引地達也(ひきち・たつや)
仙台市出身。毎日新聞記者、ドイツ留学後、共同通信社記者、外信部、ソウル特派員など。退社後、経営コンサルタント、外務省の公益法人理事兼事務局長などを経て、株式会社LVP(東京)、トリトングローブ株式会社(仙台)設立。一般社団法人日本コミュニケーション協会事務局長。東日本大震災直後から被災者と支援者を結ぶ活動「小さな避難所と集落をまわるボランティア」を展開。企業や人を活性化するプログラム「心技体アカデミー」主宰として、人や企業の生きがい、働きがいを提供している。
◆忘れ去られる想定
首都直下型地震、南海トラフ地震の被害想定は何度も報道などで語られているはずなのに、それを記憶している人はどれだけいるのだろう。東日本大震災がわずか3年前の出来事なのに、人は嫌なものに耳をふさぐ習性があり、報道で否応なしに、耳にし、目にした瞬間はその深刻さに唖然(あぜん)とするが、すぐに忘れてしまう。想定とは仮想現実だから、日常生活と離れている以上、仕方がないことかもしれないが、次来る震災に備え、守られるべき命を守る用意をするのは、国にも社会にも我々にも責任がある。
再度、被害想定を書き出して見る。
【首都直下型地震】
M7.3、30年以内の発生確率70%、震度7、被災地人口(震度6弱以上)が3000万人、想定死者数が約2万3000人、震災がれき量が約9800万トン、被害額が95兆円。これは首都機能の喪失を伴うスーパー都市災害とされる。
【南海トラフ地震】
M9.0、30年以内の発生確率88%(東海地震)、80-70%(東南海地震)、60%(南海地震)、震度7、被災地人口(震度6弱以上)約4073万人、影響人口6088万人、震災がれき量は3.1億トン、想定死者数約13万-40万人、被害額220兆円、災害救助法が約700市町村に発令されるスーパー広域災害とされる。
南海トラフ地震について、さらに最大犠牲者想定を都道府県別で見てみる。最も大きいのが静岡県で11万4300人、続いて和歌山の8万1300人、高知の5万400人、三重の4万4800人、宮崎の4万2900人、徳島の3万3300人、愛知の2万7000人。愛知1県で東日本大震災の犠牲者約1万9000人を優に超えてしまうのである。
犠牲者は20都府県で45万7770人。経済被害の220兆円は東日本大震災の約10倍、阪神・淡路大震災の約22倍で、阪神・淡路大震災は復興に「10年」かかったとされおり、東日本大震災はこの倍となる20年以上とされているから、南海トラフ地震の場合は、復興は世代を超えての取り組みになるのは間違いないだろう。
◆国民運動になるか
この想定を念頭にしながら、安倍政権が昨年12月に可決・成立させたのが、国土強靭(きょうじん)化基本計画である。
正式名称は「強くしなやかな国民生活の実現を図るための防災・減災等に資する国土強靭化基本法」。この国会では同時に「南海トラフ地震対策特別措置法」「首都直下地震対策特別措置法」も成立した。安倍首相は国会答弁で「東日本大震災が発生し、首都直下地震や南海トラフ巨大地震の発生が懸念される中で事前防災や減災の考え方により災害に強い国づくりを目指す国土強靱化は焦眉(しょうび)の急と言ってもよい」と述べ、財務省では向こう10年間の予算も確保しているとされる。しかし、復興事業の成り行きを見ていると、それが経済活性化なのか、防災対策なのか、あいまいで、この法律が国民の幸せを希求する願いと共に成り立ったのかも甚だ疑問である。
それでも、事実として計画は進められており、反対を続ける方もいらっしゃるだろうが、国会で成立した計画を生かし、時には修正しながら、われわれの安全を確保しよう思う時、まだまだやるべきことは多い。
日本の防災学の権威であり、政府の防災関係会議の座長を務める関西大学の河田恵昭(かわた・よしあき)教授は、計画の成功可否は「国民的な運動になるかならないかである」と指摘している。つまり「ボトムアップで市民が声をあげなければ駄目である」と。
ここからは市民の出番である。東日本大震災での教訓は有事においては「日頃やっていることしかできない」「日常防災は重要」など、備えの必要性があらためて認識された。国土を強靱化しようと、国が制度を設けるより以上に、災害に備えた我々の心構えも強靱化しなければならない。
ハードに向けられそうな予算を、地域の「備え」の強靱化に向けての取り組みにあてるよう、ボトムアップで声を上げるべきである。災害によって、誰も愛する人を失いたくないはずである。そのイメージを胸に、強靱な備えを、まずは地元の町会議員や市会議員、または町の相談役にお話ししてみるのがよいと思う。今こそ、地方議員の出番である。そうやって、次来る震災を地方に確実に刻んでいく、それが人を救うはずである。
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