間の大きな技術力の差となって出てきた。日本の政治家・官僚は、今すぐにでも自分の目で中国の実像を見てくることが必要である。

※『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』過去の関連記事は以下の通り

第289回「停滞する中国経済と海外進出をもくろむ中国企業―中国見たまま聞いたまま・2025年版(その1)」(2025年4月11日付)

https://www.newsyataimura.com/ozawa-170/#more-22209

第264回「中国のEV市場を見て感じたこと―中国 見たまま聞いたまま(その3)」(2024年4月12日付)

https://www.newsyataimura.com/ozawa-145/#more-14714

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