山田厚史(やまだ・あつし)
ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。
あなたは今も「エボラ出血熱なんて自分には関係ない」と思っていますか。
アフリカの出来事なんて他人事、と考えていた先進国の眼をアフリカに向けたのが、エボラ感染者がスペインやアメリカで見つかったこと。病気の広がりは、菌やウイルスそれ自体が持つ感染力より、増殖させる社会環境にある、といわれる。共同体の崩壊、貧困層の拡大、都市への人口集中。アフリカで進む暮らしの激変に牙を?(む)いた病原が、地球規模の往来で世界に伝播(でんぱ)する。エボラの感染はグローバル経済の病ではないのか。先進国の若者を引き付けるイスラム過激派組織「イスラム国」とどこか似た構図が気になる。
◆「暗黒大陸」が「輝く市場」に
「21世紀はアフリカの時代」と言われる。国連児童基金(ユニセフ)によると、2050年には5歳未満の子どもの4割がアフリカ大陸で生まれ、世界人口の4分の1はアフリカが占めるという。現在12億人とされている人口は2050年までに倍増し、2100年までには42億人に達するという。
「暗黒大陸」と言われたアフリカが「輝く市場」に生まれ変わるシナリオが、投資銀行のレポートに書かれるようになった。「豊富な地下資源で急成長」「2030年には5億人が中間層に」「セメントの消費量はダントツに」。
景気のいい掛け声が飛び交う背景には、世界的な過剰流動性がある。先進国は競うように金融緩和を続け、米国や日本は中央銀行がマネーを民間に強制的に注入する「金融の量的緩和」に躍起となった。カネはジャブジャブでも先進国は低成長で投資先がない。目を付けたのが新興国である。人口や資源を囃(はや)したて、投資マネーが流れ込んだ。その筆頭がアフリカだった。
2001年からの10年間で成長率の高い「ベスト10」にアフリカから6か国が入った。次の10年は7か国になるという。カネが流れ込む、成長率が上がる、投資が増える、という循環。かつてアジアで起きたことがアフリカで急速かつ大規模に起きた。アジアの農村部で起きた共同体の崩壊や格差という市場経済の産物が、高成長の陰で進んでいる。
◆「仁術」ではなく「市場原理」で行われる新薬開発
エボラ出血熱はコウモリが宿主(しゅくしゅ)とされる中央アフリカ特有の風土病だった。1970年代に発見され、波状的に流行しているが今に至るまで治療薬は作られていない。
富士フイルムグループの富山化学工業の「ファビピラビル」が効くと分かったというが、この薬はインフルエンザの治療薬として開発された。打つ手がない医療チームが現地で様々なクスリを試す中でかろうじて効くことが確認された。
「製薬メーカーは熾烈(しれつ)な開発競争にしのぎを削るが、その視野にアフリカの風土病は入っていない。今回は患者が実験台になって市販薬の効能が試された」。世界の製薬業界の内情に詳しい薬学会幹部はこう指摘する。
製薬メーカーが力を入れるのは、市場規模が大きい先進国の病気だ。抗がん、血圧降下、血栓(けっせん)予防など世界で1000億円規模の売り上げが期待できるクスリだ。開発にはコストがかかり、途上国にニーズがあっても新薬は検討対象にもならない、という。
日本が主催国になった九州沖縄サミット(2000年7月)で「途上国の感染症予防対策」が課題として取り上げられた。対象になったのは、マラリア・結核・エイズの治療薬だった。エイズの蔓延(まんえん)が先進国の脅威になったことが背景にあった。
エイズも鳥インフルエンザも、限られた風土病だった。マネー経済によって生活共同体が崩壊し、現金収入を求める人々が都市に密集する中で感染爆発が起こる。グローバルな人の流れがウイルスを世界にまき散らす。
エイズは発病を抑えるクスリが開発されたが、当初は途上国では使えなかった。薬価が高く、必要とする人に届かなかったのである。国連などで問題になったが、製薬メーカーは価格維持にこだわった。新薬の開発は「仁術」ではなく「市場原理」にそって行われるからだ。途上国用に「二重価格」を認めるためには援助資金を混ぜるしかなかった。マラリア・結核・エイズには日本をはじめとする援助国の資金が投入されるようになったのである。
◆金融資本主義の「負の栄養素」
かつての植民地は、今は投資対象である。カネを注いで収益を刈り取る。冷戦構造の崩壊で資金が流れ込み、資源開発が進み、様々な権益が現地で生まれる。石油やダイヤモンドなど資源権益が絡む内戦がアフリカ各地で勃発した。エボラ出血熱が流行したリベリア、シエラレオネ、ギニア、ナイジェリアなどは内戦と経済成長が同時に起こっている地域である。
日本では黒田東彦(はるひこ)総裁のもとで日銀が追加緩和に踏み切り、年間80兆円もの資金を放出することが伝えられているが、吐き出されたマネーが世界的な過剰流動性を引き起こし、エボラウイルスの故郷まで流れ込んでいる。
カネがあっても治療薬は生まれない。大流行を阻止しようと医療技術を携え世界から駆け付ける人はNGOやボランティアであり、市場原理に動機づけられたビジネスではない。金融資本主義が社会に空けた風穴を、市場原理の外にいる人たちが必死になって埋めようとしている。
先進国にとって恐怖でしかないイスラム国という存在も、金融資本主義の「負の栄養素」を吸って大きくなった。ウイルス並みの感染力で先進国に牙を?く。
努力した人が報われる。強者がすべて取ることが許される「自己責任の社会」。市場原理主義が進めば進むほど、社会のどん詰まりから異臭が立ち始める。エボラもイスラム国も、今の世界体制への強烈な異議申し立てではないだろうか。
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