山田厚史(やまだ・あつし)
ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。
『晋三よ!国滅ぼしたもうことなかれ~傘張り浪人決起する~』(エディスタ)という本を書いた衆議院議員の亀井静香さん(78)に会いに行った。晋三とは、安倍晋三首相である。
「俺の知っている晋三は確かに『美しい国』をつくりたかったはずだ。しかし、まったく逆の方向に進んでいる。いまの日本は本当に『美しい国』ではなくなりつつある」と嘆く。
亀井さんは、首相の父である安倍晋太郎氏が福田赳夫元首相の後継として派閥を率いたころの弟子だった。政界入りした晋三さんを弟のようにかわいがり、将来を託す政治家と期待してきた、という。それが「もうあかん」と言う。どこが美しくないというのか。
◆ワシントンでは言えない「戦後レジームからの脱却」
まずアベノミクス。「恩恵を津々浦々に、なんて言っているけど、地方や中小企業は苦しくなるばかりだ。取り巻きの新自由主義者の言うことばかり聞いて、弱者への目配りがなくなった」
積極的平和主義については、「自衛隊をアメリカの傭兵(ようへい)のように差し出すことになりかねない。なぜ海外派兵が出来るようにするのか。『平和』という言葉の定義を変えなければいけないな」
亀井さんは自民党では右派の武闘政治家と見られていたが、「俺は、右でも左でもない。土俗の政治家だ」と本人は言う。会合で「おかあさん」という歌を熱唱し、家族、ふるさと、共同体、きずな、などの価値に「美しい日本」を重ねる。その目には、対米追随の外交と新自由主義の経済運営は「美しくない」と映るようだ。
土俗を強調する亀井さんの念頭にあるのは、アメリカだ。占領し、政治を支配し、強者の論理を世界にふりまき、美しい日本を破壊する、というのだ。安倍首相がいう「日本を取り戻す」には賛同する。自主憲法もアメリカからの独立を目指すものだった。
民主党政権が誕生する直前、亀井さんはワシントンに出かけ、ジャパンハンドラーと呼ばれる国務省の高官に会ってこう言ったという。
「今度の政権はアメリカもひっくり返すことは出来ない。やろうというならまずこの亀井静香を亡きものにしろ」
政権は代わったが鳩山由起夫首相はワシントンに嫌われ、短命に終わった。政権維持にはワシントンとの関係が大事であると菅直人首相も気付いたが、手遅れだった。
安倍首相が抱える最大の問題もここにある。「日本を取り戻す」「戦後レジームからの脱却」と国内で叫んでも、ワシントンでは言えない。環太平洋経済連携協定(TPP)や規制緩和など経済政策までアメリカ産多国籍企業の利益に沿った政策になった。
「口先番長」というあだ名は民主党の前原誠二氏に付けられたものだが、「安倍晋三も口先番長」という声が聞かれるようになった。「美しい日本」を語りながら、中味は対米追随ではどうしようもない、というのが亀井さんの失望を買った。
◆首相はいったい何をしたいのか
安倍首相は米国の機嫌を損ねないように憲法を空洞化することを模索している。解釈改憲で集団的自衛権を閣議決定し、次は安全保障法制の手直し。自衛隊の海外派兵を恒久化する法案を今の国会で通す。米国の戦争に日本が協力することで、憲法改正を認めてもらおう、という魂胆である。
米国はイラク攻撃の時、日本の参加を求めた。憲法の制約でできなかった。イスラム過激派組織「イスラム国」の討伐ではどうか。自民党案では、国連の決議がなくても多国籍軍が攻撃を行う場合、自衛隊は後方支援が出来るようにする。
空爆では「イスラム国」を殲滅(せんめつ)できない。仮に米軍が陸上部隊を送り込む時、日本はどうするのか。政府は「『イスラム国』攻撃の後方支援は出来ない」と答弁している。海外派遣には世論が慎重だ。
安倍首相は1月17日、カイロで「『イスラム国』と戦う国を支援するため2億ドルを供与する」と表明した。3日後、「イスラム国」は日本人の人質2人の映像を流し「首相よ、お前は十字軍に加わった」と日本を敵と見なした。
すると今度は、「医薬品や毛布など民生支援をするだけで、戦闘とは無関係」と釈明した。ならば「『イスラム国』と闘う国を支援する」などと大仰な言葉はいらなかった。
「出来やしないことをたいそうに言うな。信用されなくなる」と亀井さんは言う。新自由主義なら「美しい国」なんて言うな、対米追随なら「戦後レジームからの脱却」なんて言うな、というのである。
結局、安倍首相は何をしたいのか。新自由主義で美しい日本? アメリカに従属する戦後体制から脱却? 多分、首相本人も悩んでいるのだろう。だから分かりやすい憲法改正に狙いを定めているか。それで近隣諸国や米国との関係はうまくいくのだろうか。戦後70年の節目で、日本は道に迷っているばかりだ。
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