小澤 仁(おざわ・ひとし)
バンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住16年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。
毎年秋に行っている約1カ月の日本出張を終えて、9月終わりにバンコクに戻ってきた。「街を歩く人の洋服が暗く、人々の顔から笑顔が見られない」「電車に乗っている人は若い人が少なく、また皆黙々と携帯電話に向かっている」など相も変わらずバンコクとは異なる風景に驚かされる。
しかし今回私が訪問した中で最もびっくりした場所は、家電量販店である。そろそろバンコクのアパートに置いてあるホストコンピューターを買い換えようかと思い、都心の家電量販店のパソコン売り場を訪ねて見た。
◆家電量販店で敗退してしまった日本製品
家電量販店にとってパソコンはすでに売れ筋商品ではないと見え、売り場は5階にある。そこに行って見ると売り場で一番大きな面積を占めているのがデル。次にASUS。アップルやマイクロソフトのパソコンも売り場の中心にある。
「日本のメーカーは?」と目をやると、ソニーの文字は既に無い。パナソニックやVAIO、NECの商品はほんの数台程度。わずかに富士通と東芝が独自の売り物を確保しているが、中心の売り場ではない。何とパソコン市場からは日本企業は駆逐されつつある。
「他の家電は一体どうなっているのだろうか?」興味本位でこの量販店を一階ずつ降りて見た。オーディオ製品などでは日本製が強いが、テレビ売り場はサムスンやL/Gの売り場と日本メーカーはほぼきっ抗。掃除機はご承知のルンバに代表されるロボット掃除機は外国製の独壇場。料理用家電もT-FALやデロンギの外国製カラフルな商品が目を引く。
家電量販店の最重要売り場のある一階は、携帯電話売り場となっているが、ハードの電話そのものに日本企業のものはほとんど見当たらない。アップル、ギャラクシーに席巻されている。
この家電量販店の変化に私は大きな驚きを覚えた。単に日本の家電メーカーの衰退を見たからではない。日本の家電メーカーの衰退については、もう既に10年以上前からタイでは顕在化しており、タイの家電量販店であるパワーバイなどではサムスンやL/Gなどがほぼすべての商品において主要売り場を占拠している。しかし日本の家電量販店においても、各種行政の規制や日本人の閉鎖意識から実質的に外国製品の締め出しを行ってきたにもかかわらず、日本企業の製品は敗退してしまったのである。
ついこの間まで日本の新聞で取り上げられていた日本企業の競争力の問題点はいわゆる六重苦であった。この六重苦とは、円高、法人税高、労働規制、電力不足、環境規制、自由貿易協定(FTA)の遅れの6項目である。
確かに日本に残った日本企業にとって、六重苦の問題はあったかもしれない。しかし1980年代には海外生産にかじを切った電機メーカーにとってこの議論は当てはまらない。「低価格商品は韓国・中国に任せ、高級品に特化する」とした日本の電機メーカーの選択の結果が日本市場での敗北である。あきらかに競争力で劣化したのだと認める勇気が必要な時期にきている。
◆家電製品の二の舞となりかねない工作機械
今回の日本出張で、私はもう一つ気になる話を聞いてきた。日本が世界に誇る工作機械関係の人の話である。工作機械の花形と言えるマシニングセンター(自動工具交換機能を持つ、削りや穴あけなどの異種の加工を一台で行うことが出来る数値制御工作機械)の世界で、3軸加工から5軸加工(固定テーブルなどが旋回する)に技術が移行しており、この5軸加工の制御コンピューター技術がドイツに勝てなくなっているという話である。
ドイツの自動車メーカーはドイツ製の5軸マシニングセンターを大量に中国に持ち込んできており、複雑な形状の部品の作り込みが出来るようになっているという。
マシニングセンター以外にも最近では頻繁に新聞記事に登場する「3Dプリンター」も過去20年にわたり特許に守られ、3DSystems社とStratasys社の米国2社の寡占状態にあった。
最近では3Dプリンターの中でも主にナイロン樹脂を使い、どんな形状のものでも3Dデータからダイレクトに製品を作ってしまう「粉末焼結造形」が最先端となっている。自動車業界では圧倒的に多く利用されている工法である。
この領域では米国製に割って入り、ドイツのEOS社が有利に戦いを進めている。また素材の成分などを分析する分析装置についても米国が圧倒的に進んでいると聞く。軍需産業と密接に結びつき、米国は新たな技術開発を行っているようである。
それでは日本がマシニングセンターと共に得意としている産業用ロボット(溶接ロボットなど)はどうであろうか?「2011年の世界の産業用ロボット稼働台数は約115万台であり、10年前の1.5倍となったが、日本の比率は48%から27%に低下した」(出典:2014年9月15日 日経ビジネス)。この分野はジリジリと台湾・中国メーカーの追い上げにあっているようである。
価格の安い台湾・中国メーカーの製品に対し、日本の工作機械メーカーの方からは「高付加価値の商品で勝負する」という言葉を聞くことがある。しかしこの高付加価値が単に「耐久性にすぐれているもの」もしくは「安全性の高いもの」だけだとすると、日本の家電製品の二の舞となりかねない。
私が「ニュース屋台村」でこうした日本の製造業の危機を語るのは、決して読者の不安をあおるためではない。日本のマスコミは、ややもすると販売部数を増やすために読者に厳しい現実を伝えないことがある。しかし現実を正しく見つめなければ、新たな出発に向かえない。「なぜ日本企業は競争力を失ってしまったのであろうか?」。その原因の追及と対策について、次回以降検討していきたい。
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