п»ї 「吉田調書」とメディア『山田厚史の地球は丸くない』第23回 | ニュース屋台村

「吉田調書」とメディア
『山田厚史の地球は丸くない』第23回

6月 13日 2014年 経済

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

「朝日新聞の『吉田調書』スクープは従軍慰安婦虚報と同じ」という記事が週刊ポストに載った。福島第一原発の故・吉田昌郎(よしだ・まさお)所長が政府の事故調査委員会の聴取に応じた陳述書、いわゆる「吉田調書」に関する記事が、意図的に事実をゆがめるもので吉田所長はじめ現場で奮闘した人々を貶(おとし)める「ウソ」を全世界に拡散するものだ、という主張である。

◆事実を公表することこそ事故の教訓だ

2号機が爆発した2011年3月15日早朝、福島第一原発にいた従業員の約9割が、所長の命令とは異なる福島第二原発に避難した。

朝日新聞は「私は第二原発へ行けとは言っていないんですよ。福島第一の近辺で線量の低いところに一時退避して次の命令を待て、といったつもりです」という吉田調書の言葉を引用し、「命令違反の撤退」と書いた。

週刊ポストは「言葉尻を捉え、事実とは全く逆な結論を導く記事」と批判、現場の状況から第二原発への避難は、吉田所長の命令に違反したものではい、と主張した。

結果的に「命令違反」となった避難を、私は非難する気にはなれないが、こうした無秩序な動きが重大局面で起こっていた事実を報ずることは、メディアの大事な役割だ。

真っ暗な中で放射能の危険に晒(さら)されうろたえる人々の姿は、後から見れば忘れたいことかもしれない。だが、恥ずかしいことも、誇り高き行動も、事実として公表することが事故の教訓である。

今もって事故の検証は十分とは言えない。報告や著作はあまた出ているが、吉田調書の特徴は切迫感ある現場の動きが描かれ、読めば事故の恐ろしさが蘇ってくる一級のドキュメントである、ということだ。

想定外の事態に遭遇した組織が、何にうろたえ、どんな行動をとるか。敢えて言えば、犯した失敗の中にたくさんの教訓が詰まっている。政府事故調は税金を使って多くの関係者から話を聞いた。吉田調書のほかにも多くの貴重な証言が残っているはずだ。その中からつまみ食いして報告書が作成されたが、原資料である調書は、当時の模様を知る宝箱である。

しかし、吉田調書のことは朝日新聞でしか分からない。他社は調書を入手していないから書けない、ということなのか。欧米のメディアなら「○○が報じたところによると」という、ただし書きを付けて記事にすることがよくある。米国の軍事機密をリークしたスノーデン氏の一件では、この手法が多用された。

日本では、菅義偉(すが・よしひで)官房長官が「非公開を求める上申書が吉田氏から出されていた」と否定的な会見をすると、NHKは上申書の映像をニュースで流した。「吉田所長は公開されることを望んでいなかった」という政府の主張に肩入れするような報道ぶりだった。

◆大事なことは伝える、共に公開を求める

特ダネを競い合うのはメディアの性(さが)だろうが、他社のスクープを無視したり、足を引っ張ったりするのは商業主義のなせる業だ。他社が先行しようと、大事なことは伝える、共に公開を求める。それが読者・視聴者の立場に立つことだろう。

朝日新聞も、調書全文を公開したらいい。スクープ情報を1社独占にしていては広がりを欠く。公開して情報を共有することが、事故の真実を社会に伝えることになる。

「情報提供者が特定される心配がある」という指摘がある。特定の関係者だけに配布された「秘密資料」は、配布先ごとに「隠れた符牒(ふちょう)」が打たれていることがある。文章の微妙な違いや、行替えの箇所、表題の付け方など、漏れたときにどこから出たか分かるようにすることがある。

スノーデン氏のように名乗り出る人物がいない限り、生データを外部に出すことは危険が伴う、というのだ。

一昔前だったら、朝日新聞が書けば、世間の共通認識になった。しかし、今では朝日を読んでいる人は一部でしかない。スクープを大きく取り上げても、吉田調書を知らない若者は少なくない。

その一方で、脚光を浴びているのが、朝日社内ではで弱小組織の朝日新聞デジタルだ。新聞のように文字数で制約のないインターネット配信の強みを生かし、調書のさわりの部分を連日報じている。書かれたシーンと重なり合う吉田所長の肉声が音声データとして画面に張られている。この音声は吉田所長が東京電力のテレビ会議で発言したもので、混乱した現場の雰囲気を見事に伝えている。

◆インターネットメディアがやがて新聞に取って代わる

デジタル朝日の画面を見ながら、メディアの変貌(へんぼう)を感じた。新聞で伝えきれない豊富で多様な情報を、インターネットメディアが伝える時代が来たのだと。

デジタル朝日の加入者はやっと10万人を超えた。800万部といわれる朝日新聞に比べれば微々たるものだ。しかし、やがては取って代わるだろう。他紙が無視してもネット空間では吉田調書が話題になり、リンクでデジタル朝日に飛んで来れば、新聞以上に豊富で生々しい情報に触れることができる。

週刊ポストの批判記事も、最初はネットで展開されていたものだ。

新しいメディアの時代は、もうそこに来ているのかもしれない。日本のメディアの発展は、自由民権運動と第2次世界大戦がきっかけだった。福島第一原発の事故が、新たな時代を切り開くかもしれない。

◆写真説明=「吉田調書」を特報した2014年5月20日付の朝日新聞朝刊

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