宮本昭洋(みやもと・あきひろ)
りそな総合研究所など日本企業3社の顧問。インドネシアのコンサルティングファームの顧問も務め、ジャカルタと日本を行き来。1978年りそな銀行(旧大和銀)入行。87年から4年半、シンガポールに勤務。東南アジア全域の営業を担当。2004年から14年まで、りそなプルダニア銀行(本店ジャカルタ)の社長を務める。
インドネシアのジョコ・ウィドド大統領は11月10日、中国・北京でのアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会談を皮切りに、ミャンマー・ネピドーでの東アジアサミット、オーストラリア・ブリスベンでの主要20カ国・地域(G20)首脳会談で、国際舞台にデビューを果たし、海洋分野を中心に内外政策を説明するとともに、精力的に2国間協議をこなしています。
また、2015年より発足予定のASEANアジア経済共同体(AEC)に参加する各国の首脳には「インドネシア国内市場を外国の草刈り場にはさせない」と、対等で公平な扱いを求めました。
一連の外交日程を終え、帰国後の11月17日未明に、懸案であった燃料補助金の30%削減を発表しました。また、関係閣僚には自らの政策ビジョンの具体化を指示しています。
インドネシア金融庁は、ジョコ大統領の思いを先取りするかのように早々と銀行関係者を呼び、大統領が強化すると表明している海洋、農業、インフラの各分野で銀行が協力できる項目を毎年提出する業務計画に記載するよう求めています。今後各省庁からいろいろな協力を要請してくると思いますが、どれも時間とお金のかかる懸案ばかりです。新政権の100日の成果がスピード感を持って問われます。
◆マレーシアにあってインドネシアにないもの
さて、先月は久しぶりにマレーシアのクアラルンプールを訪問してきました。シンガポールとも見間違うような市内中心街の発展と変貌(へんぼう)ぶりに驚くとともに、よく整備された市内の高速道路網にも感銘を受けました。インドネシアの投資環境とは全く異なっているのです。これまで外資導入を積極的に進め、投資環境も合わせて整備してきた中進国の姿がそこにはありました。
インドネシアは、過去10年の比較的順調な経済成長に伴い、2012年には2億4千万人の人口の30%が中間所得層に分類されるようになりました。20年には人口の50%が中間所得層になると予想されています。
このため内需に注目が集まり、多くの日本企業が地産地消をビジネスモデルにした進出を果たしてきました。少子高齢化問題に悩む日本ですが、インドネシアの高齢化は30年ほど先になります。
しかし、ここで気がかりなのは、日本企業始め、多くの外国企業が国内市場のみをターゲットにしていることです。新興国の経済発展を議論する時によく引き合いに出されるのは、「工業化」というキーワードです。外国の製造業が技術と資本を持って、多くの現地雇用をつくり出し、国民所得の向上につながるということです。
その基本となるのは輸出産業です。インドネシアは石炭、パーム、鉱物資源に恵まれた資源大国です。中国、インドなどが買い手になり、大量の資源需要があった際には露呈してこなかった最大の弱点、工業製品などの主たる輸出品目がないのです。
資源需要が冷え込み、代替できる外貨獲得の輸出製品が見当たりません。他方、内需が強いため、海外から輸入する工業製品が増加して貿易赤字の原因となり、経常収支は慢性的な赤字に陥っています。工業省では、輸出品目の目玉とすべくトヨタを始めとした四輪メーカーに域内輸出を加速するように発破をかけているようです。
工業化の度合いを測る指標として「国内総生産(GDP)に占める製造業比率」があります。近隣諸国とは単純に比較できないかもしれませんが、13年時点ではインドネシアは20.8%となっています。シンガポールでは19%、マレーシアは24%、タイは33%です。シンガポールはすでに先進国です。マレーシア、タイも立派な中進国になっています。これらの国はこれまで工業化を推し進めて国民の所得水準が上昇した後でピークアウトしてきたものです。
インドネシアはマレーシアの水準にも到達しておらず、工業化が深化する以前に、内需をターゲットにした時期尚早のサービス業化が始まっているように見えます。豊富な労働人口を生かし、中国に代わる労働集約型の受け皿となる優位性に恵まれていたはずなのですが、これまでの政府が選択した政策は労働者寄りで生産性をはるかに上回る相次ぐ最低賃金の引き上げ、燃料補助金の大盤振る舞いでした。ジョコ新大統領は、元々中部ジャワで家具の製造販売を手掛け、輸出にも力を入れた実業家ですから、ビジネスを通じてインドネシアの抱える根本的な問題は正確に認識しています。
◆外国企業に評判の悪い許認可手続き
話題をマレーシアに戻しますが、クアラルンプールに出張した際にマレーシア投資開発庁(MIDA)も訪問しました。副長官、役員などと昼食を取りながら意見交換しましたが、副長官から直接熱心に、投資インセンティブ、通関、ビザなど外国企業が苦労する諸々のライセンスをワンストップで長くても2カ月以内にすべて対応するので安心して進出してほしい、と熱烈な歓迎とセールストークがありました。工業化に成功した中進国のステータスでも、依然として外国企業の誘致には熱心です。
インドネシア投資調整庁(BKPM)の対応はどうでしょうか? 「他国ではこのように熱烈歓迎していますよ」と引き合いに出していろいろ注文を出せば、返ってくる反応は想像がつきます。「それならインドネシアに来てもらわなくても結構です。どうぞご自由に他国に進出なさい」。この国では、投資インセンティブも投資調整庁が容認しても国税庁が認めないというケースがあります。実に外国企業にとって不都合が多いのです。
ジョコ大統領は就任早々の10月28日に投資調整庁を突然訪問しています。ジャカルタ州知事の時から予告なしの視察は彼のスタイルでした。そこでの指示は、外国企業にとって極めて時間がかかり評判の悪い許認可手続きの問題に対してでした。すなわち、各省庁にまたがる権限を投資調整庁へ移譲して一元化したワンストップサービスの実現です。
外国投資を促進して一層の工業化を急いで進めながら、急速に進むサービス業化とのバランスを取りつつ経済発展を遂げていく。そのシナリオが実現するかどうかはジョコ大統領のスピード感ある政策遂行にかかっています。
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