小澤 仁(おざわ・ひとし)
バンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住16年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。
最近たてつづけに日本の銀行送金の24時間化が話題になった。まずは10月16日、全国銀行協会の平野信行会長(三菱東京UFJ銀行頭取)が振り込み時間の延長を正式に表明。現行平日のみ午前8時半から午後3時半まで稼働している送金システムを、とりあえず2015年度中に1時間程度延長すると発表した。10月末には、りそなグループがグループ内のりそな銀行、埼玉りそな銀行、近畿大阪銀行の3行間での送金取引を来年4月から24時間化すると表明した。
「りそなの常識は世間の非常識だ」という名言を吐いたJR東日本出身の故・細谷英二会長が陣頭指揮して改革を進めたりそな銀行グループは、現在最も顧客志向だといわれる。そのりそなグループにして送金取引の24時間化をようやく実現したのである。
アメリカに10年、タイに16年勤務している私から見ると、こうした日本の銀行の現状について、「日本の銀行の常識は世界の非常識だ」とついつい言いたくなってしまう。
◆米国に35年遅れた日本の24時間ATM
思えば今から35年近く前の1980年、私が初めてアメリカに赴任した時、街のいたる所に現金自動出入機(ATM)が置かれ、24時間無料でATMによる現金引き出しが出来ることに驚いた(アメリカの最初の24時間ATMの導入は68年)。当時、日本では銀行の支店に併設されているATMで午後5時までしか現金をおろせなかった。日本で初の24時間ATMの登場は2003年のUFJ24を待つまでなかったのである。アメリカから遅れること35年である。
一方でアメリカは公共料金の支払いなどでも小切手で行う。これらの小切手は1ヶ月後に入出金明細と共に返却され、アメリカ人はこれらの小切手を1枚ずつ自分でチェックする。
アメリカ人は政府・公共機関や銀行を一切信用していない。「人間は間違いをするもの」、更に言えば「人間は悪事を働くもの」という風に考えている。まさに自己責任の世界である。自分の金を政府・公共機関・銀行に丸投げで任せるなど考えられないことである。
私の2回目のアメリカ赴任はブラックマンデー(暗黒の月曜日)の起こった景気絶不調時の1987年からである。アメリカ人の会社の同僚が株式投資や投資信託などで大損をくらったのを横で見ていたが、それでも彼らはそれらの投資をやめようとはしなかった。老後の生活は自分達で組み立てるしかないのである。国の年金に頼るなどの姿勢は感じられなかった。
一方で、銀行業界に目を向けると、米国の銀行は当時こぞってデパートやスーパーマーケットに「インストアブランチ」なる3~5人程度の職員を配置する小型店舗を積極的に開設していった。これらの店舗は平日は夜8時、土日もオープンする支店であった。不景気な時にあって安定的な資金を調達するために米銀は効率的な店舗展開を図っていたのである。
◆タイより劣る日本の銀行の顧客サービス
日本がアメリカに対して銀行制度の遅れがあっても仕方ないと皆さんは思うかも知れない。しかし、ここタイと比較しても日本の制度はある意味で劣っているのではないだろうか?
まずは銀行の営業時間についてである。私の勤めるバンコック銀行はタイ全土に約1110の店舗を構えているが、このうち330店舗は「マイクロブランチ」と呼ばれ、平日は午後8時まで営業。土日も預金・貸し出し・振り込みなどの平常営業をしている。
日本では、りそな銀行が最も進んでいると思うが平日の営業は午後5時まで。土日の営業店舗はローン・資産運用など限定された業務のみである。りそな以外の銀行はごく一部を除いてご存知のように平日午後3時で窓口が閉まってしまう。
次に冒頭で問題提起をした振り込みについてであるが、タイではATM、インターネットバンキングなどを使えば一応24時間振り込みが可能である。厳密に言うと、深夜近くにコンピューターの更新作業があり、一時的に振込取引が不能になるが、一般の人にはほとんど影響がない。
また、たまたまインターネットによる振込取引がこの時間にあたったとしてもタイの人達はそれを許容する文化を持っている。ちょっと時間をずらせば再度振り込みが可能なのである。結果として、タイの人達はATMやインターネットを使ってほぼ24時間買い物決済や公共料金の振り込みなどが出来るのである。
更にタイの銀行の利便性が日本の銀行に比べて決定的に高いのはATMの設置台数である。銀行支店のみならず、デパート、コンビニ、鉄道の駅、大きなビルの1階など街のいたる所にATMが設置されている。
このATMについては、日本の銀行とタイの銀行の考え方に大きな差がある。タイの銀行のATMは基本的に現金出金と振り込みのみで、現金入金や通帳の記帳は別の専用機が準備されている。こうすることによってATMのコストは日本の1~2割程度になる。
またATMの現金がなくなり使用不能になると、画面に「Sorry(ごめんなさい)」という言葉が出て数日間その状態で放置されることもある。それでもタイの人達は怒らない。数十メートル歩けば別のATMが見つかるからである。日本の銀行ではこうした「現金切れ」は許されない。そのため高価な監視システムと巡回要員が配置される。
◆顧客志向よりリスク回避に血道
日本のマスコミは、「銀行の顧客サービス調査」と称して高機能で高価なATMを導入した銀行を高評価する。一方、ATMで現金切れを起こそうものなら、クレーマーが金融庁に駆け込む。小心者の銀行員達は結果として顧客クレームの対象となりやすく、かつコストの高いATMを街中から除去してしまったのである。
これが本当の顧客サービスであろうか? 本末転倒である。その間隙(かんげき)をぬってATM専門銀行をつくったのがセブンイレブンである。
ATMの海外開放についても日本の銀行は遅れている。日本政府や地方自治体が一所懸命声高に叫んでいるのが「海外からの観光客誘致」である。ところが海外観光客の不満の上位に位置するのが、「日本において現金が引き出せない」「日本には両替所がほとんどない」と言ったものである。なぜなら日本の銀行のATMのほとんどが海外銀行発行のATMカードに対応していないからである。何と我々バンコック銀行のATMカードに対応しているのは、日本では郵便局とセブンイレブンのATMだけなのである。
ここまで書いてくると、いかにも日本の銀行が怠けていたように聞こえる。確かに今の日本の銀行の大半は顧客志向よりリスク回避に血道を上げていると思われる。しかし銀行が身を縮めるように誘導してしまったのは、「正義感ぶって銀行を叩くマスコミ」、「一時強権的な指導を行ってきた監督官庁」そして「銀行のミスを絶対に許さない国民感情」だと思う。
利便性と危険性は本来表裏一体の関係である。タイのようにこれだけATMを街中に置いてあれば、当然スキミング(ATMカードの磁気情報等をコピーして盗むこと)も頻繁に起こるし、トラブルも発生する。
ここ数週間たて続けに「バンコック銀行のATMに自分のカードが引きこまれて、戻って来ない」という問題が発生した。暗証番号を間違えられたと自分で言われる方も数人いたが、勝手に機械がATMカードをのみ込んだと言われた人もいる。またカードについても、バンコック銀行のATMカード以外にも日本の銀行のATMカードやクレジットカードを使った方など様々である。
なぜこれらのカードが機械に吸い込まれたのか、原因は定かではない。しかし犯罪の多いタイである。いったん機械に吸い込まれたカードは犯罪が絡んでいる可能性も高く、バンコック銀行では強制的に裁断廃棄処理をする。そしてバンコック銀行としては新たにカードを再発行して頂くことをお願いしている。
日本の銀行発行のカードを使われた方にとっては、再発行処理が面倒であることは十分承知しているつもりである。それでも利便性と安全性の両方を確保するためには時には日本のお客様にこうしたお願いをせざるをえないのである。
「カードが機械に吸いこまれたら、バンコック銀行の行員がすぐに飛んできてカードを返却すべきではないか?」と言われるお客様がいる。もし銀行にそこまで要求するとしたら、タイの銀行はコストに耐えきれず、日本の銀行のように街中からATMを引き揚げざるをえないだろう。
しかしタイ人の方々はそれを望まない。バンコック銀行はタイの銀行であり、タイ人の価値観の中で業務運営がなされている。時としてそれは日本人のものと異なる。こうした価値観の相違を認識し、かつ自分なりにその価値観の違いを吸収していく努力が日本のグローバリゼーションに求められるものではないだろうか? 他国の価値観を理解しようとする姿勢がなければ、日本の銀行のサービスは世界標準と大きくかけ離れたものとなってしまうだろう。
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